〈熊本地震より千葉豪雨よりお祭り?〉赤間二郎・防災担当相、災害相次ぐ夏も“地元回り”…関係者は困惑「みんなポカンとしていました」
7月28日の熊本地震は災害関連死も含め38人が死亡、9月10日時点で1780人の避難が続く大災害となった。8月以降も関東や北陸、中部、九州と各地で豪雨が続き、この夏日本列島は災害との戦いを強いられた。そんな時期に、救援や復旧の司令塔となる赤間二郎・防災担当相(内閣府特命担当大臣、防災担当)が、普段と変わらず地元神奈川県であいさつのために夏祭りを訪れていたとの証言を集英社オンラインは得た。熊本地震から4日後の8月1日には、SPを連れて盆踊り会場に現れたというのだ。
【画像】赤いグローブをつけてファイトポーズ、“お祭り”赤間大臣のパンチ画像
地元関係者は「そのような状況で来てもらいたいとは思ってない」
「夕方6時20分すぎに大臣がSPを連れてきました。熊本地震の対応で本人は来られないんじゃないかと思っていたので、『来たんだ』と思いました。大臣は(祭りの)実行委員に『どうも、どうも』とあいさつしたり、聴衆に向かってマイクであいさつをされていましたが、30分もいなかったと思います」
そう話すのは、8月1日の土曜日夕刻に、神奈川県相模原市中央区の市立田名中学校校庭で行なわれた「田名ふるさとまつり」の関係者だ。
赤間氏は神奈川県相模原市中央区と緑区、愛川町などでつくる衆議院神奈川14区から選出されている。この日、夜の盛大な盆踊りには加わらず会場を離れたとみられるが、熊本地震の直後だけに、「大臣が現れた」との話はすぐに広まったという。
「田名のお祭りに赤間大臣が来ていたって聞いて、みんなポカンとしていました。私たちとしてもそのような状況で来てもらいたいとは思っていませんし、むしろ任務に邁進してもらったほうがいいと話していました。捉え方によっては叩かれかねないじゃないですか…」
地元自治会関係者もそう言って困惑する。
振り返ると、8月1日の午後7時の時点では地震の死者は36人が確認されていた。熊本県はこの日の避難者を9千人超とカウントし、住宅被害は3649棟を確認していた。実際の被害がその18倍以上の約6万8033棟(9月10日時点の推計)に及んでいたことを考えれば、全容把握にもほど遠い時期だった。
その被災地に赤間氏が最初に入ったのは、高市早苗首相の視察に同行した8月3日。つまり、防災担当閣僚が被災地に入る前に地元であいさつ回りをしていたことになる。
大臣就任前は「ビッグスクーターみたいなバイク」で祭りに登場
赤間氏のお祭り参加はそれにとどまらない。8月8日の土曜日には、相模原市緑区の市立串川中学校校庭で開かれた「串川夏祭り」にも現れた。熊本でまだ6300人超の避難者がいたこの日、祭りのステージを飾った伝統楽器チームのブログには赤間氏が関係者とポーズをとる写真に添えて、
〈衆議院議員(内閣府特命担当大臣)のあかま二郎さん
SPを引き連れて応援に来てくださいました!〉
との説明書きがある。会場で赤間氏を見たという男性が証言する。
「赤間さん? あの人はこの時期はもう色んなお祭りに顔出してるでしょ。串川夏祭りも毎年顔を出しているよ。今は大臣だから(今年は)SPも連れてきていたよ。あいさつ回りって感じでした。
大臣になる前はビッグスクーターみたいなバイクでお祭りに来ていたもんだから、今年お祭りで会った時に『今年はバイクじゃないんだ?』って尋ねたら、赤間さんは『SP連れてバイクはまずいでしょ』って言ってた」(男性)
その5日後の8月13日夕から14日未明にかけ千葉県が線状降水帯の連続発生による豪雨に見舞われ、アンダーパスで水没した車に乗るなどしていた人など、合計で13人が亡くなる被害が出た。
だがその翌週末の23日の日曜日にも、赤間氏は愛川町の内陸工業団地で開催された「愛川町勤労祭野外フェスティバル」に参加したようで、駐日ドミニカ共和国大使館が同国のペレス駐日大使と会場で握手する赤間氏の写真をSNSにアップしている。
政治家が地元であいさつに回るのは基盤を固める基本行動だろう。だが災害が頻発したこの夏に、防災担当閣僚が被災地も東京も離れ、頻繁に地元に戻っていたことは適切だったのか、多くの地元住民が首を傾げていた。
“マメさ” に地元も困惑…「毎回東京からSPが付いてきて、地元の警察署も警備で大変だと聞きます」
58歳の赤間氏は、本人のホームページによれば大学時代はボクシング部で副主将を務めたスポーツマンだ。都内の大学を卒業後、英国の大学院に進学。その後、県会議員だった父について学び、1999年に県議に初当選。県議を2期務め、2005年の衆院選で国政に初挑戦して当選し、落選も経験しながら現在7期目だ。昨年の高市内閣発足で国家公安委員長兼務の防災担当相として初入閣した。地元の自治会関係者が話す。
「お父さんから地元のつきあいを大事にするよう言われてきたのだと思いますが、赤間大臣は本当にマメに地元の催しに顔を出して回っています。運動会ではリレーも走ってとても速い。この辺りの人達は自民党支持だからというのもありますが、真面目にあいさつ回りをするから選挙に強いんでしょうね」
この“マメさ”は地元では有名らしい。
「赤間さんは“黒い噂”みたいのが全然ない、古い自民党とはちょっと違うタイプです。その代わりにものすごくマメで、みんな『こんなに戻ってくる人はいないよね』と話してます。大臣になってもそれが変わらないから、関係者は大変です。毎回東京から(警視庁の)SPが付いてきて、地元の警察署も警備で大変だと聞きます」(地元政界関係者)
SNSでは、熊本地震が起きる前の相模原周辺のイベント関係の発信でも赤間氏が来たとのポストが散見される。これが事実であれば、地震や水害の前後でふるまいを変えなかったということになるが、そのことについて本人は問題だと思っていないのだろうか。
集英社オンラインは田名ふるさとまつりやその後の祭りに参加したかどうかや、参加したのなら適切だと思っているのか、高市首相はそのことを知っているのか、などを尋ねる質問状を8日に赤間氏の地元事務所に送った。
回答期限とした11日午後、赤間氏の都内の事務所から「誠意をもって事実確認をしており回答するが、いつまでにとは言えない」と連絡があった。このため回答があれば追記する。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
