分裂後初の定例会が開かれた山口組総本部(2015年9月1日/時事通信フォト)

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 2015年9月1日、山口組分裂が世間の目にも決定的となる定例会が神戸市の山口組本部で行われた。その様子を探ろうと、大勢警察とマスコミも駆け付け、テレビ中継のレポーターもやってきた。誰よりも間近で山口組を見てきたライター、鈴木智彦氏が、分裂抗争について綴る。【第5回・前後編の後編。前編から読む

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総本部とパンプス

 9月1日、分裂後初の定例会が行なわれた。

 神戸市篠原本町の山口組本部でタクシーを降りると、辻々でマル暴の刑事がカメラを構えている。裏口へ回ると真っ赤なカラーコーンが並び、壁沿いには兵庫県警の広報担当(実際はマスコミが調子に乗らないよう監視・注意する役目)が並び、反対側にマスコミの三脚が乱立していた。総勢ざっと50人、警察関係者も同程度いる。普段の定例会は警察・マスコミ合わせて10人ほどだから、ざっと10倍の密度だ。

 もはや暴力団はオワコンだと思っていた。

 ところがカメラマンや記者が群れをなし、女性の姿も目立つ。当時の写真を見返すと、私は女性記者の足元を何枚も撮っていた。山口組総本部とヒールのあるパンプスのコントラストが新鮮で、シュールに感じたのだ。

 群衆の中にヤクザ記事を生業としている実話誌部隊が見当たらなかった。知り合いに電話すると、「新神戸駅で張ってます」という。

 実話誌は山口組のプロである。

 彼らが狙うのは、騒動後の親分衆の表情、俗にいう雁首写真だ。本部前に陣取っても、シャッターが開いた瞬間に門の奥が見えるだけで、車の乗り降りは撮れない。普段の定例会では多少サービスがあって姿を見せてくれる直参もいるが、今日は期待できそうにないため、確実に写真が撮れる新神戸駅で待機していたのだ。

 三脚の列に割り込むのも億劫なので端に陣取り、一眼レフを取り出した。

「山口組本部前は物々しい警戒で、緊張感に包まれております!」

 地元テレビ局のレポーターが仰々しく伝えるので、吹き出してしまった。実際は「警察と記者クラブが舞い上がってお祭り騒ぎ」だったからである。

 本部裏に到着した車はガレージ前で止まり、当番組員が運転手のIDを確認する。車種は大抵トヨタのアルファードで、「ヤクザといえばベンツ」という常識はもはや古い。確認が済むと電動シャッターが開き、車は敷地内へ進入する。六代目時代に採用されたシステムで、顔の知られた直参組長はともかく、身分証のない組員は中に入れない。

 後部座席はスモークガラスとカーテンで顔が見えない。姿が見えなくても、実話誌の記者は各組長の車のナンバーを把握している。照合して来場者リストを作ると、予想通り処分された13人の直参組長は欠席していた。新団体発足は疑う余地がなかった。

 山口組は表面上紳士に対応した。

 異例の早さで若頭補佐となった弘道会の現トップ・竹内照明三代目会長は、分裂騒動の直後、こう言ったと伝えられる。

「離反は悪だ。どう考えても悪い。しかし、我々は彼らをここまで追い詰めた理由を考え、反省する必要がある」

 当時、私がムックの原稿に書いたこのセリフは、竹内会長に近い山口組直参から「そう言ってたので、書いてもいいぞ」と伝えられたものだった。「書いてもいい」は「そう書け」の意である。弘道会はここに至っても、騒動を穏便に収束させるつもりなのだと確信した。

 定例会では、司六代目の手紙が代読された。これもまた自身を戒め、内紛の暴力的解決を回避するよう訴えていた。

「昨日、長峰霊園(田岡一雄三代目らの墓所があり、物故者や歴代組長の名を刻んだ組碑があった)にお参りしてきた 

」はらわたが煮えくり返っているはずなのに、山一抗争の時に見られた「やられたらやり返す」式の文言は皆無だった。

 六代目の手紙はこう続く。

「先人たちの眠る静謐な墓前にひざまずき、頭を垂れるのみであった。特に、山健組初代組長、宅見初代組長の『組碑』の前に立った時、様々な思いが走馬灯の如く去来して発する言葉が無く深く謝るだけであった。(中略)山口組には内紛、離脱、分裂等を繰り返して成長してきたその過程の中で、有能な多くの人材を失ってきた歴史の反省と学習があった。人は誰も学習能力がある。彼らはその体験者であるのにもかかわらず、学習能力と反省が無いのかと思うと残念でならない」

 だが、すでにマスコミを巻き込んだ情報戦が始まっていた。暴力団の嘘には慣れっこの実話系週刊誌も、手紙に仕組まれた罠を見破れなかった。

(以下、次回へ続く)

【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。

※週刊ポスト2026年9月18日号