渋滞解消のために道路を増やしたら、もっと渋滞がひどくなる…こんな不思議な現象はなぜ起こるのか【数学思考で考える】
道路を増やしたら渋滞がひどくなる?
突然ですが、こんな街があったとします。
ある地点から別の地点まで、毎朝多くの人が車で通勤しています。ところが最近、道路が混雑するようになり、通勤に時間がかかるようになってきました。
そこで行政が考えました。
「新しい道路を1本つくれば、渋滞が減るのではないか?」
これは、きわめて自然な発想ですよね。
これまで使える道路が2本だったところに、新しい道路を1本増やす。選べるルートが増えれば車も分散し、一人ひとりの移動時間は短くなりそうです。
ところが、世の中にはまったく逆のことが起こる場合があります。
道路を増やしたことで、全員の移動時間が長くなってしまうことがあるのです。
「そんなことが本当にあるの?」
と思うかもしれません。
今回は、この一見不思議な現象を、簡単な数学を使って考えてみましょう。
まずは「新しい道路がない世界」を考える
少し具体的に考えてみます。
スタート地点をS、ゴールをTとしましょう。毎朝、12人がSからTへ車で移動するとします。実際はもっと多くの人が利用するものですが、計算を簡単にするためにこの仮定に基づいて考えていきましょう。
SからTへ向かうルートは2種類あります。途中でAを通る「上ルート」と、Bを通る「下ルート」です。
そして、それぞれのルートには「混雑する道路」と「何人通っても所要時間が変わらない道路」が一本ずつあります。
混雑する道路は、距離は短いため通る人が少なければ素早く移動することができますが、車線が少なく、またカーブも多いため渋滞しやすく、通る人が増えるとかなりの時間がかかります。ここでは、「通る人数と同じだけの時間がかかる」と仮定しましょう。
つまり、3人なら3分、6人なら6分、12人なら12分かかることになります。
一方、もう一つの道路は距離が長く、車線の数も多いため何人通っても所要時間は等しく15分となります。
つまり上ルートは、
S→A:利用人数と同じ分数
A→T:15分
下ルートは、
S→B:15分
B→T:利用人数によって時間が変わる
という構造です。
ここまでの状況を図に表すと、以下の通りとなります。
では、この条件で12人が自由にルートを選んだらどうなるでしょうか。
例えば、上ルートに8人、下ルートに4人が集まったとします。
上ルートは、
8分+15分=23分
下ルートは、
15分+4分=19分
となります。
この場合、上ルートを走っている人は、「下へ移った方が早い」と考えるでしょう。そして何人かが下ルートに移ると、逆に下ルートに人が集まりすぎてしまい、今度は上ルートの方が早くなります。
そうやって一人ひとりが自分にとって早い道を選んでいくと、最終的には上ルートも下ルートも同じ6人ずつに分かれます。
すると、
上ルートは6分+15分=21分。
下ルートも15分+6分=21分。
となり、どちらを選んでも同じ21分となります。これなら、わざわざ一人だけ別の道へ移るメリットはないため、この状態に落ち着きます。
問題はここからなのです。
「近道」をつくったら、逆に遅くなった
そこで、この街が渋滞を改善するため、AとBを直接結ぶ新しい道路をつくったとしましょう。しかもAとBは非常に近く、新しい道路のため車線や幅も広くスピードを十分に出せることができるため、この新しい道路を通る時間は「1分」とします。
さて、この場合どの道路を選んで「S」から「T」へ移動するのか。是非皆さんも、この道を通る一人のドライバーになったつもりで考えてみてください。
まずSから出発するとき、S→Aの道路は利用者が増えるほど時間がかかりますが、この街には12人しかいないので、どれだけ混雑しても最大12分です。
その一方で、S→Bは必ず15分かかります。
だったら、S→Aを選んだ方が得です。
次にAへ到着すると、直接Tへ向かう道は15分。
しかし、新しくできた道路を使ってBへ移れば、B→Tを利用できます。この道も、最大12人しか通らないので、どれだけ混雑しても最大12分です。つまり、A→Bの移動も合わせても13分で移動することができます。
だったら、こちらでも新しい道を使った方が得です。
つまり、一人のドライバーにとって合理的なのは、
「S→A→B→T」
という新しい道路を経由したルートになります。ここまでは納得できるでしょう。
しかし、当たり前の話ですが、この合理性は他のドライバーから見ても同じです。
そのため、他の11人もまったく同じことを考え、結果、12人全員がこのルートへ集中します。
S→Aは12人が通るので12分。
A→Bは1分。
B→Tも12人が通るので12分。
合計は、
12+1+12=25分
道路を増やす前は21分だったのに、新しい近道をつくった結果、「21分→24分」と、全員の移動時間が長くなってしまいました。
道路を増やしたのに、逆に遅くなったのです。
これが「ブライスのパラドックス」です。
誰も「間違った判断」をしていない
この話の面白いところは、誰か一人が変な判断をしたから起こったわけではないことです。
むしろ逆です。
全員が、自分にとって合理的な判断をしています。
最大12分の道と15分の道なら、前者を選ぶ。
これだけを見れば、何もおかしくありません。
しかし、全員が同じように考えれば、便利な道へ全員が集中します。その結果、道路追加前よりも時間がかかるようになってしまう。
つまり、「一人にとって最も良い選択」と「全員にとって最も良い状態」は、必ずしも一致しないのです。
「選択肢は多いほどいい」とは限らない
私たちは普段、「選択肢は多い方がいい」と考えがちです。
レストランならメニューが多い方がうれしい。ネット通販なら商品が多い方がいい。サービスなら機能が多い方がお得。
しかし、「選択肢を増やす=必ず良い結果になる」とは限らないのです。
実はこれを示しているとある有名な実験があります。最後はそちらを紹介しましょう。
その名も、「ジャムの実験」です。
2000年、コロンビア大学のシーナ・アイエンガーとマーク・レッパーは、スーパーマーケットでジャムを使った実験を行いました。
一方では24種類のジャムを並べ、もう一方では6種類だけを並べました。
皆さんなら、どちらの売り場に立ち寄りたくなるでしょうか。おそらく、24種類のジャム売り場を選ぶ人が多いでしょう。
実際、通行客のうち立ち寄ったお客さんの割合は、24種類の売り場で約60%、6種類の売り場で約40%となりました。
ところが、実際にジャムを購入した割合を見ると、結果が逆転します。
24種類の場合、購入したのは立ち寄った人の約3%。それに対して6種類の場合は、なんとその10倍の約30%でした。
選択肢が多い方が、人は興味を持つ。ところが、いざ「一つ選んでください」と言われると、多すぎる選択肢によって、かえって決めにくくなってしまうことがあるのです。
こうした現象は「選択過多」と呼ばれています。
もちろん、ブライスのパラドックスとジャムの実験は、同じ仕組みで起きているわけではありません。
道路では、便利な選択肢へ利用者が集中することで混雑が起きます。
一方、ジャムの場合は、選択肢が増えすぎることで意思決定が難しくなるという話です。
それでも両者は、私たちが持っているある直感に疑問を投げかけます。
「選択肢を増やせば、本当に良くなるのか?」
ということです。
「足すこと」だけが改善ではない
商品の種類、サービスの機能、会議の選択肢。
私たちは何かを改善するとき、つい「足し算」で考えます。
しかし、何かを増やせば、それに合わせて人の行動も変わります。
だからこそ大切なのは、「これを加えれば便利になるか」だけでなく、「加えた結果、みんなはどう動くのか」まで考えることです。
ブライスのパラドックスが示すように、一人ひとりにとって合理的な選択が、全体にとって最適とは限りません。
「何を足せばよくなるか」ではなく、「足したら何が起こるか」を考える。この視点は、道路だけでなく、仕事や社会のさまざまな場面にも活かせる数学的な考え方なのです。
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