佐藤さん(仮名)が手渡してしまったという2000万円超の現金

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 夫と2人暮らしの74歳の女性が、4月に現金2500万円を詐取された。女性は現在も大学で教鞭を執り続ける"エリート"だが、なぜ被害に遭ってしまったのか--ライターの河合桃子氏がレポートする。

【写真】“ロマンス詐欺相手”から送られてきた「自己紹介メッセージ」。74歳の佐藤さん(仮名)のインタビュー時の様子

詐欺師とのファーストコンタクトはフェイスブック

 1952年生まれのこの女性は、「女が大学に行くと婚期が遅れる」と言われた時代に女子大を卒業し、20代早々で自営業の夫と見合い婚。2人の子供は立派に独立し、現在は夫婦で広島に暮らしている--大学非常勤講師の佐藤信子さん(仮名)だ。

「数年前に満期になった保険金2500万円を預貯金とは別に自宅金庫に入れていたのですが、それをすべて詐欺師に手渡してしまいました。以来食事も喉を通らず、なぜ騙されてしまったのかと自分を責める日々です」

 地元の大学院で修士課程を修了し、大手企業に就職。その後は育児に励みながら大学講師として教壇に立ってきた佐藤さん。詐欺師とのファーストコンタクトはフェイスブックだったという。

「今年2月ごろ、かつての教え子と『友達』である横田(仮名)と名乗るアカウントから友達申請が。その後、何通もの一方的なメッセージで返事の催促が来ました。私は『シニアなので若い女性に当たって下さい』と返しましたが、丁寧な自己紹介文が来たので申請を許可。『自分の母も教師をしていた』という文言に気を許してしまったんです」(佐藤さん、以下同)

 横田は、ティファニー大阪梅田店に勤務する53歳のバツイチでシカゴ大卒の日本人だと自己紹介。哲学や美術史、経済学に興味があるなどとしつつ、佐藤さんのキャリアを讃え、その発言に全幅の共感を示した。そんな横田に誘われ、佐藤さんはLINEでやり取りをするようになった。

 インテリの佐藤さんは自らの知的関心事に理解を示してくれる相手を欲していた。しかし50年連れ添った夫は亭主関白。

人生の要所で『君とは何を話してもムダ』と話し合いを拒まれ、近年は『ひとりで静かに生きたい』と思うこともありました」と振り返る。

 一方、横田とは愛読書などの話で盛り上がったのだという。

「2月末から3月中旬までの半月は、夫婦生活10年分の会話をしたと思えるほど、横田とのやり取りは充実していました。でも3月末頃から、経済学の話を入り口に自身がしているという投資話をしきりにし始め、かなり強引に何度も勧誘してきました。『お金には困ってないからやらない』と何度も断りましたが、それでも執拗なので、3月30日には横田のLINEを削除したのです」

 だが、その後も横田はフェイスブック経由で何度もメッセージを送ってくる。そこには「(佐藤さんから拒絶され)眠れず食欲もない」と涙顔の写真も添付してきたという。

「私のせいで横田が心身に不調をきたすことに罪悪感を覚え、メッセージのやり取りを再開してしまいました」

 その流れで再び投資の話が始まった。

「横田は『3000万円の保証金を出すから投資をやらないか』とまで言う。もう勘弁してと思いつつ、勧められた暗号資産取引のアプリをダウンロードしてしまった」

 ダウンロードしたのは暗号資産取引を装ったアプリ。ロマンス詐欺を注意喚起するボランティア団体が金融庁未登録の詐欺サイトとして警告する偽仮想通貨取引所サイトだったが、ここに偽の取引結果が表示され高額な収益が入ったように見せかけられたという。

「このアプリ内の私の口座に横田が保証金3000万円を入れたと言ってきました。『保証金と合わせて5000万円投資したら収益が上がる。元金は1週間後にはおろせる』との約束でした」

「抑圧されてきたんだね」の言葉

 横田は経済の話をする過程で、佐藤さんのタンス預金の額を巧みに聞き出していた。その現金2000万円を、「集荷サービス」を行なう代理人に渡すよう佐藤さんに指示した。

「その代理人に広島市内のカフェで4月13日に会った。60代くらいにみえる男性は財務マネージャーなる社員証を下げ、耳にはイヤホン。いま思えば、それで指示を受けていたんだと思います」

 男は佐藤さんを見るや丁寧な挨拶もなく、現金を渡すよう催促。佐藤さんが手持ちのバッグから現金2000万円を取り出すと、男は背負っていたリュックにそのまま入れたという。

「男性は『札束、重たいですね』などと言いました。私が『受け取りの領収書はいただけないの?』と聞いてももらえず、『社員証を撮影していい?』と伝えたら『どうぞ』と」

 佐藤さんはこの9日後にも、別の「代理人」に500万円を手渡した。

 1週間後に出金できるとの約束だったが、「出金するには税金の270万円を支払え」との連絡を受け、致し方なくその高額の支払いのため銀行に出向いた時だった。

「長年お付き合いのある支店長から『佐藤さん、ちょっと』と別室に呼ばれ、そこで『あなたは詐欺に遭っています』と。『LINEの相手は日本国内に住んでる人物ではない可能性が高い』と説明を受けました。刑事さんに言われてもまったく信じられませんでした」

 佐藤さんは5月3日に刑事課の刑事から聴取を受け被害届を提出。

「私が会った2人の代理人は『受け子』だと説明を受けました。驚いたのは彼らの社員証の名前は本名だったそうです。刑事さんからは『詐取金については民事上の問題になるので弁護士に相談するように』と言われました」

 佐藤さんは詐欺被害に遭った理由を考え続けた。

「非常勤講師として働き続けながらも、家事も育児も夫は主体的には手伝わない。乳母で家政婦でありながら夫の娼婦のようだったことに、鬱屈した思いがあった。それを横田に漏らした時に『ずいぶん抑圧されてきたんだね』と言われ、ハッとしてしまったんです」

 事件は解決していないが、佐藤さんの夫と息子たちがこの被害を知らないのもまた問題だ。

「夫には怒られるに決まっているので口が裂けても言えない。息子にも余計な心配はかけたくない。詐取金は私の貯金とはいえ夫婦の共同財産。言わなければいけないですが、これ以上神経をすり減らしたくない」

 佐藤さんは被害発覚から3か月間、不眠と心労で体が動かない時もあるほど弱っている。

 詐欺師は人の心の隙間を狙う。夫婦間で、友人間で、互いに目と顔を見ながら相談しやすい関係を作ることも詐欺被害防止に繋がるのではないか。

【プロフィール】河合桃子(かわい・ももこ)/1977年、東京都生まれ。ライター。幅広く取材活動を行っており、特に性風俗にまつわるアングラな業界を長年取材している。積水ハウス55億円詐欺事件を取材した『地面師連絡役カトウ』で、第32回小学館ノンフィクション大賞を受賞。

※週刊ポスト2026年8月28日・9月4日号