妻子がいるのに“他の女性と同棲”、「金を返せ」と迫る彼女の首を絞めて殺害…《静岡2女性殺害事件》43歳男の犯罪が「5年間」もバレなかった理由(平成17年の事件)〉から続く

 1人目の不倫相手を殺害後も妻を顧みない生活を続け、2009年から新たな女性・紘子さんと「ダブル不倫」の関係に陥った桑田一也死刑囚。生活苦による口論の末、男は彼女の首を絞めて殺害し、遺体を元妻と住んでいた住宅の敷地内に隠蔽していた。

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 母を殺された当時小学1年生だった長女・結海さん(仮名)は、テレビのニュースで「あっ、パパだ」と警察に連行される男の姿を目撃する。行方不明とされていた母の死、そして「良きパパ」の恐ろしい本性を知った少女の葛藤と、裁判を経て明かされた事件の真相とは?

 ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『殺め人』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目)


写真はイメージ ©getty

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人を殺したあとに「ダブル不倫」

 2人目の被害者は紘子さんだった。

 日比野さん殺害後も妻を顧みない生活を続けていた桑田は、2009年1月ごろから紘子さんと同棲を始めた。いわゆるダブル不倫だった。

 その後、夫と離婚した紘子さんが桑田との結婚を望むようになったため、2人の間でケンカが生じた。同棲自体は継続したいと考えていた桑田は、妻に内緒で離婚届を提出した上、結婚式まで挙げた。だが、甲斐性のない桑田にあって、結婚後もその生活苦からケンカが絶えなかった。

 桑田は、紘子さんから元妻にカネを出させるなどと言われたことから嫌気がさし、ついに別れ話を切り出した。対して憤慨した紘子さんは、元妻Aのところに行くなどと息巻いた。

 それを阻止すべく犯行を決意した桑田は、詐欺容疑で逮捕される同じ年の2月、紘子さんの首を絞めて殺害した。

自宅に遺体を隠してのうのうと生活

 遺体は、元妻Aと住んでいた静岡・御殿場市内の空き家まで車で運搬した上、物置内にブルーシートに包んで隠していた。

 ブルーシートに梱包したり、ドラム缶に詰めたとはいえ、桑田は、元妻Aと子どもたちが暮らしていたであろう敷地内や近所に死体を遺棄し、のうのうと生活を送っていたようなのである。死体は、多くの事件では土地勘のない山中などに遺棄されるところ、行き当たりばったりを剥き出しにしたような犯行だった。ちなみに桑田の蛮行は、2010年5月に紘子さん、2010年8月に日比野かおりさんと、順次発覚している。

 桑田が殺人・死体遺棄容疑で逮捕されるまでの道のりを整理すると、こうだ。

・2000年12月、静岡・御殿場市内に自宅を購入。元妻Aと子ども3人で暮らし始める

・2002年、日比野かおりさんと出会い、交際。静岡・沼津市内のアパートで暮らし始める

・2005年10月、日比野かおりさんを殺害

・2009年6月、元妻Aと書類を改ざんして離婚

・2009年10月、紘子さんと再婚

・2010年2月、紘子さんを殺害

・2010年3月、紘子さんとの離婚届を提出。御殿場市内の自宅一軒家が競売にかけられる

・2010年4月、知人女性への詐欺容疑で逮捕

・2010年5月、リフォーム業者が、競売にかけられていた御殿場市内の住宅敷地内で、紘子さんの遺体を発見

・2010年8月、日比野かおりさん殺害が発覚

 いずれも標的は女性。しかも日比野かおりさんのケースでは、殺害した上、後妻業事件の逆バージョンのようにしてカネまで手に入れた、となれば、紘子さんともカネ目的で結婚し、果ては殺害までしたことになるのか--。

「あっ、パパだ」

 結海さんは私のインタビューに、こうして初めて取材を受けたのは、パパが死刑になった--パパがママを殺した事件のことをずっと調べていたからであり、調べていたのは、いつどのタイミングで死刑が執行されようが構わないが、その死刑執行が「私のなかで事件が終わることだから」と語っている。

 結海さんは、2023年4月に私たちがYouTube『日影のこえ』で公開したこの事件の取材動画を見てコンタクトしてきた。事実を改めて取材してほしい、そんな思いが原動力になった。

 紘子さんの遺体が発見された2010年5月のことだ。桑田の殺人・死体遺棄容疑での逮捕を結海さんは、時を同じくしてふいにテレビから流れてきたローカルニュースを見て知った。このとき結海さんは祖父母宅にいた。

 桑田は紘子さんについて、自らが3か月前に殺害したにもかかわらず、「行方不明になった」と周囲に嘯き、結海さんと妹を祖父母宅に預け、当の本人は殺害後に娘たちの前から姿を消していたのだ。

 結海さんが当時をこう振り返る。

「お婆ちゃん、お爺ちゃんと居間で団欒しているときに、『あっ、パパだ』って」

 テレビに映し出されたのは、顔を隠すようにしてパーカーのフードを被り警察官の後に続く“パパ”だった。

「どういうこと?」

「で、みんなで顔を見合わせ『どういうこと?』みたいになって、叔父さんも叔母さんもドタバタして。でも、これは捕まる人の様子だとわかった。まだ妹は2歳だったけど、私は当時、もう小学校1年生でしたから」

 それは紘子さんを殺めた桑田の本性が表沙汰になるニュースで、しかも親族のなかで結海さんが最初に見つけたのだった。

 まさか桑田により絞殺され遺棄されていたとは誰も思っていなかった。行方不明だと思われていた紘子さんは遺体で見つかるという残念な結末で終わる。

 パパの逮捕は理解したとしつつも、結海さんはそのときまだ、「ママが死んだことも、ママの死とパパの逮捕が結び付くことも、完全には理解していなかった」と言う。結海さんが続ける。

「直後の通夜のときのことです。誰かが『子どもに顔を見せてあげなよ』と言いました。でも別の誰かが『アレは見せられるものじゃない』と言ったことで、私はママの死顔を見ていないんです。生きているのか、死んでいるのか。死んだっぽいけど、本当に死んでいるのかな、みたいな。

 私的には見ておきたかったな、と。だいぶショッキングな死顔だったらしいけど、それでも、あのとき見ておけば、もうちょっと早くママの死を理解できたかな、と」

その後、捜査が進むと…

 その後、捜査や裁判が進むにつれ、マスコミが桑田による紘子さん殺害を白日の下に晒し、日比野さんまで殺めていたことも明らかになり、やがて、それを結海さんも理解していく。

(高木 瑞穂/Webオリジナル(外部転載))