告別式前、一足早く斎場に現れた清水アキラ(72)

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 ものまねタレントの清水アキラ(72)の三男で、タレントの清水良太郎さん(享年37)がこの世を去ってから1か月。清水アキラは愛息の訃報後、所属事務所のホームページで《あまりにも突然のことで、今はまだ私自身もこの現状を受け止めることができておりません》とコメントを残して以降、沈黙を続けている。

【写真を見る】白いタキシードに黒の蝶ネクタイ姿でほほ笑む良太郎さんの遺影ほか、良太郎さんらと隣り合わせで暮らしていた清水アキラの自宅

 8月1日夜、連絡が取れなくなったことを不審に思ったマネージャーが良太郎さんの自宅マンションを訪ねると、意識を失って倒れているのを発見。駆け付けた救急隊員によって死亡が確認され、翌日に清水が良太郎さんが亡くなったことを公表した。

 3人の息子の父である清水にとって、同じ芸能界の道へ進んだ末っ子の良太郎さんには特別な想いがあった。スポーツ紙記者が語る。

「良太郎さんは俳優としてデビューし、ものまねのセンスがあり、スポーツも万能でアキラさんにとって自慢の息子でした。アキラさんのインスタグラムには、生前の良太郎さんとの草野球やものまねショーで共演した写真、日々の息子の活躍ぶりなどが投稿されていました」

 清水は60歳で「芸能界には定年はないけど、区切りをつけたい」と、テレビ番組などメディアの一線を退いた。そして、その頃から父に代わってものまね番組で活躍し始めたのが、良太郎さんだった。前出のスポーツ紙記者が続ける。

「表向きは定年でしたが、実際は自分の後継者である良太郎さんに道を譲りたいという想いがアキラさんにはあったようです。アキラさんは"テープ芸"でブレイクし、1990年代の全盛期に横浜アリーナで "ものまね四天王"として"1億円コンサート"のステージに立ち、37歳のときには原宿の竹下通りにタレントショップを出店するほどの人気でした。きっと良太郎さんにもそんな景色を見させてあげたいと思ったのでしょう」

 だが、父の期待は裏切られるかたちとなり、良太郎さんは2017年2月に違法闇賭博疑惑が報じられ、同年10月には覚せい剤取締法違反(使用)で逮捕された。芸能プロ関係者が親子関係について明かす。

「清水さんはメディアの前で『死ぬまで同じステージに立つことはない』と、良太郎さんを突き放しましたが、昨年9月には8年ぶりとなる親子共演を果たしています。芸能界を離れ、運送業などの仕事に就いて働く姿を見て、心を入れ替えたと感じたのでしょう。亡くなる2か月前にも親子でステージに立ち、息の合った歌を披露していました」

 清水は映像や物販を行う『清水エージェンシー』とは別に、1965年に自身が設立した営業、マネジメント業務を行う個人会社の代表を務めている。その思い入れのある事務所に三兄弟のなかで唯一、取締役として名を連ねていたのが、良太郎さんだった。

「不祥事のときに個人事務所との契約は解除されましたが、個人会社の役員としては解任されることはありませんでした。清水さんはいずれ事務所を引き継ぐことも考えていたようです。アクティブだった清水さんですが、良太郎さんの死後は食事の量も減り、自宅に引きこもることが多くなったと聞いています」(同前)

 息子の復活を願っていたが、父の願いは叶わなかった。8月9日──。都内の斎場で良太郎さんの葬儀が営まれた。弔問客400人が訪れ、棺で眠る良太郎さんを涙ながらに偲んだ。喪主を務める清水は憔悴した様子ながらも気丈に振る舞い、最後まで息子の友人らに笑顔で微笑み返していた。

 例年、秋から冬にかけては清水はん恒例のディナーショーを開催しているがが、今年は現時点(9月3日)で告知がなく、例年通り開催されるかどうかは不透明な状況。愛息との別れを乗り越え、清水が再びステージに戻ってくる日はまだ見えない──。