「特殊詐欺被害は1日10億円」「詐欺は“割の良い”犯罪」 作家・黒川博行×ノンフィクション作家・森 功 犯罪を追う二人が語る「トクリュウ」「地面師」
「週刊新潮」で連載した黒川博行氏の『流砂』が遂に刊行された。トクリュウ犯罪やその捜査に携わる面々を描いたクライム・サスペンスだ。本作を、政官財の舞台裏や闇社会に精通するノンフィクション作家、森功氏はどう読んだか。お二人が対峙すると話は尽きず……。
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〈ハードボイルド小説の第一人者として、犯罪と人間の欲望を描き続けてきた黒川博行さん。そして、Netflixドラマでも注目を集めた“地面師”をはじめ、政界から裏社会まで数々の事件を追ってきたノンフィクション作家・森功さん。黒川さんの最新作『流砂』は、特殊詐欺グループに潜り込んだ謎の男「おれ」を軸に、匿名・流動型犯罪グループ--トクリュウの実態と、そこに群がる人間たちのだまし合いを描く犯罪小説。犯罪はなぜこれほど身近になったのか。警察はなぜ「親玉」までたどり着けないのか。そして、フィクションとノンフィクション、それぞれの立場から「事件」を追う面白さとは……。二人の犯罪通が、現代日本の闇を語る。〉

森 黒川さんの新刊『流砂』、一気に読んでしまいました。かなり複雑な話なのに、するっと頭に入ってくるんですよ。とにかく描写が細かくて、情景が目に浮かぶ。小説家の文章というのはこういうものか、と改めて思いました。
黒川 森さんにそう言ってもらえたらうれしいです。今や森さんはノンフィクションの代表作家ですね。特に犯罪ものを書かせたらもう最高。森さんは、情報の取捨選択ができていて、読者に伝わりやすいように整理してある。そこがすごい。さらに最近は、取材される世界が広がりましたね。近刊を拝読するとよく分かります。

「ノンフィクションは不自由」
森 いや、小説とは全然違いますよ。僕らは複雑な事件を扱うと、相関図を付けたりしますからね。『流砂』はそれを文章だけで読者の頭に入れていく。しかも、人を殺したシゲルがその後ビールを飲む、みたいな何気ないところが妙にリアルでしょう。ああいうのはノンフィクションでは、裏が取れていなければ書けないんです。
黒川 殺した後に何飲んだかまで裏を取らなきゃダメですか。
森 そうなんですよ(笑)。「たぶんビールを飲んだでしょう」では済まない。うそを書いたら訴えられますから。
黒川 ノンフィクションは不自由ですね。
森 不自由です。でも、だからこそ細部を取材します。事件現場で犯人は何をしていたのか、どういうふうに振る舞っていたのか。ノンフィクションも読み物ですから、読者に事件の「見立て」を伝えるには、できるだけリアルに描かなければいけない。それにしても、『流砂』は中盤に衝撃的な展開が待ち受けていますが、最初から計算して書かれるのですか。
黒川 いえ、思い付きです(笑)。そもそも僕はプロットを立てませんから。最初は「おれ」という謎の人物がいて、特殊詐欺の下っ端のふりをして首謀者から金を取ろうとしている。そこだけ考えて書き始めました。人物表や時系列表も作りません。どうせ途中で気が変わるから。わりと行き当たりばったりです。
森 よくそれで、これだけ入り組んだ話になりますね。
黒川 途中で「ここ、どうなってんねん」と思ったら、知り合いの新聞記者に電話して教えてもらったり、執筆中でもどんどん追加で取材します。最初に資料は山ほど集めてますけどね。
「半グレ」どころか「全グレ」
森 『流砂』の大きなテーマが、いわゆる「トクリュウ」ですね。固定した組織を持たず、SNSなどで実行役を集め、必要がなくなれば切り捨てる。今の犯罪を象徴する存在です。
黒川 僕は、日本全体がだんだんギャング化してると思っています。昔ながらのヤクザは高齢化して減っていますが、ヤクザと同じようなことをする人間は逆に増えてる。
森 そこには暴力団を取り巻く環境の変化もあるでしょうね。昔はいろいろなしのぎがあった。港湾、建設、土木。バブル期までは、そういうところで莫大(ばくだい)な金を稼げた。ところが日本社会が成熟して、そういう仕事がヤクザに回らなくなってきた。
黒川 それに暴排条項がものすごくきつい。ヤクザは銀行口座も作れないし、車も買えない。何をするにも引っかかる。昔だったら盃をもらって組に入っていたような連中が、「そんな割に合わないこと、誰がするんだ」となる。
森 ヤクザであること自体が商売として成立しにくくなったんでしょうね。
黒川 だから地下に潜る。特殊詐欺のチームを持ったり、半グレになったり、トクリュウに流れたりする。もう「半グレ」という言い方もおかしいと思いますけどね。やってることを見たら「全グレ」です。
森 しかもSNSがありますからね。昔なら犯罪に加わるにも、人間関係が必要だった。ところが今はネットで実行役を集められる。地面師の世界でも、最近は闇バイトでなりすまし役を募集するような事件が出てきている。犯罪の入口が非常に身近になっています。
「固定された階層から抜け出す手段が少ない」
黒川 昔みたいに誰かに弟子入りして、犯罪のノウハウを覚える必要すらない。スマホを見て、「闇バイト、やってみようかな」で犯罪の道に入ってしまう。
森 『流砂』の「おれ」も、まさにそうですよね。宗教2世で、恵まれた家庭環境でもなく、大学を中退している。社会の中でうまく居場所をつくれない人間が、犯罪に接続していく。
黒川 上下関係に縛られているヤクザはもちろん、一般社会でも日本は階層が固定されてると思うんですよ。そこから抜け出す手段が少ない。金もない、仕事もない、一発逆転する方法もない。そういうところに「簡単に稼げます」という闇バイトの募集が来たら、手を出す人間はいるでしょうね。
森 私の子供の友達にも、どうやって稼いでいるのか分からないけれど、タトゥーを入れて、いい格好をして、アルファードに乗っている若者がいるらしいんです。そういう世界って、実はかなり身近なところまで来ている。一方で、政治家や官僚、マスコミの人間には、そういう世界がなかなか見えていない。自分たちの生活圏から遠いんです。
黒川 上の階層からは下が見えない。下から上にも行けない--。そこも社会が分断されてるということだと思います。
特殊詐欺被害は1日10億円
森 数字を見ると、なおさら驚きます。2026年上半期の特殊詐欺被害は、認知件数が2万2031件、被害額が1816億円を超えた。前年同期と比べて件数は18%余り、被害額は実に5割以上増えています。1日平均にすると約10億円です。
黒川 日本の国力は落ちてるし、新しい産業はなかなか育っていないのに、詐欺だけが売り上げを伸ばしてる(笑)。
森 しかも今は、オレオレ詐欺だけではない。SNS型投資詐欺やロマンス詐欺、ニセ警察詐欺と、手口がどんどん広がっています。トクリュウ犯罪の怖さは、事件が起きても全貌がなかなか見えないことですよね。
黒川 ほとんど捜査が追いついていません。みんな、警察というのは事件が起きたら何でも徹底的に捜査すると思ってるけど、そんなことないですよ。
森 詐欺事件は、資料も膨大で特に難しい。
黒川 難しいし、決定的に人員が足りてませんね。捜査費もかけられない。殺人事件とか、世間で騒がれた事件なら別でしょうけど、そこらへんの詐欺事件を全部追うなんて無理ですよ。警察にも「捜査経済」という考え方があって、これだけ人と金をかけて、どれだけ成果が上がるかという話になる。
森 だから、末端の受け子や出し子、強盗の実行犯は捕まっても、その先にいる指示役まで上がれない。
黒川 実行犯なんて最初から使い捨てですから。指示してる方は、自分の名前も顔も教えていない。
森 さらにグループ自体が事件ごとに形を変える。一つの組織を壊滅させれば終わり、という暴力団型の捜査が通用しにくい。警察庁がわざわざ全国横断の専門チームをつくっているのも、それだけ従来の捜査では追いにくいからでしょう。
黒川 金の流れも複雑ですからね。
森 例えば地面師事件でも、何十億円という金が最終的に誰の手に渡ったのか、“全貌”は解明されていない。トクリュウならなおさらです。犯罪集団からすれば、捕まる可能性が高い仕事だけ下っ端にやらせればいい。
黒川 よくできたシステムです。
「『アホ、ボケ』言うて切りました」
森 そんな相手から、私たちはどう身を守ればいいんでしょう。
黒川 一番は電話に出んことです。
森 ものすごく単純ですね(笑)。
黒川 でも、それが一番です。どんな特殊詐欺も、最初の一歩は電話ですから。知らない番号や非通知の電話には出ない。高齢者は電話が鳴ったら出てしまうので要注意です。しかも、「自分だけはだまされへん」と思ってる人ほど危ない。
森 最近は警察官や弁護士、銀行員など、社会的信用のある職業になりすます手口も多いです。
黒川 僕は不思議でしょうがないんですけど、「警察です。あなたの身の潔白を証明するために、金を振り込んでください」と言われて、どうして信じてしまうんでしょうね。
森 やはり「警察がうそをつくわけがない」という思い込みがありますからね。詐欺師はそこを利用する。
黒川 うちにも給湯器の点検を名乗る電話がかかってきたことがありますよ。「給湯器の点検をしてます」と言うから、「あんた、うちの給湯器のメーカーどこか知ってんの」と聞いた。
森 そうしたら、何て?
黒川 「知りません」て(笑)。知らんのになんで点検すんねん。おもろいからしばらく相手してたんですけど、だんだん腹が立ってきて、最後は「アホ、ボケ」言うて切りました。
事件解決後も残る「謎」
森 詐欺は、そこまで警察も追っかけてこないっていう利点はありますよね。10億だまし取ったとして、それを隠しておけば、5年間刑務所行っても、充分割に合う。
黒川 犯罪としてはすごく効率が良いし、罪もそんな重くない。なかなかいいものですね(笑)。殺人未遂や強盗未遂とは違って、詐欺未遂は罪に問われても長期刑にはならないからやりたい放題です。地面師なんて、うまくいけば一件で何十億ですし。
森 ただ、地面師は簡単にはできませんよ。入念な準備が必要です。地主になりすます役者を用意して、偽造書類を作る道具屋がいて、不動産取引の知識もいる。全体を仕切るプロデューサーになるには、かなりの経験が必要です。
黒川 やっぱり修業が必要でしょうか?
森 何度もやって、捕まって、刑務所から出て、またやる。その繰り返しでノウハウを蓄積していくんです。
黒川 生まれ変わったら、詐欺師を目指しますかね。口はうまくないけど、考える頭はあるから、絵が描ける。詐欺師として生きていけるかもしれん。
森 その才能は小説にだけ使ってください。
黒川 森さんは、事件を追い続けて何が一番面白いですか?
森 事件って、最後まで全部は分からないんですよ。警察が捜査して、裁判になっても、全ての真相が明らかになるわけではない。
黒川 捜査にも限界があるからね。
森 そうです。捜査は完璧ではないし、必ず積み残しがある。その「分からない部分」を追っていくのが面白いんです。積水ハウスが、なぜ55億円もの地面師詐欺にだまされたのか。表面だけ見れば「プロの不動産会社がなぜ?」と思う。そういう疑問を一つずつ追っていくと、単なる犯罪事件ではなくて、その会社の内部事情や人間関係、社会の構造まで見えてくる。
黒川 僕も事件を書く時、犯罪の手口そのものより人間の方が面白いと思って書いています。なんでこいつがこんなことをするようになったのか。どこで人生がそういうふうに転がったのか。
森 事件を追っていると、政治も経済も暴力団も企業も、結局どこかでつながってくるんですよね。一つの小さな事件から始めたはずなのに、掘っていくと想像もしなかった大きな構造にぶつかる。
黒川 「この事件は化ける」と最初から分かるんですか。
森 いや、全然(笑)。僕が『地面師』を書いたのも、友人が、積水ハウス事件とは別の地面師にだまされたのがきっかけです。「警察に言った方がいいよ」と相談に乗って、それでも警察がなかなか動かないから、「じゃあ書いてみようか」と。
黒川 僕の『後妻業』も同じです。知り合いが被害に遭って、「悔しいから書いてくれ」と言われました。刊行してすぐに、実際に同じ構造の犯罪が摘発されて「時代を先取りした」とか言われましたが、そんな格好いい話じゃない。
森 偶然なんですよ。ただ、そこで「これは一体どういうことだろう」と思うと、追いかけずにはいられなくなる。
黒川 分からんから面白い。
森 そうです。事件には必ず「分からない」が残る。その謎を追い続けるのが、僕らノンフィクションを書く人間の仕事なんでしょうね。
黒川 小説の場合は、最後は自分で答えを作れるけどね。
森 「生まれ変わったら詐欺師になる」とまで書ける。
黒川 いや、それは小説じゃなくて本音です(笑)。まあ、フィクションでもノンフィクションでも、事件そのものを見ているのではなくて、その向こうにいる人間を見てるんでしょうね。
森 そう思います。なぜこんな事件が起こったのかを追っていくと、今の日本社会そのものが見えてくる。『流砂』も、まさにそういう小説だと思いました。
黒川博行(くろかわひろゆき)
作家。愛媛県生まれ。『キャッツアイころがった』でサントリーミステリー大賞、『カウント・プラン』で日本推理作家協会賞、『破門』で直木賞、『悪逆』で吉川英治文学賞を受賞。映像化作品も多く、『国境』が映画化(井筒和幸監督)され2027年に公開予定。
森 功(もりいさお)
ノンフィクション作家。福岡県生まれ。2008年、2009年に「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を連続受賞。『悪だくみ』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。主な著書に『黒い看護婦』『同和と銀行』『地面師』『地面師vs.地面師』など。
「週刊新潮」2026年9月3日号 掲載
