米国の美空ひばり「カントリーの女王」ドリー・パートンさん死去 遺産“720億円”の意外な行方

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ホワイトハウスは半旗を掲げ

「カントリーの女王」ドリー・パートンさんが8月25日(現地時間)、米テネシー州ナッシュビルで死去した。80歳だった。

米国では日本の美空ひばりさんのような国民的歌手だったパートンさん。その遺産は約4億5000万ドル(約720億円、1ドル=160円で計算)と報じられており“パートン帝国”の巨額遺産の行方が注目されている。

パートンさんの代理人は8月25日にがんで亡くなったことを発表したが、どのような種類のがんと闘っていたかについては明らかにされていない。

パートンさんは1946年1月19日生まれ。テネシー州セビア郡出身。ラジオ番組の子役としてデビューし、1964年、テネシー州ナッシュビルに移住してカントリーのシンガーソングライターとして一世を風靡。「ジョリーン」(1973年)や、ホイットニー・ヒューストンがカバーした『オールウェイズ・ラヴ・ユー』(1974年)などが大ヒットしてグラミー賞を11回受賞。レコードの総売り上げは1億枚を超え、史上最も多くのレコードを売り上げた音楽アーティストの一人とされる。女優としても活躍し1980年には映画『9時から5時まで』にジェーン・フォンダ、リリー・トムリンと共に主演。自身が手がけたテーマ曲『9 to 5』が大ヒットした。

またテーマパーク『ドリーウッド』を運営する会社の共同経営や、映画・テレビの制作プロダクションをマネージャーと共同所有するなどのビジネスや、「ドリーウッド基金」を通じて、米、英、カナダ、オーストラリアのコミュニティで、約85万人の子どもたちに毎月1冊ずつ本を無償で提供する「ドリー・パートンのイマジネーション・ライブラリー」の運営など慈善事業にも力を入れていた。

パートンさんの訃報にポール・マッカートニー、ミック・ジャガー、ジェーン・フォンダらが相次いで追悼コメントを発表した。テイラー・スウィフトは、

〈人々にありのままの自分であるよう励まし、誠実さ、ユーモア、そして気品とともに究極の神秘とファンタジーを世界に与えた〉

などと称賛した。

ニューヨークのエンパイヤ・ステート・ビルはパートンさんを追悼してピンク色にライトアップされ、ホワイトハウスが半旗を掲げるなど国民的歌手のパートンさん追悼が全米に広がった。

そうしたなか、パートンさんの巨額遺産が注目されている。

1曲の印税だけで1000万ドル

米フォーブス誌は昨年、パートンさんの純資産が推定約4億5000万ドル(約720億円)と報じた。テネシー州ピジョン・フォージにある、年間400万人以上の観光客が訪れる、彼女の名を冠したテーマパーク『ドリーウッド』の株式50%を所有しており、その価値は約1億6500万ドル(約264億円)。テネシー州に所有する広大な不動産は約1000万ドル(約16億円)。さらにパートンさんは楽曲の出版権を自身で所有しており、その価値も巨額という。

「『オールウェイズ・ラヴ・ユー』だけで、これまで支払われた印税が1000万ドル(約16億円)といわれてます。パートンさんが残した約3000曲の価値は推定で約1億2000万ドル(約192億円)に上ると報じられています」(ハリウッド事情通)

米 Page Sixによると、パートンさんの巨額遺産がどう分割され、最終的に誰が“パートン帝国”の各部分を掌握するのかは、しばらくの間非公開になる可能性があるという。

ロサンゼルスの遺産相続の専門家は、同サイトの取材に、

〈ドリー・パートンには実子がいないため、誰に遺産を残すつもりだったかを予測するのは難しい〉

と指摘した。

「パートンさんは1966年に結婚したアスファルト舗装業を営むカール・トーマス・ディーン氏と昨年に死別しています。2人に実子はいませんでした。大家族に育ち12人の子どもの4番目で、兄弟姉妹は現在6人いて、妹のキャシーさんとレイチェルさんを含むパートンさんの親族は、遺産を巡る法的な争いを起こすことはないと報じられています」(前出のハリウッド事情通)

英紙デイリー・メールは情報筋の話として、パートンさんの遺産の大部分が慈善団体に寄付され、彼女の人生において極めて重要な位置を占めていた慈善活動が継続されると見込まれると報じた。同情報筋は

〈彼女は音楽と同じくらいビジネスにも才能があり、親族の全員が非常に公平に扱われていたと思うので、彼ら同士で争いが起きることはないとみている〉

と語ったという。

数々のヒット曲や映画出演、テーマパークの共同経営や慈善事業など幅広い活動で大きな足跡を残したパートンさん。巨額遺産の相続争いは起きないのなら、これもまた人々に愛された「カントリーの女王」ならではのエピソードといえそうだ。

取材・文:阪本 良(元『東京スポーツ新聞社』文化社会部部長)