「実はおなかに赤ちゃんが…」元MBSアナ豊崎由里絵(38)が明かす、昼は保育士・夜はキャスターの激務のなかで“第3子妊娠”を決意したワケ
〈「休憩中に連絡帳と草むしりを…」元MBSアナ豊崎由里絵(38)が感じた保育園の過酷な労働環境と「シェア実家」を立ち上げたワケ〉から続く
地域ぐるみで子育て世帯を支援する一般社団法人「シェア実家」を起業し、代表理事を務めながら保育士として現場に立っている、フリーアナウンサーの豊崎由里絵さん(38)。
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テレビ局を退社した2019年から今日に至るまで、2人のお子さんの育児をしながら、次々と新しい挑戦を続けてきた豊崎さんの、目まぐるしくも充実した激動の日々について詳しく伺います。

フリーアナウンサーの豊崎由里絵さん(右)
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起業への道のりが“キャスターとして抱えていた葛藤”を浮かび上がらせた
--わずか半年間の受講で、起業までこぎつけられるものなのですね。
豊崎 ピッチを続けていくなかで、「自分の事業は後回しにして、シェア実家を一緒にやりたい」と言ってくれる仲間ができたんです。さらに、最終ピッチでは最優秀賞もいただいてしまい、もう本当にやるしかない状況に。よい意味で追い込まれました(笑)。
--「ネイバースクールSETAGAYA」での経験は、事業だけでなくアナウンサーの仕事にも活きていますか?
豊崎 ピッチを重ねることで「本当に自分がしたいこと」を突き詰めて考えるようになった結果、キャスターとして抱えていた葛藤が浮かび上がってきました。たとえば、赤ちゃんの遺棄事件のニュースを伝えるなかで、母親が逮捕されて幕を閉じることの多い報道に、いつも割り切れない思いがあったんです。
母親の責任を問うことが本当に再発防止につながるのか。どこかにいるはずの父親の責任や、社会のセーフティーネットはどうだったのか。私に法律を変えることはできませんが、親を選べない子どものために、家庭内で孤立させず「地域全体で育てる環境」は作れるはず。地域の人との日常の会話が当たり前にあり、親以外の大人にも頼れる社会なら、救えた命があったかもしれない。親の責任ばかりを問う社会のなかから、解決の糸口を見つけたい。そんな思いが強くなっていきました。
誰でもふらっと立ち寄ることのできる憩いの場として
--「シェア実家」の施設ではどんなことが行われていますか。
豊崎 基本的には誰でもふらっと立ち寄ることのできる憩いの場として毎日開放しています。お子さんと一緒に来てシェア実家のおもちゃで遊んだり、持参したお昼ご飯を食べたりする方もいらっしゃいます。また、生後6ヶ月からのお子さんを対象に、預かり保育事業をしています。
そして、毎月さまざまなワークショップを開催している他、毎週水曜日の15時からは小学校低学年に向けた学習支援も行っています。そこでは大学生ボランティアにサポートしてもらいながら宿題をしたり、勉強を教え合ったり。シール交換や恋バナ、ゲームの話題など、親でも先生でもない大人とコミュニケーションができる場にもなっています。
--学童保育や児童館のような役割も果たしているんですね。印象的な出来事や経験はありましたか?
豊崎 パートナーの夫と同じ職場で働きながら、3人の育児をするお母さんから「仕事を辞めたい」と相談を受けたことがあります。夫はどんどん役職も上がっていく一方で、その方は3回も産休・育休をとっているからブランクができてしまい悩んでいました。
私は話を聞くことしかできませんでしたが、「シェア実家」の預かり保育を利用しながら就職活動を開始され、自分らしく働ける職場に就職し、お子さんの保育園も決まってシェア実家をある意味で「卒業」されました。そうしたマインドの変化や、頑張っている姿を間近で見せてもらえたのがすごく嬉しくて、やっていてよかったなと思いました。
--それは今後の活力になるエピソードですね。起業から1年、今後の見通しはいかがですか。
豊崎 ビジネスとしては、まだ確立していないのが現状です。非営利型の一般社団法人なので、保育士さんにはお給料をお支払いしていますが、まだまだボランティアさんが不可欠です。
しっかり家賃と人件費を生み出せる、持続可能な組織にしていくつもりです。起業した後は、どれだけ人を巻き込めるかが勝負だと言われたことを今つくづく実感しています。
--先ほど「理想の保育園」を作るには「政治家になるしかない」と言われたと仰っていましたが、政治家への道もお考えですか。もしくはすでに声をかけられているとか。
豊崎 その道は考えたことがありませんし、私にその能力があるとも思えません。自分の両手が届く範囲でできることをやっていきたいです。
起業家としての経験が自分の“立ち位置”を再定義した
--大阪の情報番組ではコメンテーターとして出演されることも多く、キャスターを務める『堀潤 Live Junction』では、起業家・実業家として意見を求められている姿をよく目にしますが、コメンテーターという職業も極めていきたいという意識も高まっていますか。
豊崎 自分は何者としてコメントしているのか、とずっと自問自答していました。周囲のコメンテーターの方たちと比べ、アナウンサーや子育ての経験だけでは専門性に欠けるなと私は思っていました。
私の“現場”はどこにあるのかと考えたとき、一般社団法人「シェア実家」の代表理事として、保育や地域コミュニティを再構築している、ということに辿り着きました。その知見を活かして、テレビを通じて社会貢献したいと思っています。そして、そんな感覚を養えたのは、番組や現場を通して出会った、社会を動かそうと頑張るNPOの代表やZ世代の方々のおかげです。職業は1人1つでなければいけないわけではありませんので、どちらも今の私には必要だと思っています。
--ご自身のお子さんも7歳と5歳でまさに育ち盛りですが、どの仕事もさらにアクセルを踏み込んで拡大させていく方向ですね。
豊崎 はい、そのつもりです。それと、実はいま、おなかに赤ちゃんがいるんですよ。
--なんと! それは、おめでとうございます。
豊崎 ありがとうございます。いつか3人目が欲しいなと思いながらも、仕事が楽しくて気づけば38歳になっていました。そんなことを「シェア実家」で働いている保育士さんたちに話したら、「産みなよ! 私たちが一緒に育てるから」と言ってくれて、それを真に受けて妊娠することにしました(笑)。こんな風に言ってくれる仲間が身近にいてくれるなんて、本当に心強いですよね。
人生に「ブランク」なんてものはない
--まさに「遠くの親戚より近くの他人」を実感しますね。ただ、豊崎さんのようにマルチタスクで社会貢献までできる方は限られている気もします。
豊崎 会社員を経験した人は、どうしても「社会=企業」と捉えがちですよね。でも本来、社会って今住んでいる地域もそうですし、もっと身近で広いものですよね。私自身、育児しかしていない時期は「社会から必要とされていないんじゃないか」と焦ることもありましたが、誰もが自分のいる場所で葛藤しながら、かけがえのない経験を積んでいるはずなんですよね。
だから、人生に「ブランク」なんてものはない。胸を張ってこれまでの自分を棚卸ししてみれば、「こんな経験をしてきた」「実はこんな強みがあった」と気づけるはずです。自分が暮らす社会は、自分で育てていく。そう捉え直してみるだけで、人生の見え方は少し変わるんじゃないかなと思っています。
(川村 夕祈子)
