「SCOOP!」福山雅治

写真拡大

 瞬間を切り取る写真の世界。機材がいくら進化しようとも、これまで撮影された傑作の魅力はまったく衰えず、鑑賞者の感性を刺激し続ける。写真家たちはなぜ、どのようにしてそんな瞬間を追い求めるのか--。映画解説者の稲森浩介氏がセレクトした「写真家の映画」で、彼らの内側を覗いてみよう。

 ***

【写真】美女の撮影で話題連発…24年に死去した有名すぎる「大御所写真家」

福山雅治、唯一無二の演技

〇「SCOOP!」(2016年)

 スクープ記事を追いかける写真週刊誌のカメラマン・都城静(福山雅治)と、記者の行川野火(二階堂ふみ)。報道の世界を疾走感あふれる演出で描く。

 公開当時は「文春砲」が流行語となり、政治家や芸能人のスキャンダルが大きな話題となっていた。スクープを掲載した後に編集部で祝杯をあげる場面は、この10年のメディア状況の変遷を思うと今や懐かしい風景だ。

「SCOOP!」福山雅治

 しかし、いま観ても面白さに引き込まれる。その最大の理由は、福山が演じるカメラマンの造形だろう。都城はかつてスクープを連発していたが、今や芸能人のスキャンダル専門でかつての情熱はない。粗野で傍若無人で下ネタ連発の中年男。無精髭を生やした顔は酒の飲み過ぎだろうかむくんで見える。こんな福山は見たことないと思うほど破天荒な人物だ。

 しかし福山はこんな役を待ち望んでいたという。張り込み中の車に女性を呼んだり、情報屋(リリー・フランキー)と夜の店で遊ぶなどのアイデアは福山が提案して実現したという(「キネマ旬報」2016年10月下旬号)。

 現場のスクープ場面だけではなく、都城の内面も描かれる。彼は戦場カメラマンになりたかった。行川に見せる写真は、ロバート・キャパを一躍有名にした「崩れ落ちる兵士」だ。スペイン内戦で、人民戦線側の兵士が銃弾に倒れる一瞬を捉えている一葉。そんな写真を撮りたかったという。

 そして、この写真が衝撃的なラストに繋がっている。福山の唯一無二の演技とともに、ぜひ見届けていただきたい。

写真と家族

〇「浅田家!」(2020年)

 浅田政志は、自身の家族を被写体とした作品で世に出た写真家だ。その実話を主演・二宮和也、両親を平田満、風吹ジュン、兄・妻夫木聡の芸達者で固め映画化した。

 浅田の作品は家族写真と言ってもすべてに場面設定があり、家族はその役になりきる。例えば近所の消防署に交渉して、消防車の前で防火服を着た姿で撮る。ヤクザの一家、F1チーム、サッカー日本代表、選挙カー、パンクバンドと撮影場所や服装に徹底的にこだわる風景は、思わず笑みがこぼれる楽しさだ。

 政志はこの家族写真集を上梓し、写真界の芥川賞と言われる「木村伊兵衛写真賞」を受賞。実際の写真集「浅田家」(赤々社)と比べてみると、映画ではロケーション、構図、服装、ポーズ、表情と正確に再現しているのが分かる。

 ここまでは1人の写真家の成功譚だが、その後、政志は全国の家族写真を撮ることを決意。あるシーンで難病の子どもと家族の撮影場面がある。そこで政志は一筋の涙をこぼしシャッターを切るのだが、ここまで観てこの映画は家族のあり方を描いたものだと気づく。やがて命が尽きる子どもとの一瞬を残そうとする家族。息子のために、恥ずかしさを隠しながら撮影に協力する浅田家。家族がお互いをいたわる温かさが伝わってくるのだ。

 後半は、政志が東日本大震災の被災地に行く姿が描かれる。政志はそこで、罹災した家屋から拾い上げられた家族写真を洗浄し、持ち主に返す活動をしている青年(菅田将暉)と出会う。そこには多くの家族の絆が写真に刻み込まれていた。

戦場カメラマンの生と死

〇「地雷を踏んだらサヨウナラ」(1999年)

 1973年、カンボジアの戦場で亡くなった実在のカメラマン、一ノ瀬泰造の作品を紹介したい。

 25歳の一ノ瀬泰造(浅野忠信)は、戦地を精力的に取材するカメラマンだ。命を懸けた戦場での撮影や、外国人カメラマンが目の前で死んでいく様子などがドキュメント風に描かれる。泰造はカンボジアの12世紀の遺構・アンコール・ワットを撮ることを決意していた。当時カンボジアは、クメール・ルージュ(ポル・ポト派)と政府軍との闘争が激化していた地だ。

 1973年4月、姉の結婚式に一時帰国した時が、両親が泰造を見た最後だった。11月、カンボジアのジャングルで、泰造はポル・ポト派の兵士に捕まる。必死の思いで逃走すると、目の前にアンコール・ワットが現れ……。

 映画では描かれないが、その後のことを記しておきたい。9年後の1982年、泰造の両親はTBSの番組でカンボジアを訪れる。2人は泰造の生存にわずかな希望を抱いていた。しかし現地の村人から「ここに埋まっている」と案内されると遺骨が発見された。泰造は、ポル・ポト派に捕まってまもなく処刑されたのだ。母は歯並びを見て息子だと確信し、遺骨を近くの川で洗ったという(一ノ瀬信子『泰造 見てますか?』窓社)。

 一ノ瀬の3年前には沢田教一がプノンペン近郊で撃たれ亡くなっている。私たちは、彼らがいたからこそ戦場で何が行われたかを知ることができるのだ。2026年8月現在、国際ジャーナリスト連盟(IFJ)は、ガザ地区で267人のジャーナリスト・メディア関係者が死亡したと発表している。

森山大道の現在

〇「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道」(2020年)

 今年米寿を迎える森山大道が、80歳の時に撮影されたドキュメンタリー。

 作品は、コンパクトカメラを持ちながら、路上で撮影する森山に密着する。スナップショットの名手・森山は、気に入った被写体に出くわすと一瞬のうちに撮る。その姿は、まるで触覚に感知された獲物を捕獲するようだ。新宿ゴールデン街、渋谷道玄坂、コスプレ店員が佇む秋葉原、中野ブロードウェイと様々な街を歩き、そして撮る。

 森山のもう一つの代名詞「アレ、ブレ、ボケ」は荒れた粒子、ブレた被写体、ボケたピントの意味だ。振り向きざまこちらを睨みつけるように威嚇する犬の写真がある。代表作「Stray Dog」(1971年)、通称「三沢の犬」だ。森山は当時のことを「写真を解体してみたかった」と語っている。

 森山からは、2015年に亡くなった盟友・中平卓馬の名前が頻繁に聞かれる。20代で知り合い、共同事務所を作り切磋琢磨した写真家仲間で「当時、僕には中平しか見えなかった」と語る。中平から貰ったジャック・ケルアックの小説『路上』を読んで、たまらずに旅に出たほど影響を受けたという。

 撮影のある日は、中平の命日だった。森山は「On the Road Jack Kerouac」と書かれたTシャツを着て、街に出る。そして中平とかつて一緒に働いた青山の街を歩くのだ。「道路が人生なのだから」というケルアックと森山が重なるようだった。

写真家と妻

〇「RAVENS -レイブンズ-」(2024年)

 代表作「鴉」などが、世界中で再注目されている深瀬昌久。写真に全てを注ぎ込むその姿と、妻・洋子との愛を描く。

 深瀬昌久(浅野忠信)は、家業の写真館を継がずに写真家を目指していた。やがて結婚する妻・洋子(瀧内公美)や、実家の家族を被写体とした革新的な作品を発表し脚光を浴びる。しかし深瀬は、洋子を写真で撮ることでしか愛し方を知らない。洋子は反発して2人は離婚してしまう。

 深瀬は「自分の生きてることの執念深さみたいなのは、やっぱり写し続ける過程で出てくると思う」(森山大道『過去はいつも新しく、未来は常に懐かしい』青弓社)と話している。その言葉を反映するように、作中には深瀬の化身として人間大の鴉=レイブンズが登場し、深瀬に生活を投げ打って芸術家として歩むことを囁く。

 生前の深瀬と交流があった作家の大竹昭子氏は、この作品を観て「深瀬の気配が生々しく蘇り、懐かしさが込み上げた。生きることに独特のこだわりを示し、他人を巻き込んでしまう、そんなどうしようもない男を浅野忠信が、実に自由にのびのびと演じていた」(「週刊文春CINEMA」2025年春号)と語っている。

 1992年、新宿ゴールデン街の「南海」で泥酔した深瀬は、階段から転げ落ち脳挫傷となる。その後写真家として復活することはなく2012年、78歳で逝去した。大竹氏は、療養先の深瀬を何度か見舞っているが、ベッドサイドにはいつも洋子がいたという。機会があれば、深瀬の作品に触れてみて欲しい。時代を超えて感情を揺さぶるその作品に。

稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集

デイリー新潮編集部