紀子さまと2人で“お忍び旅行”も…広島を訪問された悠仁さま(20)、8年前に「どうしても知りたかったこと」
9月6日に20歳の誕生日を迎えられた秋篠宮家の長男・悠仁さま。成年皇族として公的な行事に出席される機会が増える中、今年(2026年)8月に足を運ばれたのが、広島県だった。ボーイスカウトの祭典「日本スカウトジャンボリー」出席のほか、平和記念公園での原爆死没者慰霊碑への供花や本川小学校の平和資料館視察も行われた。幼い頃から戦争の歴史と向き合ってきた悠仁さまは、今、平和に対してどのような思いを抱かれているのか。
【画像】紀子さまは白地にボーダーのセットアップ…当時11歳の悠仁さまと並ぶ姿など、この記事の写真をみる
秋篠宮さまの貴重な肉声をつづった『秋篠宮』(2022年/小学館)などの著書をもつ、ジャーナリストの江森敬治氏が寄稿した。
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8月7日午前、悠仁さまは広島市の平和記念公園を訪ねていた。強い日差しの下、原爆死没者慰霊碑に供花し、拝礼した。その後、爆心地に近い市立本川小学校の平和資料館を訪問している。

2026年8月7日、原爆死没者慰霊碑に供花された悠仁さま ©時事通信社
悠仁さまは、犠牲となった児童らを悼む慰霊碑に供花したあと、平和資料館の中に入り、被爆直後の広島市内の惨状が分かる模型を見ながら、関係者から説明を受けた。その際、「一番爆心地に近い小学校ですか」などと質問をしたという。
11歳で私的に広島に訪れていた
悠仁さまの公的な広島訪問は初めてだったが、8年前、2018年夏に紀子さまと2人で私的に訪れたことがある。当時、お茶の水女子大学附属小学校6年生だった悠仁さまは、自ら強く希望し、夏休みを利用して訪問した。この時も、平和記念公園を訪れ、原爆死没者慰霊碑に拝礼している。
〈「小学校の6年生でも夏休みの宿題・課題が多く出され、それは7月に入ってからでしょうか、(長男は)この課題をどのように進めていこうかと、自分で考え、(略)長男が、できれば(この夏に)広島を訪れて、資料館や関係者から話を聞いてみたいとのことだったので、参りました」〉
2018年11月、秋篠宮さまの53歳の誕生日会見で、紀子さまはこのように語っていた。両親は息子の自発的な行動に驚くとともに、悠仁さまの成長の証としてとても喜んだものだった。秋篠宮さまは次のように話している。
悠仁さまがどうしても知りたかったこと
〈「今まで長男は沖縄、長崎、小笠原に行っていますけれども、広島には今まで行ったことがなかったんですね。そういう何かまとめるに当たって、本人自身が是非広島に行きたいという希望を持って、それで、家内と一緒に行ったわけですね。
そのように、かなり自主的に動くということをするようになってきたと思います、(略)人の話にもきちんと耳を傾けるようになってきたなと思います。その延長線上にあるのかもしれませんが、人のことを思いやる気持ちというのは、以前よりも増してきたなと思います」〉
また、この年の8月15日には、秋篠宮家に歴史家・作家の故半藤一利氏が招かれている。半藤氏は、太平洋戦争はどうして起きたのかを分かりやすく話してほしいと事前に頼まれたという。長崎や広島を訪れた悠仁さまが、「なぜ原爆が落とされたのか」と疑問を抱き、どうしても知りたいと希望したためだったそうだ(「〈平成から令和へ〉天皇代替わり対談 半藤一利×保阪正康」-「北海道新聞」2019年5月1日)。
「やはり核はなくならないといけないですね」
幼い頃からのこうした積み重ねが、現在の悠仁さまの平和への思いへと繋がっているのだろう。戦後80年の節目の年にあたる昨年(2025年)7月11日には、秋篠宮ご夫妻、佳子さまとともに、東京都目黒区にある東京都写真美術館を訪れ、「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」を見学している。
この企画展は、中国新聞社など報道機関5社の主催で、各社のカメラマンや市民らが撮影した原爆投下直後の写真など約160点と映像2点を公開したもので、ご一家は、担当者から説明を受けながら、原爆投下後の広島市街や激しいやけどを負った市民の様子を撮影した写真などを真剣な表情で見て回った。
秋篠宮さまは、爆心地から2.2キロ地点の写真を見て、さらに、放射線が人体に及ぼす影響に触れながら、「かなり爆風も強かったんですね」「やはり核はなくならないといけないですね」と、口にした。悠仁さまは「写真や映像が持つ情報の多さや力を感じました」との感想を述べていた。
「ご一家が4人揃って…」貴重な光景から感じられたこと
これは、令和になって初めてのご一家4人揃ってのお出ましだった。秋篠宮家では、夫婦や親子が別々に、分担しながら公的な行事に取り組むことが多い。それは「より多くの活動を行うため」だとされる。そんな中、4人が揃うという貴重な光景からは、戦争について知り、それを次の世代に伝え、平和な世の中を守っていきたい、という強い思いが窺えた。
戦争体験者が減少し、歴史の継承や向き合い方が問われるなか、次世代を担う悠仁さまは、平和についてどのようにお考えなのだろうか。
「言葉で言い表すことができないほど痛ましいもの」
2024年9月に悠仁さまは成年皇族となり、昨年(2025年)3月3日、記者会見が行われた。悠仁さまは、記者から「今年は先の大戦から80年の節目です。戦後生まれの人が大半を占める今の時代に悠仁さまは戦争の歴史とどう向き合われてきたでしょうか」と尋ねられ、次のように答えている。
〈「私は幼少の頃から戦争に関する資料館を訪れたり、沖縄、長崎、広島といった地を訪問したりする機会がありました。その中で戦争について、詳しく学んだり戦争を経験された方の話を伺ったりする中で、戦争によって多くの方々が命を失い、またつらく苦しい思いをされたことは言葉で言い表すことができないほど痛ましいものであると考えました」
「一人一人がお互いの立場を理解し合い、学びを深めて平和の実現に向けて努めていくことが大切であると思いました。これからも平和について実際に書籍を読んだり、その場所を訪れたりすることを通して考えていきたいと思っております」〉
受け継がれる平和への思い
戦後81年となる今年(2026年)8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式が、東京都千代田区の日本武道館で開かれ、天皇皇后両陛下が出席した。
〈「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」〉
陛下は、上皇さまが戦後70年の2015年の全国戦没者追悼式から使い続けている、「深い反省」という表現を踏襲しながら、戦没者に対し、深い哀悼の気持ちを表していた。
戦後、昭和天皇は、平和な日本や世界を望んでやまなかった。その気持ちは、現代の皇室にも大切に受け継がれている。将来、悠仁さまに皇位が継承された時、「終戦の日」に、どのようなお言葉を述べるのだろうか。
(江森 敬治)
