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退職金1,800万円、住宅ローン完済。一見安泰に見える老後で、なぜ「旅行に行くことすら怖くて使えない」という事態に陥るのか? 定年以降、老後資金の「増やす」と「使う」の歪みが生じる原因と、後悔しないための視点を考えます。

「老後のため」の投資

「定年したら、少しは好きなことをして暮らせると思っていました」

東京都内に住む飯田浩一さん(60歳・仮名)は、昨年、長年勤めていた大手企業を定年退職しました。退職金は1,800万円。妻と2人暮らしで、住宅ローンはすでに完済しています。

65歳から受け取る予定の年金は、夫婦合わせて月28万円ほどです。

老後に向けての資産運用もコツコツと続けていました。毎月6万円の積み立て投資。決して散財はせず、外食や旅行はかなり綿密に計画し、突発的な支出は最小限にしてきました。

「老後になれば、投資に回していたお金をそのまま使うことができる」

そのような算段でしたが、定年後も飯田さんの生活は変わりませんでした。

むしろ、投資への意識は強くなりました。新NISAが始まったことで、「非課税で運用できるなら、できるだけ枠を使いたい」と考えるようになったからです。

年間投資枠は360万円。飯田さんは退職金の一部と預金を使い、できる限り投資に回そうとしました。

ただ、夫婦の生活費は月23万円ほど。年金を受け取るまでの5年間を考えると、手元資金をすべて運用に回すわけにはいきません。

そこで飯田さんは、定年後の生活費まで見直しました。現役時代は給与があったので、どんぶり勘定でとらえていたところもあります。しかし、定年後はそうはいきません。1円単位で支出を管理し、交際費は基本的にゼロに抑えました。

NISAに入れるお金は、将来の自分たちのためのお金。今使うより、増やしたほうがいい」

金融庁によると、2025年12月末時点で、NISA口座数は2,820万6,434口座。半年前から4.6%増えました。また60代以上の口座数は884万4,682口座。60代以上の5人に1人はNISA口座を持っている計算になります。

老後も「資産運用」の落とし穴

現役時代以上に質素倹約を強いられる生活に、妻の陽子さん(60歳・仮名)はポツリと漏らします。

「夫が定年を迎えたら、もっと楽しく暮らせると思っていました。別に無駄遣いをするという意味ではなく、気持ちの部分なんですが……」

飯田さんはなぜ、現役時代以上に資産運用へと駆り立てられていたのでしょうか。

「非課税による優遇や複利効果を最大化できるというメリットを目にした、というのはもちろんあります」

昨今、耳にすることも多い「NISA貧乏」の多くに共通する、非課税枠を埋めたいという衝動。それ以上の不安感が飯田さんにはありました。

「いざ収入がゼロになると、将来が不安になって。確かに65歳からは年金を受け取れますが、このままインフレが続いたらとか思うと……お金はいくらあっても不安は消えない」

「おかげさまで、昨今は市場がいいので、資産は確実に増えています。しかし旅行にお金を使うとか……怖くて、怖くて」


金融経済教育推進機構『家計の金融行動に関する世論調査2025年(二人以上世帯)』によると、老後に「心配がある」世帯は78.2%に上り、年金支給時に最低準備しておくべき金融資産残高は平均2,267万円となっています。同機構『金融リテラシー調査2025年』では、50代で退職後の生活費の必要額を認識している人は46.7%、具体的な資金計画を立てている人は35.5%にとどまる実情が示されています。

こうした計画の不透明さやインフレへの恐怖心が、十分な資産があっても「もっと増やさなければ」という焦りを生み、定年後の過度な倹約生活へと駆り立てる要因となっています。