河村勇輝、「3年目のNBA挑戦」へ 日本代表で多くの学びと刺激を得た「夏」はまだ終わっていない
8月31日にトヨタアリーナ東京で行なわれたFIBAワールドカップアジア予選Window4のカタール戦。河村勇輝の表情が和らいだ。
それは、第2クォーター中盤のことだった。
河村にディフェンスの圧をかけられた相手のボール保持者は、パスの出し先を探すものの、河村以外の日本の選手たちそれぞれがマークする選手に密着し、それを許さなかった。すると、審判は「5秒バイオレーション」を宣告した。
その瞬間、河村の顔に、我々がよく知る人懐っこい笑みが広がった。

Window4での河村勇輝は得点以外でチームの勝利に貢献した photo by Yoshio Kato
「今日の第1クォーターに2回ファウルをしてしまったので、第2クォーターではディフェンスからチームに流れを与えることができればいいと思っていた。僕だけじゃなく全員がしっかりディナイ(相手にパスを受け取らせないように守ること)をして5秒を取れたのは、チームのいいディフェンス、いい努力だったと思うので、個人的にはすごくうれしかったです」
バスケットボールに、突き刺さるような真摯さで向き合い、体格面での不利を乗り越え、さまざまなことを成し遂げてきたのが、河村という選手だ。
この夏、その真摯さの純度はグッと高まっている。
NBAへの挑戦は3年目に入る。過去2年は、下部組織のGリーグとの行き来が可能な「2ウェイ契約」でその舞台に立ってきた。だが今季は、限られた者にしか扉が開かれない世界最高峰のリーグで、本契約の獲得を目指すからだ。
もっとも、NBA定着と同様に、日本代表での活動も大切なものだと河村は言う。NBAという狭き門をくぐること。そして中心選手として、いまだ世界の強豪との差がある日本代表を引き上げる責務。彼はこのふたつを両立させようとしている。引き締まった、もっと言えば険しい表情を見せる時間がずっと長くなったように見受けられたのは、そのためだと言っていいだろう。
【利己的なプレーを選ぶことはなかった】Window4に先立ち、8月半ばに韓国を相手に行なわれた強化試合では、2試合ともフタ桁得点を挙げた。とりわけ第2戦ではチームトップの24得点を記録し、彼の持ち味を発揮した。
ところが一転、ワールドカップ予選のWindow4に入ると、シュートが入らなくなった。アウェーで行なわれた初戦のサウジアラビア戦と、今回のカタール戦で河村の放った計6本の3Pは、いずれもリングに吸い込まれなかった。得点も2試合で合計9にとどまった。
パリ五輪では、参加選手全体でも3位にあたる平均20.3得点を記録した。それだけに、我々が事前に予想していた姿とは違っていたと言える。八村塁(ロサンゼルス・クリッパーズ)が2試合とも高確率でシュートを決め、爆発的に得点を重ねたことも、その印象を際立たせた。
しかし河村は、2試合を通してシュートタッチがよくなかったことは認めつつ、味方を生かすことの比重をやや高めたと振り返った。
「特に今日は最初に2回連続で同じプレーコールをしたんですけど、1回目は馬場雄大選手(長崎ヴェルカ)が3Pを、2回目は塁さんが3Pを決めました。チーム(全体)のタッチもいいし、個々の選手たちに気持ちよくプレーをさせてあげるところが自分の役割なんだろうと、この2試合で感じていたので、そこは切り替えました」
NBAに定着するため、個の力量を示さねばならない立ち位置にいる河村。端的に言えば、得点力を見せることが肝要だ。だが、だからといって自身の力を証明するために、利己的なプレーを選ぶことはなかった。繰り返すが、それは、日本代表に対する責任もNBAと同様に重要だと語彼の責任感の大きさゆえだったはずだ。
また、2年前のパリ五輪当時と比べて、チームの顔ぶれが大きく変わったわけではない。そのなかで選手たちが国内外でもまれ、経験を積み重ねてきたことで、頼もしさを増したことも無関係ではあるまい。
【周囲を巻き込みながらプレーしていた】トム・ホーバス氏がヘッドコーチ(HC)を務めていた当時の日本代表は、渡邊雄太(千葉ジェッツ)が「ギャンブルのようなバスケット」と表現するほど、3Pを積極的に打っていくスタイルだった。渡邊の言葉に他意はない。当時の日本は、リスクを取りながら戦わなければ世界の強豪と渡り合えない、という意味でそう話していた。
パリ五輪で日本は、のちに銀メダルを獲得したフランスをあと一歩まで追い詰めた。ただ一方で、全敗に終わるという厳しい現実も突きつけられた。当時の日本は、相手を問わず自分たちのスタイルを徹底していたが、それがうまく機能しないと後手に回ってしまう不安定さも否めなかった。そのなかで、代表チームで抜きん出た存在である河村は、個の力量を前面に出したプレーを見せていた。
韓国との強化試合の際、河村は満員の観衆の前でこう言った。
「僕たちの目標は、単にアジアで勝つことではありません。世界で勝つことが目標です」
サイズや身体能力で秀でているわけではない日本が世界で勝つには、やはりチームとして戦わねば、勝利の可能性は高まらない。ホーバス体制下で学んだ「まずは自らの得点を狙う」という意識に変化はないだろう。だが、周りを巻き込んでチームとしての力を大きくしなければ、世界と渡り合うことは叶わない。河村は、そんな思いを抱いているのではないだろうか。
カタール戦で日本は猛攻を見せ、123得点を記録。カタールを70得点に抑え、ロスター全員が得点を挙げた。
先に河村のシュートが入らなかったと書いたが、そもそも試投数自体が少なかった。フィールドゴールの試投数は、サウジアラビア戦では8本、カタール戦ではわずか4本。相手から厳しくマークされていた面もあったにせよ、司令塔の河村が周囲を巻き込みながらプレーしていた証左だと言える。
「今回、シュートアテンプト(試投数)は4本でしたけど、それでも100点ゲームをしっかりできた。一人ひとりがしっかりと点を取ったり、役割を担ったりして、結果が出た試合だったと思うので、これからも続けていきたいです」
カタール戦後、河村がこう話したことからも、それは伝わってくる。
【コート上での存在感は計り知れない】シュート機会そのものが少なく、得点も伸びなかった。それでも河村は、アシストやディフェンスなどで、コート上で効果的な働きを続けた。その選手の出場時におけるチームの得失点差を示す「プラス・マイナス」のデータで、河村はサウジアラビア戦で「プラス22」、カタール戦で「プラス37」と、いずれもチーム上位の数字を残した。
河村のプレーの質に対する周囲の信頼も厚い。チームメイトたちは、彼が得点以外の面でもチームに大きな影響を与える選手であることを強調する。
「彼は本当に、当たりだしたら止まらないですし、特にクラッチタイム(勝負どころ)とか接戦になればなるほど強くなっていくので、全然心配はしていないです。彼がコートにいる時の存在感には計り知れないものがあるので、すごいと思います」
Window4の2試合で3Pが決まらなかった河村について、長年の盟友である富永啓生(レバンガ北海道)はこう語った。
パリ五輪やその他の世界大会で、河村とともに日本代表のポイントガード陣を形成してきた富樫勇樹(千葉ジェッツ)も、7月のNBAサマーリーグ以降、河村がシュートのリズムをつかめていないことは認めつつ、「一度、スイッチが入れば大丈夫。誰も心配していないです。シュート以外での貢献度もかなりある選手」と話している。
今年7月、河村は昨年に引き続き、NBAの若手登竜門「サマーリーグ」にインディアナ・ペイサーズの一員として参戦した。しかし、3P成功率がわずか7.7%に終わるなど不完全燃焼の内容で、苦い後味を残しながら開催地のラスベガスをあとにした。
サマーリーグ終了後、河村は「人生で一番きつい夏にする」と、覚悟の言葉を報道陣に語ったという。
桶谷大ヘッドコーチは、今夏の代表活動が始まる前、河村が「自分が戻ってきたら引っ張りますね」と言ってくれた、と明かしている。「きつい夏」に日本代表での活動が含まれていたことは明らかだった。
【この夏にどういう手応えを得たのか】カタール戦が行なわれたのは8月最後の日だったが、河村にとっての「夏」はまだ終わっていない。河村のことだから、今回の日本代表活動からも多くの学びや刺激を得たはずだ。そしてここからは、再びNBAの本契約を目指す戦いに戻る。
ここまでの「夏」に、どういう手応えを得たのか──。そう問われた河村は、その場にいた多くの取材者の誰もが聞き漏らすはずのない大きな声で、こう話した。
「サマーリーグを終えてから日本に帰ってきて、自分のなかで必要なことを常にやり続けながら、練習に取り組んできました。まだまだ夏は続きますし、(NBAの)プレシーズンまでまだ時間はあるので、今やってきていることをしっかりとやり続けながら、いつか必ず結果が出ると信じて、やっていけたらいいなと思っています」
永塚和志●取材・文 text by Kaz Nagatsuka
