「中は血の海」「夫は斧でズタズタ、妻は…」山口県の田舎村で見つかった夫婦の遺体…22歳男が罪を認めたのに《事件が解決しなかった》衝撃の理由(昭和26年の事件)
1951年、山口県で斧で滅多打ちにされた夫と首を吊らされた妻の凄惨な遺体が見つかった。逮捕された男が罪を認めたにもかかわらず、なぜ事件は解決しなかったのか……。
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日本犯罪史上でも異例の展開を見せた同事件の発端を、鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』より一部を抜粋・再編集してお届けする。(全2回の1回目)

写真はイメージ ©getty
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現場で見つかった夫婦の遺体
1951年1月25日朝、当時人口が4千800人程度だった山口県熊毛郡麻郷村(現・田布施町)八海で瓦製造業を営む早川惣兵衛さん(当時64歳)と妻ヒサさん(同64歳)が自宅で遺体となっているのを、訪ねてきた近所の住民が発見した。惣兵衛さんは現場に残されていた斧で滅多打ちにされており、辺りは血の海。
ヒサさんはなんと鴨居から首を吊った状態で見つかった。死亡推定時刻は前日24日の22~24時。一見、妻が夫を刺殺後、首吊り自殺を図ったかのように思えたが、現場の床が1枚だけ剥がされているのが判明。床下に這ったような足跡が残っており、さらにタンスから1万6千円余(現在の貨幣価値で約64万円)が奪われていたことから警察は夫婦間のトラブルを装った強盗殺人事件と断定。
2日後の26日、夫婦宅にあった焼酎の瓶から検出された指紋から、窃盗の前歴がある土木作業員の吉岡晃(同22歳)を逮捕する。
取り調べに吉岡は犯行を全面的に認め、次のとおり供述した。
男が語った犯行理由
事件の起きる10日ほど前、遊び仲間である阿藤周平(同24歳)、稲田実(同23歳)、久永隆一(同23歳)、松崎孝義の5人で酒を飲んでいた。そのうち酔いも手伝い、若い女性の家に遊びに行こうという話になり、5人で出かける。
その途中、道端に置かれていた荷車をひっくり返し、積んであった荷物を道に巻き散らかしてしまった。単なる酒の勢いによるいたずらだったが、事情を知った荷車の持ち主は怒り心頭。いくら詫びを入れても許してくれない。そこで、荷物をひっくり返したときに一緒にいた阿藤に800円を借り酒を購入。荷車の持ち主に振る舞い、なんとか謝罪を受け入れてもらう。
無事に解決できたものの、阿藤に借りた800円を返す当てはなく、返済の催促にも有耶無耶に答えることしかできない。そもそも自分の巻いた種。なのに、どうにもイライラが募る。そして事件当日の24日夜、居酒屋でやけ酒を煽っていたところ、一つの噂を思い出した。どうやら村に住む早川さん夫婦にハワイ在住の親戚から大金が贈られたらしい。どうにか、その金を盗めないものか。
あらぬ企みを実行に移すべく、焼酎を手に早川宅へ向かったのが夜の10時ごろ。夫婦が寝入ったころを見計らい、近くにあったバールで窓をこじ開け中に侵入する。が、これから自分が取ろうとする行動を考えると手の震えが止まらない。
そこで持参した焼酎を一気飲みし決意を固め、部屋の物色を開始。と、ほどなく物音に気づき起きてきた惣兵衛さんと鉢合わせになってしまい、台所にあった斧で彼を滅多打ちにして殺害。騒ぎを聞いたヒサさんは「強盗じゃー!」と叫び布団の中に隠れる。もはや生かしておくわけにはいかない。
容赦なくヒサさんに馬乗りになり布団で窒息死させる。その後、内部犯行を偽装する工作を施してから、金を奪い、家の内側から鍵をかけ床下から這って逃走。焼酎の空き瓶を台所に置き忘れたことを思い出したが、現場に戻る勇気は出ず、そのままにした──。
犯人は素直に「自白」したが…
吉岡は素直に犯行を自供した。彼の家から押収された着衣には惣兵衛さんと同じB型の血液も付着しており、吉岡が犯人であることに疑いの余地はなかった。しかし、警察は納得しない。現場の状況から単独犯とは考えにくい。刑事の勘というより単なる思い込みだが、警察は吉岡に共犯者の名前を明かすよう迫る。
思いもよらぬ展開に、吉岡は何度も単独犯であると主張した。が、警察は頑として聞き入れず、「白状しなければ体に聞いてやる」と殴る蹴るの暴行を働く。精神的にも肉体的にも疲弊していくなか彼は考える。このままなら死刑になるのは間違いない。が、首謀者は他にいて自分は犯行を手伝っただけと言えば罪が軽くなるのではないか。こうして吉岡は金を貸してくれた阿藤が主犯で、前出の他3人が共犯であると嘘の告白を行った。逮捕から2日後の28日のことだ。
〈「ウソの自白で友人が無期懲役」「その後、許しを得られたが…」夫婦殺害だけじゃなかった…第2の犯行に手を染めた「22歳男のその後」(昭和26年の事件)〉へ続く
(鉄人ノンフィクション編集部/Webオリジナル(外部転載))
