※写真はイメージです/PIXTA

写真拡大

「孫は可愛いけれど、世話が負担…」。子世帯の近くに住む「近居」は安心な反面、日常的なサポートがシニア世代の生活を縛り、負担を抱え込むケースは少なくありません。ある72歳男性の事例から、親子の適度な距離感と、老後の住まい選びについて考えます。

近いから」が当たり前になっていた

「じぃじ、またね!」

玄関先で手を振る孫に、工藤隆さん(72歳・仮名)は笑顔で手を振り返します。

娘の真由美さん(43歳・仮名)一家が暮らすマンションは、隆さんの自宅から徒歩7分。近所のスーパーへ行くのと変わらない距離です。

国立社会保障・人口問題研究所『第7回全国家庭動向調査(2022年)』によると、同居していない有配偶女性のうち、別居する母親との居住距離が「15分未満」である割合は21.7%。また、夫婦から見て「近い方の母親」との距離が「30分未満」である割合は、子育て期にあたる30代で61.3%、40代でも59.9%と過半数を占めています。

孫がまだ保育園に通っていたころは、真由美さん夫婦が仕事で遅くなる日に預かることもありました。夕方に保育園へ迎えに行き、夕食を食べさせ、娘が仕事を終えるまで待つ。翌朝になれば、またいつもの生活に戻ります。

小学校に上がってからも、それは変わりませんでした。習い事の送迎を頼まれることもあります。急な残業で「今日、お願いできる?」と連絡が来ることもありました。

そのたびに隆さんは、「いいよ」と答えてきました。娘夫婦も、決して感謝を忘れていたわけではありません。「いつも助かってる。ありがとう」と言われるたび、隆さんも「家族なんだから」と笑っていました。

年金は月18万円。住宅ローンはありません。預貯金含む金融資産は2,000万円。経済的な不安もありません。

妻が亡くなった後は、一人暮らしになりました。大きな喪失感--それでも、娘夫婦の家が近いことで助かりました。何かあれば娘が来てくれる。娘も、何かあれば父親を頼れる。この距離が、家族にとってちょうどいいと思っていたのです。

ところが、72歳になったころから、娘夫婦と近居であることが負担に感じることが増えていきました。

ある日、友人から旅行に誘われました。長年の付き合いがある友人4人で、3泊4日の温泉旅行に行こう--隆さんも行きたいと思いました。しかし日程を確認すると、ちょうど孫の学校が休みになる時期でした。娘夫婦から何か言われたわけではありません。

一度、「子どもたちが休みの間、お父さんの予定は?」と聞かれました。特に決まっていないことを伝えると、「また予定分かったら教えて」と返ってきました。

「旅行なんて行かないで」と言われたわけでもない。それでも隆さんは、旅行を断りました。「孫のことを考えたら、仕方ない」と自分に言い聞かせました。

しかし、その夜、ふと思ったのです。

「俺は、いつまでこういう生活をするんだろう」

物理的に離れることを決意

その夜から、今の家に住み続けることが、本当に自分にとって一番いいのか。そう考えるようになりました。

現在の自宅は30代前半で建てた思い出のつまった家です。しかし、2階の子ども部屋は、娘が独立してからほとんど使っていません。庭の手入れにも月数千円かかります。そろそろ、建て替えも視野に入ります。何よりも一人になった今、家は少し広すぎました。

そして、娘一家との距離が近すぎることが、隆さん自身の生活を縛っているように感じられるようになりました。

そこで考えたのが、住み替えです。候補にしたのは、娘一家から電車で30分ほど離れた街。新婚当時住んでいたところで、少しは土地勘がありました。その街で、駅近の中古マンションをみつけました。価格は約2,400万円。預貯金と売却益を考えたら、無理のない価格だと考えました。

もうひとつの候補が、その街にあるサ高住。利用料は月15万円。別途料金になりますが、介護が必要になったときも安心、という謳い文句が気になったといいます。

住み替えを決める前、隆さんは相談しようと考えました。しかしなかなか言い出せなかったといいます。

「なんで勝手に決めちゃうの?」

「孫の面倒を見てもらえなくなるの?」

そんな反応を想像すると、口が重くなりました。そこでまずはLINEでメッセージを送ることにしました。引越しに向けていろいろと動いていること、妻(真由美さんの母)が亡くなったときに元気づけてくれたことへのお礼、孫との楽しい日々--。

「つらつらと書いていったら、まとまりのない長文になってしまって……娘も読むのが大変だったでしょうね」

LINEでメッセージを送った夜、真由美さんから電話がかかってきました。

「ちょっと寂しくなるけれど、今より静かに暮らせるようになるね。本当に今までありがとう」

真由美さんと話をして、必要以上に負担を感じてしまっていたことに気付いたといいます。

「言えばよかっただけなんです。『今度、温泉旅行に行く』などと。娘夫婦の予定を優先させていたのは、私の勝手なのに--お恥ずかしい」

その後、隆さんはサ高住への入居と自宅の売却が決まったそうです。

国立社会保障・人口問題研究所『第16回出生動向基本調査』では、第1子が3歳になるまでに祖母から育児援助を受けた割合が57.8%に上り、祖父からの援助も3割程度と、祖父母が育児の重要な担い手となっている実態が分かります。

しかし、良好な関係でも、日常的なサポートがシニア親の私生活を縛り、負担となることは少なくありません。工藤さんのように、家族を大切に思うからこそ物理的な距離を置き、サ高住への入居といった自立した生活を選ぶことは前向きな決断といえるでしょう。お互いの生活を尊重した「適度な距離感」が、良好な親子関係を守るためには必要といえそうです。