調子に乗りすぎました…「個別株投資」の利益で老後安泰から一転、〈退職金2,000万円〉62歳男性を地獄へ突き落とした“ナンピン買い”【1級FPが警告】
購入した株が値下がりした際、あえて買い増して平均購入単価を下げる「ナンピン(難平)買い」。一見合理的に思える手法ですが、多くのベテラン投資家はこれを「悪手」と考えています。本記事では、退職金2,000万円を元手に株式投資を本格的に始めた結果、ナンピン買いによって資金のほとんどを失った62歳男性の事例をもとに、1級FPの桐山昌也氏が身近に潜む株式投資のリスクについて解説します。
「自分には経済が読める」〈退職金2,000万円〉で個別株投資を始めた62歳元部長
「老後資金を増やしたかったのですが、調子に乗りすぎました……」
都内のメーカー企業で部長を務めていたトシゾウさん(仮名・62歳)は、60歳で定年退職し、約2,000万円の退職金を受け取りました。
現役時代からお小遣い程度の金額で株式投資を行っており、「自分には経済の動きが読める」という自負がありました。トシゾウさんは退職後、退職金を証券口座に入れ、本格的に個別株のトレードを始めました。
最初は好調でした。市場全体が上昇基調だったこともあり、月に数十万円の利益が出ることもしばしば。「このままいけば、老後資金の心配はまったくない」とトシゾウさんは、余裕の笑みをこぼしていました。
しかし調子が狂い始めたのは、ある話題の新興外食チェーン(Y社)の株式を購入したときです。
「絶好のチャンスじゃないか」急落した株を買い増す“ナンピン買い”
Y社は「特定の看板メニューを徹底した効率化で格安提供する」というビジネスモデルで人気を博し、メディアにも大きく取り上げられ、急速な全国展開を行っていました。
トシゾウさん自身も店舗の大行列を目の当たりにしており、「このビジネスモデルは絶対にまだまだ成長する」と確信。
右肩上がりのY社株を1株3,000円で、2,000株(約600万円)購入しました。
ところが購入後間もなく、急速な出店スピードに人材育成や管理が追いつかず、店舗のオペレーションの不具合やサービス低下が指摘され始め、さらに類似ビジネスの競合も増えて、既存店の客数減少が明らかになると、成長期待が剥落して株価は突如急落。
2,500円まで下がってしまいます。この時点で含み損は100万円。普通の投資家であれば、ここで「損切り」を検討しますが、トシゾウさんはこう考えます。
「あんなに美味しくて行列ができている人気店なんだ。今は出店を急ぎ過ぎたことによる一時的な調整局面にすぎない。むしろ安く買える絶好のチャンスじゃないか」
そして、2,500円でさらに2,000株(約500万円)を買い増しました。これがいわゆる「ナンピン買い」です。これにより、平均取得単価は2,750円に下がりました。
「これで株価が2,750円に戻るだけでチャラになる。3,000円に戻れば大儲けだ」
しかし、市場はトシゾウさんの期待を打ち砕きます。
予期せぬ「追証」の通知、そして避けられなかった強制決済
Y社のドミナント出店(集中出店)戦略が裏目に出て、近隣店舗同士で客を奪い合う「自社競合」が深刻化しました。不採算店舗の大量閉鎖と赤字転落が決算で発表されたことで、株価はさらに暴落して一気に2,000円を割り込みました。
含み損は数百万円に膨らみ、トシゾウさんの脳裏を支配したのは、「何とかして平均購入単価を下げて、少し戻ったタイミングで、早く逃げ出したい」という強迫観念です。
そして手持ちの株を担保に、さらに株を買う「信用取引」に手を出してしまいます。
「ここまで下がれば、悪材料は出尽くした。明日は必ず反発するはずだ……!」と、祈るような気持ちで1,800円で5,000株を信用取引でナンピン買いしました。
しかし数日後、Y社の急拡大を支えていた無理な資金繰りが限界に達したとの報道が流れ、事業継続への疑義からストップ安が続き、株価は1,000円を割り込みました。
結果として、トシゾウさんの保有株は最も株価が下がった「大底」の局面(800円)で、証券会社によって強制的に決済(売却)されてしまったのです。
現物取引の損失、信用取引の確定損、手数料等を合わせると、口座に残った資金はわずか数百万円。わずか数ヵ月で、退職金のほとんどが溶けてしまいました。
【1級FPが警告】市場退場者が続出…投資家を苦しめる「ナンピン買い」
トシゾウさんの事例は、決して特殊なケースではありません。「ナンピン買い」によって、市場からの退場を余儀なくされる個人投資家はあとを絶たないのです。
では、一体なぜナンピン買いは、それほどまでに危険なのでしょうか。
1.損失を確定させたくない「プロスペクト理論」の心理
人間には、利益を得る喜びよりも、損失を被る苦痛を何倍も大きく感じる心理傾向(プロスペクト理論)があります。
株価が下がったとき、損切りをして損失を「確定」させることは苦痛です。そのため、「平均単価を下げれば、少しの反発でプラマイゼロになる」という希望にすがり、ナンピン買いに走ってしまうのです。しかし、これは「自分のシナリオが外れた」という事実から目を背け、問題の先送りをしているに過ぎません。
2.長期投資における「塩漬け」のデメリット
もしトシゾウさんが現物取引だけでナンピンを止めていたとしても、厳しい状況は続いていました。下がった株を保有し続けることを「塩漬け」と呼びますが、これは投資において効率の悪い状態です。
多額の資金が長期間拘束されるため、他に有望な投資先があっても、投資するチャンスを逃してしまいます。「いつか戻るだろう」と信じて何年も待ち続けた結果、企業が上場廃止や、価値がゼロになるリスクすらあります。
3.信用取引でのナンピン買いがもたらす致命的なリスク
トシゾウさんの状況を決定的に悪化させたのは、信用取引を利用したナンピン買いでした。信用取引は自己資金以上の金額が動かせる(レバレッジをかけられる)ため、利益も大きい反面、損失の拡大スピードも速くなります。
予想外の下落が続くと、担保が不足して「追証」が発生します。追証が払えないと、証券会社は投資家の意思に関係なく強制決済を行います。相場が反発するのは、往々にしてこうした個人の信用買いが強制的に整理しつくされた「あと」なのです。
投資の鉄則は「市場に生き残り続け、利益を得続けること」
プロの投資家と一般の投資家の大きな違いは、「致命傷を負わないよう」リスク管理が徹底されていることです。「買値から○%下がったら、あるいは前提としていたシナリオが崩れたら、機械的に売る」といった損切りの鉄則を守っています。
ナンピン買いは、落ちるナイフを素手でつかみに行くような危険な行為です。投資で最も大切なのは、一獲千金を狙うことではなく、致命傷を避けて「市場に生き残り続け、利益を得続けること」です。
決して根拠のない期待や企業への愛着でルールを曲げず、損失を限定する冷静な判断力を持つことが不可欠なのです。
桐山 昌也
株式会社ライトオブライフ
代表/1級ファイナンシャル・プランニング技能士
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