【野口 悠紀雄】なぜ千葉で観測史上初の浸水が起きたのか?「川があふれていないのに街が沈む」内水氾濫の構造と、私たちが迫られる覚悟

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豪雨の激甚化によって、従来の下水道の排水能力を超える雨が降るケースが増えている。それによって、道路、住宅、地下鉄、地下街に新しいリスクが生じている。

しかし、下水道を無制限に大型化することは、財政面でも物理面でも困難だ。日本の都市防災は、「浸水を完全に防ぐ」という考え方だけでは対応できなくなってきた。

「浸水する場合があることを前提とし、人的・経済的被害をできるだけ小さくする」という方向へ転換する必要があるのではないか?

集中豪雨による内水氾濫

8月13日から14日にかけて、千葉県で線状降水帯が発生し、記録的な集中豪雨となった。

千葉市では24時間降水量が360ミリを超えて観測史上1位を更新した。八千代市付近では1時間約120ミリ、船橋市付近などでも100ミリを超える猛烈な雨が観測された。

国土交通省の資料によると、従来の都市の雨水対策では、おおむね5〜10年に1回程度の雨を対象とした計画が標準的であり、1時間50ミリ程度の雨が一つの典型的な整備水準になってきた。ところが、1時間50ミリ以上の激しい雨の発生回数が増えており、1時間100ミリを超える集中豪雨も発生している。

2025年9月11日に目黒区や品川区(戸越銀座や自由が丘など)で発生した大規模な冠水は、短時間の猛烈な豪雨による雨水の排水が追いつかず、道路や住宅、店舗などが浸水した都市型水害だった。ただし、この時には死者は出なかった(これについては、2025年9月26日の本欄で論じた)。

排水能力を超える量の雨が短時間に降ると、道路や宅地に降った水を下水道や水路で排出し切れなくなる。マンホールや側溝から水があふれ、低い道路や住宅地、地下空間に水が集まる。これが「内水氾濫」と呼ばれる現象だ。

これは、従来の水防対策で主たる対象とされてきた「外水氾濫」と性質が異なる。外水氾濫は、大雨によって河川の水位が上昇し、堤防から水があふれたり、堤防が決壊したりして市街地が浸水する現象だ。これに対して内水氾濫は、河川が決壊しなくても起こる。 両者が重なる場合もある。河川の水位が高くなると、市街地の雨水を河川へ排出しにくくなる。ポンプなどで排水しようとしても限界が生じる。今回の千葉県の豪雨でも、こうした排水困難による浸水への警戒が必要な状況になった。

どこまで対応できるか

今後、従来の想定を上回る豪雨への備えは一層重要になる。

気象庁は、地球温暖化の影響で極端な大雨が40年前の2倍に増え、この傾向が今後も続くとしている。国土交通省は、気候変動によって降雨量が現在の計画の前提より増えることを見込み、地域に応じて降雨量をおおむね1.1〜1.15倍として治水計画に反映する考え方を示している。

ここで注意すべきなのは、「全国どこでも時間100ミリ、120ミリの雨が必ず増える」と単純に予測できるわけではないことだ。しかし、今回の千葉県で実際に100〜120ミリ級の時間雨量が生じたように、従来の下水道能力を大幅に超える豪雨を都市計画上無視することはできなくなった。

では、下水道の能力を時間100ミリ、120ミリ対応に引き上げればよいのだろうか?

理論上は、雨水管を太くし、ポンプ施設を増強し、巨大な地下貯留施設を造れば排水能力は高まる。住民としては、是非そうしてほしい。

しかし、現実は厳しい。とくに、東京や大阪などの大都市では、すでに建物、地下鉄、道路、上下水道、電気・通信設備が密集している。ここに新たに大規模施設を建設することは、容易ではない。巨額の建設費がかかるし、用地取得や既存インフラとの調整という問題もある。

しかも、1時間100ミリに対応する設備を造っても、110ミリ、120ミリ、さらにそれを上回る雨が絶対に降らないという保証はない。どの規模の災害まで公費によって完全に防御するのかという問題には、どうしても限界が生じる。

地下空間の危険

とりわけ難しいのが地下空間だ。東京都は、気候変動や近年の豪雨を踏まえ、2025年に「東京都地下空間浸水対策ガイドライン」を改定した。対象は地下街や地下鉄駅だけでなく、地下室、地下駐車場を持つ中小ビルや個人住宅にも及んでいる。

対策としてまず重要なのは、水を地下へ入れないことだ。地下街や地下鉄の入口、地下駐車場の出入口などに止水板や土のうを設置する。入口に段差を設けたり、防水扉を設けたりする。

しかし、水が入ることを完全には防げない。このため、浸水が始まる前に地上へ避難するための計画、館内放送やサイレンなどによる警告、利用者を安全な場所へ誘導する体制が必要になる。東京都はAIなどを利用して、災害時に最適な避難経路を選定するシステムの検討も進めている。

もう一つ重要なのは電気設備だ。マンションなどでは、受変電設備や非常用電源が地下に設けられている場合がある。そこが浸水すると、建物自体が倒壊しなくても、全館停電となり、エレベーター、給水、通信などが長期間使えなくなる可能性がある。今回の千葉豪雨でも、この事故が発生した。東京都もこの問題を浸水対策上の課題として認識している。

下水道だけで防ぐことは不可能

すべての豪雨を下水道だけで防ぐことは不可能だ。日本の都市防災は、「浸水させない」という発想から、「浸水が起こることを前提として、被害を最小化する」という発想へ転換せざるをえない。

第一に、雨水を下水道に一度に流さない工夫が必要だ。公園、学校、道路、住宅などに雨水を一時的にためる施設を設ける。緑地や透水性舗装を増やし、地中に雨水を浸透させる。都市全体を巨大な排水装置として考えるのではなく、雨水を各所に分散して受け止めるなどの方策が必要とされる。

第二に、建物側の対策が必要だ。地下室や地下駐車場への止水板設置、電気設備の上階への移設、建物入口のかさ上げなどが必要とされる。

第三に、道路管理も変える必要がある。冠水しやすいアンダーパスや低地では、一定以上の水位になれば早期に通行止めにする仕組みが必要だ。自動車は一定以上の水深に入ると動けなくなり、ドアが開かなくなる危険がある。道路の冠水を、単なる交通障害ではなく、生命にかかわる災害として扱わなければならない。

火災保険料や住宅価格にも影響する

問題は公共事業だけでは終わらない。水災リスクが高まれば、損害保険会社が支払う保険金も増える。

さらに長期的には住宅価格にも影響する可能性がある。同じ都市の中でも、浸水しにくい高台と、内水氾濫が起こりやすい低地とでは、住宅の安全性に差が生じる。水害リスクが保険料や住宅価格により明確に反映されるようになれば、都市の地価構造そのものが変わる可能性もある。

豪雨対策とは、単に下水管を太くする問題ではない。どこまでを公共事業で守り、どこからを建物所有者や住民自身の対策に委ねるのか。そして、完全には排除できないリスクを保険によってどこまで社会全体で分担するのか、という問題だ。

今回の千葉豪雨が突き付けたのは、まさにこの問題だ。気候が変われば、これまで安全と考えられていた都市インフラの前提も変えざるを得ない。日本の都市を、「豪雨が起きても人命を失わず、被害から速やかに回復できる都市」へと造り替えていく必要がある。

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