韓国の光州ビエンナーレ 「台湾パビリオン」名称、一転して認める
文化部のこれまでの報道資料によると、国立台湾美術館が今年初頭、台湾パビリオンの企画を財団に提出。4月に契約が結ばれた後、双方は「台湾パビリオン」として連絡を続けていたものの、6月に財団が突如、同美術館の略称「NTMOFA」に変更した。8月に公開された、パビリオン名を並べたポスターにもNTMOFAと表記された。
一方、財団や展示会場の国立アジア文化殿堂はさまざまな理由を挙げ、台湾側関係者が会場入りして展示準備を行うことを拒んでいた。
文化部の26日の発表によれば、財団は25日、台湾の展示が「台湾パビリオン」を名乗れる他、広報資料にも「Taiwan Pavilion」と表記すると発表した。国立アジア文化殿堂からも26日、台湾側に対して翌日から展示準備を行えるとの連絡があったという。
同部は、台湾のキュレーターや芸術家による粘り強い姿勢に対し、感謝を表明した。
▽李文化相「光州精神は死んでいなかった」
光州では1980年、民主化を求めた市民らに軍が発砲するなどして多数が犠牲となった「光州事件」が発生。ビエンナーレはこの事件を歴史的な礎にしているとされている。
李遠(りえん)文化部長(文化相)はフェイスブックに「光州精神は死んでいなかった」とつづった。韓国人には命をかけて民主主義や自由、人権を勝ち取った歴史があるとし「これこそ私たちが(交渉を)諦めなかった理由だ」と語った。
(趙静瑜/編集:田中宏樹)

