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「塩の平原」をめぐる物語

ボンネビル・ソルトフラッツという名称は、探検家ベンジャミン・ボンネビルにちなんで名付けられた。しかし、米国ユタ州のこの静かな平原に集い、極限の車両を可能な限り高速で走らせることに魅了された人々は、ここを「ザ・ソルト」と呼び親しんでいる。

【画像】往復で平均653km/h超を達成! 世界最速の水素自動車【JCBハイドロマックスを詳しく見る】 全17枚

定冠詞の「ザ(the)」が使われているのは、単に湖が干上がっただけの跡地ではないからだ。ザ・ソルトは広大で、異世界的な雰囲気すら漂わせる荒涼とした大地だが、同時にさまざまな歴史に彩られている。空気は暑く乾燥し、非常に塩分濃度が高く、長時間過ごすには過酷な環境だ。実はそれこそが、スピード記録に挑戦する人々にとって抗いがたい魅力となっているのだ。


JCBハイドロマックス    JCB

ボンネビルは究極の白紙のキャンバスである。野心と夢さえあれば、ここで自分だけの物語を紡ぐことができる。可能性は無限大だが、その夢が「直線で猛スピードを出すこと」に関わるなら、なおさら良い。そして今から1年半前、英国の建設機械メーカーJCBのバンフォード会長はある物語を思い描いた。

厳密に言えば、これは続編だった。20年前、JCBの『ディーゼルマックス』がボンネビルに登場し、ディーゼル車として最速の約560km/hという陸上速度記録を樹立したのだ。今回、バンフォード会長は自社で開発中の水素燃焼技術を世間にアピールしたいと考えた。

実現可能なら、やるしかない

彼はJCBのエンジニアリング・ディレクターであるライアン・バラード氏と、チーフエンジニアのリー・ハーパー氏を呼び出し、ショベルカー用の水素燃焼エンジンを2基用意し、水素自動車の速度記録とディーゼルマックスの記録の両方を塗り替えるよう指示した。

バラード氏はその会議を終えた時、これはバンフォード会長の現実離れした夢であり、到底実現不可能だと考えていた。しかしその後、ハーパー氏とともに検討を重ねて分析してみたところ、実現可能だと気づいた。「つまり、実際にやってみるしかなかったということです」と彼は言う。


JCBハイドロマックスとアンソニー・バンフォード会長    JCB

それから1年半後、ドライバーのアンディ・グリーン氏が『JCBハイドロマックス』を駆ってソルト・フラッツを平均406.320mph(653.9km/h)で走破した。その直後に、バラード氏は筆者の前に腰を下ろした。その表情は疲れを帯びつつも、安堵と大きな満足感に満ちていた。バンフォード会長の夢を実現することができたのだ。

見た目ほど単純な話ではなく……

陸上速度記録を樹立するために与えられる時間は1時間未満。その中で本当に重要なのはわずか18秒ほどに過ぎない。FIAの規則では、コースを往路と復路で1回ずつ走行しなければならない。1回目の走行開始から、復路のゴール地点を通過するまでの時間は60分以内と定められている。

JCBチームは全長10マイル(16km)のコースを使用し、両端にそれぞれ1マイル(1.6km)のランオフエリアを確保した。肝心なのは計測区間の1マイルで、ハイドロマックスはこの区間を653.9km/h、9秒未満で走り抜けた。


JCBハイドロマックス    JCB

「走行自体は比較的平穏でした」とバラード氏は振り返る。「ですが、一見穏やかに見えても、実際には多くのことが起きていたんです」

このプロジェクト自体、当初から平穏だったわけではない。公式発表は今年5月だったが、バラード氏率いるチームはそれより1年ほど前から集中的に作業を進めていた。

プロジェクトはまさにJCBによる情熱の結晶と言えるだろう。バラード氏、ハーパー氏、そして数多くの従業員が、本業である建設機械の開発と並行して、ハイドロマックスと水素パワートレインの開発に取り組んだ。メンバーの中にはかつてディーゼルマックスの開発に携わった人もおり、同車が基本的なテンプレートとなった。

2基の水素エンジンで800ps

ディーゼルマックスから引き継がれた重要な要素の1つが、ドライバーのグリーン氏だ。彼は1997年、ジェットカー『スラストSSC』で1227.9km/hの陸上速度記録を樹立した人物である。現在64歳のグリーン氏は身体検査を受け、まだハンドルを握れることを示した。一方のJCBは、彼に燃料の安全性を納得させなければならなかった。

グリーン氏は、「最初は『どれくらいの加圧水素が詰まったクルマに、俺を乗せようってんだ?』と聞きましたよ。JCBはその安全性について、完全に納得させてくれました。今では、ガソリン車やディーゼル車よりも水素自動車に乗りたいと思っています」と語った。


JCBハイドロマックスの水素エンジン    JCB

プロジェクトの大半は社内で進められたが、外部の専門企業の協力も得た。

リカルド社は、JCBの量産仕様の4.8L水素燃焼エンジンを、75psから800psへと改造するよう依頼された。同社は特殊なラジエーター、インタークーラー、ターボチャージャーを取り付け、100kgの軽量化を図り、ハイドロマックスの重心を下げるためにエンジンを横向きに配置できるよう改造した。計6基のエンジンが手作業で組み上げられた。

プロドライブ社は鋼管フレームのシャシーとマルチリンクサスペンションを開発し、エクストラック社が6速トランスミッションを提供した。そして、速度記録用タイヤの市場シェアをほぼ独占しているグッドイヤーが、このプロジェクト向けに特注のタイヤセットを開発した。

タイヤと空力性能も重要な焦点

ディーゼルマックスの性能は本質的にタイヤによって制限されていた。バラード氏によれば、新しいグッドイヤー製タイヤは「400mph(640km/h)を超えるまでストレステストが行われており、ほぼ限界に近い状態だった」という。

空力性能にも重点が置かれ、ディーゼルマックスよりも空気抵抗を10%低減するよう設計が練り上げられた。ボンネビル向けの特徴的な機能として、塩分が車体下部に付着して空気抵抗の原因となるのを防ぐため、塩を強制的に排出する特殊形状の飛沫排出チャネルがある。


JCBハイドロマックスのタイヤ    JCB

記録挑戦前にチームに足りなかったのは走行距離だ。ユタ州へ向かう前に英国空軍のウィッテリング基地で1回テストが行われ、そこでグリーン氏が200mph(320km/h)をわずかに超えた程度だった。ハイドロマックスのテストの大部分は、ボンネビル・スピードウィークという公の場で行われることになった。

公の場でテストを繰り返す

スピードウィークはボンネビル・ソルトフラッツの一大イベントであり、何百もの勇敢なチームと何千人もの観客をザ・ソルトに集める。

最寄りの町はウェンドーバーで、ユタ州とネバダ州の州境にある。ホテルのほとんどは州境のネバダ州側にあり、巨大なカジノが併設されている。トラックストップのような雰囲気を備えたラスベガスといったところだ。


JCBハイドロマックス    JCB

速度記録挑戦車の開発に費やされる労力を考えると、実際に走行する距離の少なさには拍子抜けしてしまう。

グリーン氏は、「到着した時点で、わたし達が走った距離はル・マン7周分に相当していました。テスト走行を7周しかしていないマシンで、あのレースに臨むことを想像してみてください」と話す。

ザ・ソルトの難点は、路面が常に変化し続けていることだ。白い地面の多くは固くひび割れた層で覆われ、無数の凹凸がある。そこで、陸上速度記録を管理する南カリフォルニア・タイミング協会(SCTA)のスタッフたちは、大きな金属ブロックを牽引するピックアップトラックの隊列でコースを何度も往復し、平らで滑らかな路面を作り出す。

それでも、場所によって塩の厚さやグリップレベルが変化する。また、気温の変動により、地表付近の水分量にも大きなばらつきが生じる。ザ・ソルトについて学ぶには、実際に走ってみるしかないのだ。

(翻訳者注釈:この記事は「後編」へ続きます。)