天津飯は天津に、広東麺は広東省にない…?中国の地名がついた有名な中華料理の不思議

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北京ダック、天津飯、広東麺…と日本で有名な中華料理があるが、実はその地名がついた土地にその料理はないという。

取材の過程で中国と日本のさまざまな中華料理を食べてきた、東アジアの社会・経済事情に詳しいジャーナリストの中島恵さん。

40年以上中国社会を見てきた中で食の視点から「中国とは何か」をひもとく、著書『中国の回鍋肉にキャベツは使わない』(ウェッジ)から、中国の地名がついている有名な中華料理について、一部抜粋・再編集して紹介する。

天津飯は日本独自の料理?

地名がついている有名な中華料理といえば天津飯がある。中華料理というより、日本の町中華のメニューといったほうが正しいかもしれない。高級な中華料理店に天津飯はほとんどないからだ。

日本でもよく知られるようになったが、天津飯は天津にはなく、日本で独自に開発されたものだ。卵とかにの身(または、かに風味のかまぼこ)などを炒めてご飯にのせ、あんをかけた料理だ。

関東では甘酸っぱいあん、関西では醤油ベースのあんという違いがある。26年の初め頃、チェーン店『ぎょうざの満洲』に行ってみたら、関東風は甘酢あん、関西風は旨味あんと分けられていた。

天津飯の由来については明治時代後半に東京・浅草の「来々軒」で客から「早く食べられるものを」と言われて作ったという説がある。もう一つ、大正時代、大阪にある「大正軒」が天津出身の人たちの食習慣からヒントを得て作ったという説もある。

決め手はないので、どちらが正しいとはいえないが、いずれもご飯に卵料理(かに玉)をのせるという点は同じだ。かに玉は中国語で芙蓉蟹(フーロンハイ)といい、広東料理のメニューによくある。天津飯はそれをただご飯にのせただけ、ともいえるが、中国ではあまりポピュラーな料理にはならず、日本で定着した。

天津甘栗は天津の栗ではない?

なぜ天津という名前がついたのかは不明だが、天津といえば天津甘栗も日本では超有名だ。20年くらい前のある日、私は東京・新宿にある小田急百貨店(当時)の地下の総菜フロアをうろうろしていた。行くといつも天津甘栗のいい香りがした。

試食させてもらったとき、店員に「これは天津から来た栗ですか?」と尋ねてみたところ、「いいえ」と言って、気さくに教えてくれた。

中国でも栗は採れるが、天津ではなく河北省の燕山山脈が主な産地だという。そこでは良質の栗が採れるので一部は天津の港から日本に出荷された。そのため、いつの頃からか「天津甘栗」と名付けられたそうだ。中国栗は日本栗より小ぶりで、甘栗にして食べるのが適しているという。

天津は中国の直轄市で人口約1400万人という大都市。中国では全国的に有名な肉まんの老舗「狗不理包子(ゴウブリバオズ)」、名門の南開大学、経済技術開発区などが知られている。

北京から高速鉄道で一時間以内というアクセスのよさも魅力だ。とくに中国に詳しくない日本人にとってみると、天津といえば天津飯と天津甘栗の知名度が抜群に高い。

天津出身の中国人が買ったお土産

天津といえば、個人的には、かつての取材相手の生まれ故郷という印象が強い。王さんという男性で、2009年頃に日本人の友人の紹介で知り合った。

初対面のとき、王さんは私にこう言った。

「私は天津出身です。これは故郷のお土産、天津甘栗です」

渡された天津甘栗は大きな袋で、中国語の説明書きがあった。都内の物産店で買ってきてくれたそれを見て、天津の空港で売られているものと同じだと思い出した。

おもしろい現象だが、日本人の間で「天津といえば甘栗」というイメージが強いため、逆に天津でも(以前はなかったのに)日本人向けのお土産として甘栗を販売するようになったのだ。ほかに、天津甘栗チョコレートもあり、こちらもけっこう人気がある。

日本人が空港で「中国ならではのお土産を買わなくちゃ」と思うため開発された商品らしい。おそらく王さんは、日本人に「天津出身です」というと「ああ、あの甘栗で有名な……」と言われるため、日本人へのお土産に天津甘栗が最適だと考えて、選んでくれたのだろう。

王さんとは定期的に会い、いつも、日本のAGC(アニメ、ゲーム、コミック)がいかにすばらしいかという話をしてくれた。

2012年9月、日本政府が尖閣諸島の国有化に踏み切った際、中国各地で激しい反日デモが発生し、日中関係は急速に冷え込んだ。

私はぜひ王さんの考えを聞きたいと思い、連絡すると快く応じてくれた。取材のとき、私はいつも中華料理店で、その人と一対一で会うようにしている。

相手を緊張させずに本音を聞き出すためには、食事しながらざっくばらんに話すのがいちばんいいと思っている。録音はしないし、メモさえとらないこともある。

私が王さんに、ある中華料理店で食事するのはどうだろうかと提案すると、その日に限って、王さんはそれをやんわりと却下した。

「すみません。敏感な話をするので、そのお店はやめたほうがいいです。あそこは中国人の知り合いが多い店なので、ばったり会う可能性があるし、誰が聞き耳を立てているかわからないから」

王さんはこういうと、繁華街から少し離れた小さな店を指定。私たちはそこで待ち合わせし、反日デモについてじっくり語りあった。その後、王さんは上海に帰国。私が訪ねていくといつも歓待してくれた。

会うのは当然、中華料理だ。上海のショッピングセンターにある上海料理店、杭州料理店、一度だけイタリア料理店にも行った。

王さんは自身もマスコミ出身だったこともあり、私の仕事をよく理解し、私が納得いくまで説明してくれる人だった。

広東省には存在しない広東麺

中国の地名がついているのに、そこにいくと存在しないものはまだある。それは広東麺だ。

福建炒飯は日本では知名度が低いが、香港と日本の両方にある。天津飯は天津にはないのに日本ではとても有名。では、広東麺はどうだろうかと考えたが、広東麺は広東省にないのに、日本では有名だ。

だが、広東麺の知名度は天津飯ほど高くない。豚肉、野菜、エビ、イカなどの具材を醤油ベースのスープであんかけにした麺料理で、店によっては「五目あんかけ麺」や「五目そば」などという名前になっている。天津飯のように、どこに行っても同じメニュー名ではない。その点で少しインパクトに欠ける。

調べてみても、天津飯や天津甘栗と比べて、広東麺のルーツに関する情報はほとんど出てこない。最初にそのメニューを考案して店で出したという元祖の店も存在しないようだ。

私の勝手な想像では、エビやイカなどの海鮮がのっている麺なので、何となく海の近くというイメージで、「広東」とついたのではないだろうか。福建炒飯の例から言えば、福建麺でもよかったんじゃないの?と思ったりもするが……。

中国にもある地名がついたメニュー

中国でも地名がついたメニューというのは存在する。代表的なものは北京烤鴨(カオヤー)(北京ダック)だ。明朝の永楽帝が、野生のアヒルが多く生息していた南京から都を北京に移したときに、北京ダックの原形である叉焼烤鴨も一緒に伝わり、宮廷料理に採用されたのが最初だと言われる。

元祖が北京なので、現在、中国のどこに行って食べても北京ダックと呼ばれている。

その南京では南京塩水鴨(イエンシュイヤー)が有名だ。日本での知名度はほとんどないといっていいが、南京を代表する料理だ。私は南京発のチェーン店で中国各地にあるレストラン「南京大排档(パイダン)」で食べたことがあり、美味しかった。

しかし、逆に、中国で日本の地名を冠していて、日本には存在しない日本料理はあるかと考えたら、思い浮かばなかった。

中国でも日本料理は流行っており、日本には存在しないメニュー(たとえていえば、「名古屋うどん」「大阪めし」みたいなメニュー)は、もしかしたらあるかもしれないが、私は聞いたことがない。

日本で天津飯、広東麺がこれだけ定着しているのは、横浜中華街ができて以降、さまざまな中華料理が日本に入ってきて、日本人がそれを独自にアレンジし「いかにも中国風」の名前をつけたからなのだろう。そう考えるととてもおもしろい現象だし、もっとルーツを調べてみたくなる。

中島恵
新聞記者を経てフリージャーナリスト。主な著書に『中国人エリートは日本人をこう見る』、『なぜ中国人は財布を持たないのか』、『日本の「中国人」社会』、『いま中国人は中国をこう見る』、『中国人が日本を買う理由』、『日本のなかの中国』(以上、日経プレミアシリーズ)、『中国人富裕層はなぜ「日本の老舗」が好きなのか』(プレジデント社)、『中国人のお金の使い道』(PHP新書)などがある。