消費税減税が「弱者をさらに苦しめる」理由 物価がもっと上がって地方自治体が衰退する
高市総理は消費減税すると公約したわけではない
高市早苗総理の「悲願」だという飲食料品の消費税減税。2027年4月から2年間限定で現行の8%から1%に引き下げるという方針が、8月5日の臨時閣議で決定されました。しかし、財源については「十分に対応できる」というばかりで、どうやって確保するのか、具体策はほとんど示されていません。要するに、お金の目途が立たないまま見切り発車してしまったのです。
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なにしろ年に4.4兆円、2年間で8.8兆円も財源に穴が開いてしまいます。しかも、消費税は社会保障4経費、すなわち年金、医療、介護、そして少子化対策や子育て支援に使うと決められています。そのための財源に穴が開けば、将来に禍根を残しますから、自民党内からも消費減税に反対する意見は噴出し、いまも主張されています。

しかし、石破茂前総理にせよ、河野太郎元デジタル相にせよ、小渕優子元経産相にせよ、減税すべきではないと発言した途端に、ネット上で激しく叩かれています。自民党の鈴木俊一幹事長にいたっては、政府は財源を示すべきだと発言しただけで叩かれました。
いちばん目立ったのは、減税は自民党の公約なのに、それを掲げて当選した自民党の議員が減税に反対するな、反対するなら離党しろ、という批判でした。しかし、高市総理の公約は「飲食料品は、2年間に限り消費税の対象としないことについて、検討を加速する」というもの。だから「検討」の過程で反対するのは、公約違反でもなんでもないはずです。
ほかに減税反対派への批判として目立ったのは、将来を心配するのもいいが直近で苦しんでいる人にも目を向けるべきだ、弱者を切り捨てないでほしい、税収が過去最高を記録しているのに財源がないはずがない、財務省の手先になるな、といった声でした。いま比較的穏やかな言葉で表記しましたが、実際は、もっと激しい言葉で遠慮なく「ぶっ叩かれる」のです。
しかし、財源がないのに安易に減税すべきではない、という声は、弱者の切り捨てどころか、むしろ弱者に配慮した結果ではないでしょうか。そのことには気づいたほうがいいと思います。
物価は減税前よりむしろ上がってしまう可能性
まず、減税をした分だけ物価が下がるとは考えられず、物価はむしろ減税前より上がる可能性もある、ということを考えておく必要があります。
減税によって店頭価格を引き下げる余地は生まれますが、その全額が価格に反映されるとは限りません。原材料費や人件費、システム改修費などが膨らむなか、事業者が減税分の一部を値下げに回さず、コストの吸収や利益の確保に充てる可能性もあります。
また、高市政権が財源の手当てをせずに消費減税を進めていることを、金融市場は厳しい目で見ています。日本には財政健全化の意志がないと見られているのです。先ほど、ネット上の批判に触れましたが、そこには、日本の財政はまったく問題ない、財政健全化という財務省の口車に乗るな、という声も多く見受けられます。しかし、問題ないといっても、財務省を悪玉に仕立てても、金融市場の信認が失われれば円は売られてしまいます。
財源の手当てがない減税は、日本にとっての大きなリスクと受けとられているので、大規模な円売りにつながりかねません。日米両政府が周到に準備して円買いの協調介入をして、それでも円安が再び進む背景には、こうした日本の財政運営への懸念もあるとみられます。そして円安が進むかぎり、食料の約63%をカロリーベースで海外に依存し、エネルギー自給率も15%程度にとどまる日本では、さらなる物価高が避けられません。
物価が減税前より上がる可能性がある、というのは、こうして筋道立てて話ができる、すなわち十分に起きうる話なのです。
財政力の弱い地方ほど打撃を受ける
しかし、物価が下がらない、むしろ上がった、というだけなら、状況が好転しなかったという話で済みますが、減税の場合、それで終わりません。効果がなかっただけでなく、1年で4.4兆円、2年で8.8兆円の税収が失われてしまうことになります。
消費税は先に述べたとおり、社会保障4経費に当てられます。これに関して、とくに地方から悲鳴が上がりつつあるのをご存じでしょうか。現在、社会保障を中心とした行政サービスに支障が生じる恐れがある、という声が各地方から寄せられています。というのは、消費税収の約4割は地方自治体に入る財源だからです。
8月11日付の読売新聞や日本経済新聞には、地方の減収分については国が補填する方向で、政府が検討に入った、という記事が掲載されました。まさに地方自治体から、消費減税で自治体の社会保障財源に穴が開きかねない、という懸念が寄せられ、8月5日には全国知事会や全国市長会が、必要な財源を必ず措置するように国に求める共同声明を出していました。そこで高市政権は、減税を円滑に実施するためにも、地方自治体の懸念を払拭しよう、と考えたようです。
実際、飲食料品の消費税率が1%になれば、地方には大打撃です。国が徴収して地方に配る地方消費税の約1兆円と、消費税収から国が自治体に配分する地方交付税交付金約7000億円を合わせ、年間で約1.6兆円の減収になる見通しだそうです。
だから、「国が補填する」という方向は、地方には望ましいでしょう。でも、そもそも消費減税の財源に、いまなお当てがないのですから、国が補填できる保証などどこにもありません。地方消費税や地方交付税交付金には、地域間の格差を埋めるセイフティネットとしての役割もあります。人口減や産業の衰退で税収が確保できない地域でも、一定の財源を得て行政サービスを続けられるのは、消費税のおかげだといっても過言ではありません。だから、減税の財源が確保できなければ、税収減にあえぐ自治体などは、破綻してもおかしくない状況なのです。
消費減税は国民のための施策なのか
高市総理は6月30日、官邸で「第2回地域未来戦略本部」を開催し、次のように述べました。「高市内閣では、47都道府県どこに住んでいても、安全に生活することができ、必要な医療や福祉、そして質の高い教育を受けることができ、働く場所がある、そういう社会の実現を、目指しております」。
しかし、財源の当てなく消費減税を推し進めれば、まさにご自身がこのように述べたのとは正反対の社会に暮らすことを、国民に強いることにもなりかねません。さらなる物価高を招きかねない消費減税のために、地方が衰退し、行政サービスの質が低下するのだとしたら、日本はなんと馬鹿げた方向に向かおうとしているか、と思わざるをえません。
そもそもは野党に責任があります。先の総選挙で、ほとんどの野党が有権者に媚びるように減税を公約に掲げ、それを見た高市総理が選挙の争点をつぶすために、「悲願」という言葉とともに、2年間限定の飲食料品の消費減税を掲げたのです。
とはいえ、前述のように「検討を加速する」ことを公約したにすぎないのに、ちょうど内閣支持率が下がっていた折、支持率アップをねらって減税を断行しようとしている――。こうして文章にすると、じつにくだらない経緯で、国家の根幹にかかわる決定がなされているかがわかります。消費減税は国民のための施策なのか。こうしてシミュレーションをしてもらえば、おのずと答えは見えてくると思うのです。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
