【夏の甲子園2026】「勝負をかけなきゃいけない時に...」動けなかった健大高崎、動いた智辯和歌山、明暗を分けた8回裏の攻防
「その質問は控えさせてください」
決勝点となった8回裏の暴投について尋ねると、健大高崎(群馬)の捕手・大岩翔斗から、少し怒気を含んだ言葉が返ってきた。それほど悔しかったのだろう。あるいは、仲間を守ろうとしたのかもしれない。
一方、投手の石田翔大は正直に話してくれた。
スクイズで同点に追いつかれ、なおも一死一、三塁。8番・山下晃平に対し、カウント1−2から投じたのはスライダーだった。山下は空振りして三振。しかし、大岩は捕球できず、三塁走者が生還した。
「サインミスです。ストレートのサインだったんですけど、スライダーを投げた。ピンチの場面で心を落ち着かせることができなかった。100パーセント自分のせいです」
そうなってしまった理由を尋ねると、石田翔はポツリと言った。
「明確な理由はわかんないですけど......。甲子園の魔物というか、そういうのもあって、そういうミスをしてしまった」

健大高崎を4対3で下し、夏の甲子園5年ぶり4度目の優勝を達成した智辯和歌山ナイン photo by Sankei Visual
なぜなのか、自分でもわからない。それほど平常心ではなかった。だが、おかしかったのは石田翔だけではない。このイニングの健大高崎は、何かがおかしかった。
その直前、1点を追う8回表に石田雄星の2ランで逆転した。苦しい展開を強いられていた試合で、ひと振りによって一気に視界が開けた。「優勝」の二文字が、突然、現実味を帯びた瞬間だった。
そして8回裏。6回からリリーフし、2イニングをいずれも3人で抑えていた北田莉玖が、先頭の山田凜虎(りとら)に死球を与えてしまった。得意のスローカーブだった。
「少しひっかけてしまって、リリースした時に当たってしまうとわかりました」
続く楠本龍生には2度バントをファウルさせて追い込んだ。しかし、カウント1−2から112キロのカーブをセンター前に落とされた。
「速いカーブです。あれは三振を取りにいったので。低めのボール球でもいいと思って投げたんですけど、ボールでも振ってきて、うまく打たれた」
北田は直球が130キロ前後で、本来は打たせて取るタイプだ。無死一塁から三振を狙いにいったのは、いつものスタイルとは少し違った。
「逆転してくれたので、自分が抑えて何とかチームにいい流れを持ってこようという気持ちでした。優勝は意識していません。相手チームの流れに少し呑まれてしまいました」
無死一、二塁となり、智辯和歌山は代打に主将の松本虎太郎を送った。送りバントが予想される場面で、松本は1球で決め、走者を二、三塁へ進めた。
優勝インタビューで、中谷仁監督が「松本のバントで逆転まで見えた。魂のこもったすばらしいバント」と絶賛したプレーだ。
【勝負を分けたベンチの判断】この場面を悔やんだのが、健大高崎で守備面の作戦を任されている生方啓介部長だった。
「バントシフトを敷こうと思ったんですけど......。そこがちょっと自分に勇気がなかったですね。準備はしていたんですけど」
一死二、三塁となり、中谷監督は7番・川原一将に初球からスクイズのサインを出した。97キロの低めのカーブをバントした打球はファウルとなり、捕手・大岩を直撃した。治療に時間を要したため、両チームの選手はいったんベンチへ引き揚げた。
「引きずっていたんですけど、一回ベンチに帰って、その時に監督から『もう一回やるぞ。失敗してもいいから自信持っていけ』と」(川原)
健大高崎ベンチも、もう一度スクイズを仕掛けてくることは頭にあった。
「どこかのタイミングで、もう一回あるのはわかっていました。警戒はしていました」(北田)
再開後の初球、川原はヒッティングの構えから見送ってボール。カウント1−1となり、迎えた3球目。109キロの低めのカーブをスクイズした打球は、投手と捕手の間へ転がった。北田は懸命にグラブトスしたが間に合わない。
「ピッチャーとキャッチャーの間の一番難しいところ。(捕手に任せるか)少し迷いました。判断ミスです」(北田)
最初のスクイズが、捕手に当たらないただのファウルだったら......。治療による中断がなかったら......。不運としか言いようのない面もあった。それでも、生方部長は自らの判断を悔やんだ。
「1−1になった時に動いたんですよね、中谷さんが。その前はこれ(打つ動作)だけだったんですけど。それで、(スクイズが)あるかなと。ただ、外して2ボール1ストライクになったら、ちょっとキツいな......と迷っていたら、スクイズだった。そこも判断ミスですね」
【常に後手になってしまった】一方、そのスクイズの場面について、中谷監督はこう振り返っている。
「ああいう時はキャッチャーとベンチのアイコンタクトでサインが出ることも多いので、ベンチの動きをずっと見てたんですけど、スクイズはマークされていない気がしました。やっぱり(智辯和歌山は)強打のイメージをつけてもらってるので、勝負をかけました」
問題は、スクイズがあるかどうかではなかった。いつ来るのか。その気配を察し、警戒もしていた。それでも、健大高崎ベンチは動けなかった。
生方部長はさらに悔やんだ。
「あの時点で(最速148キロの)石田翔に交代して、(バントのしにくい)速い球でいったほうがよかったかもしれないですよね。スクイズ警戒の場面でしたから。いろいろイメージしてやらないといけないことが......。遅かったですよね。常に後手になってしまった。そういう時は負けますよね。本当に情けない」
中谷監督は「勝負をかけました」と言った。
そして、奇しくも生方部長も同じ言葉を口にした。
「勝負をかけなきゃいけない時に、かけられないと甲子園では勝てない。中谷さんは敦賀気比(福井)の時に勝負をかけたし。そこですよね」
生方部長が言う「敦賀気比の時」とは、同点で迎えたタイブレークとなった延長10回裏、無死一、二塁でリスクの高いブルドックシフト(※)を敷き、見事にバントを封じた場面を指している。
※一塁手と三塁手が前進し、遊撃手が三塁のベースカバー、二塁手は一塁のベースカバーに入るバントシフト
思えば智辯和歌山は2対1と苦戦した初戦の社(兵庫)との試合でも、1点差に迫られた7回裏一死三塁で、相手のエンドランを読みウエストし、得点を許さなかった。
もちろん、勝負をかければ必ず成功するわけではない。
石田翔へ継投していれば抑えられたのか。スクイズを外していれば失敗させられたのか。シフトを敷いていれば流れを断ち切れたのか。
それは誰にもわからない。ただ、頭に浮かびながら、やらなかったことには悔いが残る。
1点を追う苦しい展開から、8回表のひと振りで一転して優勢に立った健大高崎。あと2イニングを抑えれば頂点に立てる──。その瞬間、選手にもベンチにも、それまでとは違う何かが生まれたのかもしれない。
そして8回裏、勝負をかけた智辯和歌山に対し、健大高崎は「勝負をかけるべき瞬間」を何度も感じながら、最後まで一歩を踏み出せなかった。
甲子園の決勝を分けたのは、暴投というひとつのミスだけではなかった。勝負をかけたか。それとも、かけられなかったか。そのわずかな差が、最後に深紅の優勝旗の行方を決めた。
田尻賢誉●文 text by Masataka Tajiri
