B’z / 完全無欠

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<歌声分析>

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

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 第21回目は、稲葉浩志を取り上げたい。

■名曲から読み解く独特の言語感覚と表現の多彩さ

 2027年1月29日にソロデビュー30周年を迎える稲葉。9月からはソロツアー『Koshi Inaba LIVE 2026-2027 ~enⅤ~』がスタートする。

 稲葉の高音域を力強く響かせる歌唱、その熱量は驚異的だ。さらに、一聴しただけで“稲葉浩志”だとわかるほど強烈な個性がある。鼻腔を使ったハイトーン、声の芯の太さ、子音のアタック、母音の処理の仕方などが特徴で、独特の“稲葉節”を形成している。

 今回はB'zおよび稲葉のソロ楽曲から曲調の異なる5曲をピックアップし、彼がそれぞれの楽曲に“稲葉節”をどう乗せているのかを考察していきたい。

・「ultra soul」

 まずは、B'zの代表曲「ultra soul」(2001年)。高音域へ上がるほど声の密度が増す鋭いハイトーンは、稲葉の歌声、そしてB'zを象徴する最大の武器である。この曲でもその特徴が存分に発揮されているが、特に特徴的なのが母音の扱いだ。まっすぐ伸ばす、音程へ滑り込むように入るなど、母音の響かせ方にもさまざまなバリエーションがある。また、「ultra soul」というタイトルも興味深い。ここには、作詞家・稲葉浩志の独特の言語感覚も見えてくる。歌唱のアプローチと、言葉の選び方が彼の中で密接につながっているのだろう。

・「羽」

 次に、TVアニメ『名探偵コナン』(読売テレビ・日本テレビ系)のオープニングテーマに起用されたソロ楽曲「羽」(2016年)を取り上げたい。本曲は、アイリッシュ/ケルティックな憂いを感じさせるナンバー。この曲では、稲葉の子音が持つ多彩なニュアンスに注目してみたい。冒頭の〈乾いた冷たい風/針のように Sting〉では、〈乾いた〉の“ka”、〈風〉の“ka”を強いアタックで発音している。対して〈針のように〉の“ha”は滑らかに、〈Sting〉の語頭は弱音気味に発音。短いフレーズの中でもアタックに強弱をつけることで、言葉の流れに細かな起伏を生み出している。サビの〈全てはスタイル〉からのブロックでは、メロディをスムーズに繋ぎながら、フレーズ単位ではなく言葉ごとに子音のアタックをコントロールしているところも聴きどころだ。

・「ファミレス午前3時」

 さらに、稲葉の歌唱の幅を知るためにピックアップしたいのが、ソロアルバム『志庵』(2002年)に収録された「ファミレス午前3時」である。フォークやアコースティックロックを彷彿とさせるミディアムナンバーだ。この曲で稲葉は、目の前へ言葉をひとつずつ置いていくような歌唱を聴かせる。アコースティックギターを軸にした音数の少ないバックトラックで、彼は中低音域から歌い出し、しなやかにメロディを紡いでいく。語り掛けるような歌唱でありながら、歌声の強度と存在感が失われないところも特筆すべき点である。日本語本来の抑揚や発話のリズムを残したまま、自然にメロディへ還元しているように聴こえるのも面白い。語尾を抜いたり、わずかにトーンを落としたりするアプローチも多く、言葉をあえて“歌い切らない”ことで情景を立ち上げている。圧倒的な声量やハイトーンといったわかりやすい武器に頼らなくとも、見事に稲葉の歌として成立している。

■圧倒的な記名性、名曲のカバーで光る可変性

・「完全無欠」

 続いて取り上げるのは、B'zの最新曲「完全無欠」(2026年)。ダンサブルなロックナンバーだ。この曲で稲葉は、言葉を細かく刻みながら歌声を乗せ、グルーヴを生み出している。母音を長く引っ張るのではなく短く切り、子音の立ち上がりを明確にすることで、一つひとつの言葉が緻密にリズムの中へ差し込まれていく。声そのものが、楽曲を構成するリズムのひとつになっているのだ。また、ハイトーンの響きに稲葉特有の質感を残しながら、長さやピークのタイミングを変えることで、ファンク特有のグルーヴへ声をフィットさせている。

・「タッチ」

 そして最後に取り上げたいのが「タッチ」(2026年)だ。岩崎良美の代表曲として広く知られる「タッチ」のカバーで、原曲が持つ歌謡ポップスらしいキャッチーなメロディと軽快さを残しながら、サウンドはロック寄りに再構築されている。注目したいのは、サビの〈お願い タッチ タッチ/ここに タッチ/あなたから タッチ〉の“タッチ”の部分。“ッ”では発音を一瞬せきとめ、“チ”では子音を強く立てて摩擦をやや強調することで、短い言葉の最後に鋭いアクセントを作っている。〈タッチ〉という促音を含む言葉は、鋭い響きを持つ稲葉の声とも相性がいいと感じる。ゆえに、ポップなメロディの中に“稲葉らしいエッジ”が加わり、稲葉浩志の個性を強く印象づけている。

 「タッチ」は多くの人が原曲の歌声やメロディを知っているが、そういう楽曲だからこそ、稲葉の歌唱の可変性がより鮮明に浮かび上がるのだろう。楽曲の持つメロディに声を合わせながら、その中で随所に自らの強烈な個性を残していっているのだ。

 稲葉は、曲が求めるものに応じて、自身の歌声を形作るさまざまな要素の配合を変えてきた。そこには、稲葉独特の言語感覚も深く関係している。言葉を響き、長さ、そしてリズムを持つ“音”として捉える。だからこそ、ハードロックでは母音を粘らせ、ファンクでは短く刻み、ミディアムチューンでは語尾に余韻を残すことができるのだ。曲調だけではなく、言葉も含めて、歌声を“鳴らす”のか、“刻む”のか、“溶かす”のかを使い分けているのである。

 唯一無二の歌声を持ち、その活かし方を誰よりも知り尽くしている――そこにこそ、稲葉浩志というボーカリストの真の凄みがある。

(文=伊藤亜希)