米中がAI覇権で戦争をする時代に「持たざる国」の日本に進むべき道が見えないという重大問題

写真拡大 (全5枚)

「AI覇権」が、国際政治上の大問題となってきた。トランプ政権は、AI覇権への動きを強めている。日本政府の第2期AI基本計画は、この問題に対する答えとなっているか?

トランプ政権によるAI覇権の意味

「AI覇権」という考え方が、さまざまなところで言われるようになった。AIは、経済力、軍事力、科学技術力を左右する国家の基幹技術になりつつある。したがって、ある国が、最先端のAIを開発できるか、それを自由に利用できるかが、国際政治の根幹を決める条件になってきたのだ。

この傾向を加速しているのが、アメリカのトランプ政権だ。同政権は、アメリカがAIに関して決定的な優位を維持することを、国家戦略の重要な目標として掲げている。英紙The Economistは、「最高水準のAIへの世界的なアクセスが、米政権の一存に左右されうる」と述べている(日本経済新聞、6月23日「AIで覇権振るい始めた米国」)。

もちろん、アメリカは、すべての高度AIについて外国での利用を禁止しているわけではない。だが、AIの能力が国家安全保障に直接かかわる水準になれば、誰にでも同じ条件で開放することが維持される保証はない。

このことを象徴したのが、アンソロピックの最先端モデルをめぐる2026年6月の出来事だった。米政府は6月12日、安全保障上の理由からClaude Fable 5とClaude Mythos 5について、外国人のアクセスを停止するよう命じた。

この規制は6月末に解除されたが、一時とはいえ、外国人が最先端AIから締め出される事態が現実に起きたことの意味は大きい。Mythos 5については、高いサイバー能力を持つことなどを理由として、その後も利用対象が限定されている。国家安全保障を理由として国境を越えた利用が制約される可能性が現実のものになったのだ。

リカードの考え方は、あてはまらない?

国際的な経済関係について、これまでの基本概念は、自由貿易と比較優位への特化であった。すべてのものを一国で生産する必要はない。それぞれの国が比較優位を持つ分野に資源を集中し、不得意なものは他国から輸入すればよい。そのほうが自国にも相手国にも利益になる。これが、リカードによって確立された「比較優位」の考え方だ。

日本のAI戦略も、これに近い発想を基本的にしている。生成AIの重要性は認めるものの、膨大な計算資源、資金、人材を必要とする巨大な汎用モデルの開発について、あらゆる面でアメリカや中国と同じことを行なうのは現実的でない。そこで、日本が持つ製造業の現場、ロボット、自動車、医療、金融などのデータと技術を活用し、「バーティカルAI」や「フィジカルAI」を重点的に発展させるのがよいとする。

2026年7月14日に閣議決定された第2期人工知能基本計画も、「日本の勝ち筋」としてバーティカルAIとフィジカルAIを掲げている。

ここで、「バーティカルAI」とは、医療、製造、金融、農業、行政などの特定の分野に特化したAIである。各分野の専門知識、制度、現場で蓄積されたデータなどを組み込み、実務上の課題を解決する。

「フィジカルAI」とは、カメラやセンサーから得た情報によって現実世界の状況を認識し、判断し、ロボットや自動車、機械などを実際に動かすAIだ。自動運転車、工場・倉庫の自律型ロボット、介護支援ロボットなどが代表例である。この実現には、AIモデルだけでなく、モーター、センサー、安全制御技術などを一体化することが必要となる。

巨大な基盤モデルについて米中と競争するのではなく、日本がこれまで蓄積してきた現場のデータや製造技術を、AIと結びつけるという考えだ。AI開発に関する日本の実力を考えれば、これは、現実的な政策といえるだろう。

しかし、この戦略が機能するためには、重要な前提が必要だ。それは、外国で開発された高度な基盤モデルを、日本が必要なときに利用できることである。日本はフィジカルAIを開発し、それを外国に提供する。他方で、日本はアメリカの高度な汎用AIを利用する。このような国際分業が行なわれるのであれば、比較優位の考え方はAIについても有効だ。

AIでは比較優位だけで済まない

しかし、必要になったときに外国の最先端AIを自由に使えないのであれば、「不得意なものは外国から調達すればよい」とはいえなくなる。そして、つぎのような問題が発生する。

第1に、ほとんどあらゆる分野でAIが重要な生産手段になったいま、高度なAIを自由に使える国と使えない国との間では、生産性や技術開発の速度に大きな格差が生じる可能性がある。

第2に、その国独自の文化、言語、制度をAIに十分に反映できない。外国企業が開発したAIを利用するだけでは、設計思想、学習データ、安全基準、サービス提供条件などを自国で決めることはできない。AIが社会の情報基盤となれば、この問題は単なる産業政策を超え、文化や国家主権にも関係してくる。

第3に、外交・安全保障上の問題がある。ある国の行政、企業、研究機関が特定の外国企業のAIに全面的に依存してしまうと、そのサービスが停止されたとき、国の重要な機能そのものが影響を受けかねない。

中国は独自のAIを持つが、日本は……

この点で中国の立場は日本と大きく異なる。中国はすでに独自の大規模AIモデルとAI企業、そして、データセンターと研究人材を持ち、アメリカとは別のAIエコシステムを形成している。

だから、個々のモデルについて優劣はあるとしても、アメリカ製AIが利用できなくなったからといって、中国国内のAI活動そのものが停止するわけではない。

このような規模の独立したAI体系を構築できる国は限られている。巨額の資金、膨大な電力、半導体、計算資源、人材、市場規模が必要だからだ。したがって、AIの世界が米中を中心とする二極構造になっていく可能性は十分にある。

では、日本はどうすべきか?全面的に米中と同じ規模のAI開発競争を行なうことが難しいのは事実だ。だからといって、「アメリカの基盤モデルを利用すればよい」と考えるだけでは不十分だ。そのアクセスが将来も無条件で保証されるとは限らないからだ。

第2期AI基本計画は十分な答えを示していない

第2期AI基本計画は、「AI主権」という考え方を明確に打ち出している。そして、必要なAIを主体的に選択し運用できるよう、「特定の国や企業への過度な依存を避けなければならない」と明記している。

同時に、第2期計画は、あらゆるAIを国産化しようとはしていない。すでに述べたように、領域特化型の「バーティカルAI」と、ロボット等の「フィジカルAI」を中心に、外国との連携を重視する。この方針は、日本の経済規模や現在の技術力を考えれば、現実的な方向といえるだろう。経済学を学んだ一人として、国際分業の方向が重視されていることに、私は賛成だ。

ただし、私には、第2期AI基本計画が「AI覇権」の問題に正面から答えているとは思えない。最大の問題は、汎用的な最先端AIへのアクセスが制約された場合に、日本がどうするのかが明確でないことだ。

「特定国・企業への過度な依存を避ける」とはされている。しかし、日本がどの程度まで自前の基盤モデルを持つのかについて、具体的な答えは示されていない。バーティカルAIやフィジカルAIを発展させるにも、その背後には高度な基盤モデルが必要だ。土台となるAIを外国に全面的に依存したままで、十分な「AI主権」といえるのだろうか?

【あわせて読む】日本には高騰株価に見合うほどのAIの実力はない…株式市場のAIブームは、日本にとってむしろ警告であると捉えるべき理由

【あわせて読む】日本には高騰株価に見合うほどのAIの実力はない…株式市場のAIブームは、日本にとってむしろ警告であると捉えるべき理由