〈「日本から尻尾を振ってきた」〉プーチン択捉島上陸で露呈した対ロ外交の惨状…経産省は面目丸つぶれ、外務省は「それ見たことか」
ロシアのプーチン大統領が、日本が返還を求める北方領土の択捉島に初めて足を踏み入れた。水産加工場でイクラを試食し、病院や学校を視察する姿は、島がすでに「ロシア領」として定着していることを内外に誇示するかのようだった。 そのわずか約2カ月半前、日本は官民訪問団をモスクワに送り、冷え切った日ロ関係のパイプをつなぎ直そうと動き出したばかりだった。だが、ロシア当局者から聞こえてきたのは「日本から尻尾を振ってきた」という冷淡な言葉。日本の思惑をよそに進む北方領土の“ロシア化”と、面目をつぶされた経産省の対ロ外交。その実像を追った。(前後編の前編)
【画像】道路、空港、病院から雇用まで、択捉島を牛耳る「北方領土の帝王」、アレクサンドル・ヴェルホフスキー氏
外務省筋からは「それ見たことか」との声
プーチン大統領にイクラを振る舞った男は、ただの水産業者ではなかった。
道路、空港、病院から雇用まで、日本が返還を求める択捉島を牛耳る「北方領土の帝王」、アレクサンドル・ヴェルホフスキー氏である。
ロシアの大統領と政商が並んだ一枚の写真は、二つの終わりを告げていた。
経済協力でロシアを引き寄せようとした経済産業省の対ロ外交。そして、メドベージェフ前大統領が強硬な役回りを引き受けてプーチン氏は島に入らないという、ロシア指導部内での役割分担である。
「ある、意味歴史的な日だ」
日本政府関係者はそう言い切った。わずか2カ月半前、経産省は三井物産や商船三井などの幹部を伴う訪問団をモスクワに送り、ロシアとのパイプをつなぎ直そうとしたばかりだった。
その期待を踏みにじるような択捉島訪問に、対ロ接近に慎重だった外務省筋からは「それ見たことか」との声が漏れる。
そして、プーチン氏を島で迎えたヴェルホフスキー氏こそ、ロシアによる実効支配の実像を読み解く鍵を握る人物だ。筆者は長年、その動向を注視してきた。
自身が表舞台に出ることは少ないが、巨大企業グループ「ギドロストロイ」を率い、表からは見えにくい場所で択捉島を動かしてきたキーマンである。
そのヴェルホフスキー氏が今回、自らの企業帝国の一角でプーチン氏を迎えた。国家と政商が長い年月をかけて築いた“ロシアの島”を、そろって日本に見せつける光景だった。
領土問題には触れず、漁業資源の豊かさと島の発展を語る
択捉島の水産加工施設を訪れたプーチン一行。ロシア大統領府が公開した写真では、紺色のスーツ姿のプーチン氏を挟むように、サハリン州のリマレンコ知事とヴェルホフスキー氏が並んでいる。
工場内ではイクラを試食した。従業員が「お持ち帰り用も用意します」と声をかけると、プーチン氏は笑みを見せた。
ヴェルホフスキー氏は、気候変動によって魚の回遊経路が変わり、択捉島周辺に重さ300キロに達するマグロが現れるようになったと説明した。
かつて工場付近には捕鯨施設があり、湾の浚渫工事では古い銛も見つかったと紹介。最近はクジラの群れを見ることもあると語った。
領土問題には触れず、漁業資源の豊かさと島の発展を語る。一見すると、地方産業の振興を視察する穏やかな一幕だ。
択捉島がロシア社会に完全に組み込まれているという演出
だが、舞台は日本が返還を求める北方領土である。ロシア大統領が、実効支配を経済面から支えてきた有力実業家の説明を受ける構図には、強い政治的意味が込められていた。
プーチン氏は工場に続いて病院や学校も訪れ、住民らと交流した。産業、医療、教育という島の日常を順番に見せる日程は、択捉島がロシア社会に完全に組み込まれていると印象付ける演出だった。
さて、ヴェルホフスキー氏は1956年、旧レニングラード、現在のサンクトペテルブルクに生まれた。旧ソ連軍の高等軍事建設学校を卒業し、軍の建設技術者として勤務。80年代半ば、軍人としてクリール諸島に派遣されたことが、島との関わりの始まりだった。
ソ連崩壊と同じ91年、軍を離れ、仲間とギドロストロイを設立した。社名は「水力建設」を意味するが、同社はやがて水産業を中核とする巨大企業に成長した。
択捉島や色丹島、サハリン州などに水産加工場を建設し、漁船団を拡大。漁獲から加工、冷凍、輸送、販売までを自前で担う体制を築いた。
事業は建設、運輸、金融などにも広がった。択捉島の道路や住宅、病院、保育施設などの整備に深く関与し、約60億ルーブルが投じられた新空港「ヤースヌイ」の建設にも携わった。島はギドロストロイの実質的な城下町になった。
一大企業帝国を築き上げた「帝王」
ヴェルホフスキー氏はサハリン州選出の上院議員も務め、政界にも足場を築いた。米経済誌フォーブスのロシア版は2021年、資産を約6億ドルと推計し、ロシア富豪番付の185位に挙げた。
豊かな水産資源に恵まれる一方、人口が少なく、冬は海が荒れる辺境の島に、一大企業帝国を築き上げた。
その成長は、実業家個人の手腕だけでは説明できない。ロシア政府は90年代半ば以降、クリール諸島の社会・経済開発を国家事業として進め、道路や港湾、空港などに巨額の予算を投じた。ギドロストロイは水産会社であると同時に、連邦政府の事業を担う有力建設業者でもあった。
領土を維持したい国家が予算を投じ、企業が工場やインフラを整備する。企業は雇用と税収を生み、住民の定着を促す。島の人口と経済が維持されれば、国家による支配はさらに強固になる。国家と企業が互いを必要とする共生関係が、択捉島で形成されてきた。
「守るべき軍事拠点」から「普通のロシア領」へ
ロシアによる北方領土の実効支配は、二つの車輪で進んできた。一つは、ヴェルホフスキー氏らが担った生活・産業基盤の整備。もう一つは軍事的な要塞化だ。
ロシア軍は択捉島と国後島に地対艦ミサイルを配備し、部隊施設を更新。択捉島の軍用飛行場には戦闘機を展開してきた。北方領土をオホーツク海への出入り口と位置付け、米軍や自衛隊の接近を阻む防衛線として重視する。
オホーツク海は、核ミサイルを搭載したロシアの戦略原潜が活動する海域だ。原潜を米軍の追跡から守り、核報復能力を維持する上で、千島列島の海峡は重要な意味を持つ。ウクライナ侵攻後、米国との軍事的対立が深まる中、その戦略的価値はさらに高まった。
今回の訪問に先立ち、プーチン氏は太平洋艦隊の演習を視察した。ミサイル巡洋艦「ワリャク」から訓練を見守り、ロシア東部国境の安全保障を協議した後、択捉島へ向かった。軍事演習と領土訪問を一続きの日程に組み込んだこと自体、日本に対する威圧の意味を帯びた。
一方、択捉島では水産加工場、病院、学校を回った。軍艦とミサイルだけでなく、工場と暮らしも見せる。ロシアは島を「守るべき軍事拠点」としてだけでなく、住民が働き、子どもを育てる「普通のロシア領」として定着させようとしている。
旧ソ連軍の建設技術者として島に渡り、ソ連崩壊後は民間企業を興したヴェルホフスキー氏。その人生は、軍事的占領から住民の生活を伴う経済的支配へというロシアの戦後統治戦略を体現している。
面目をつぶされた日本の省庁
択捉島を歩くプーチン氏の姿に、面目をつぶされた日本の省庁がある。経済産業省だ。
経産省は今年5月、外務省職員のほか、三井物産や商船三井などロシアに権益を持つ日本企業の幹部を伴う官民訪問団をモスクワに送った。ロシア経済発展省や産業貿易省、経済団体の関係者らと会談した。ウクライナ侵攻後、日本政府と大手企業による本格的な訪ロは初めてだった。
経産省は目的について、「ロシアで事業を続ける日本企業の資産や権益を守るため」だと説明。停戦後を見据えた経済・エネルギー協力ではないと繰り返し強調した。
だが、政府内では別の見方が広がっていた。安倍晋三元首相の首席秘書官を務めた経産省出身の今井尚哉氏が内閣官房参与に入り、ロシア側とのパイプを誇示する中で具体化した訪問だったからだ。
しかしロシア側の受け止めは冷淡だった。
今井氏ら日本側の動きを「日本から尻尾を振ってきた」
ロシア当局者は筆者に、今井氏ら日本側の動きを「日本から尻尾を振ってきた」と表現。日本側の経済訪問団として受け入れることをそれほど歓迎せず、場合によっては、「はしごを外す可能性もある」と打ち明けた。
日本が接触再開を外交上の成果に見せようとしても、ロシア側は自らが関係改善を求めたとの印象を避け、日本が譲歩して近づいてきたとの構図にする。両国の立場は初めから対等ではなかった。
訪問団派遣から約2カ月半後、プーチン氏は日本が返還を求める択捉島に初めて足を踏み入れた。日本企業との関係維持を模索する経産省の働きかけを意に介さず、領土問題では一切配慮しない姿勢を行動で示したのだ。
ロシア側は訪問団をどう見ていたのか。8月14日、ラブロフ外相はロシア国営テレビのインタビューで明かした。
「日本の実業家代表団が訪ロしたという情報がありました。彼らは、日本政府首脳部からプロジェクト協議をしないよう厳格な指示を受けている」とあっさりとはしごを外した。
ロシアは、日本が対ロ制裁を維持したまま代表団を送ったことを、単なる外交的なアリバイ作りと判断していたのだ。
文/東銀座コンフィデンシャル
後編〈「安倍晋三氏はまったく正しい政治家でした」〉プーチン初の択捉島上陸、ロシアが今さら安倍氏を称賛する“本当の狙い” に続く
