辺野古転覆事故の告訴を巡る報道を受け会見する武石知華さんの両親と弁護士

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 沖縄県名護市辺野古沖における、研修旅行生を乗せた小型船の転覆事故から約5カ月が経過した。亡くなった武石知華(ともか)さん(17)=当時=の両親は、同志社国際高校の教員と活動家らを刑事告訴し、責任の所在を明らかにするよう求めている。

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 7月31日、同志社国際高校を運営する学校法人同志社の設置した第三者委員会が調査報告書を公表した。

 社会部記者が解説する。

「163ページという部厚さ。委員長を務めた渡辺徹弁護士は会見で“社会的関心が非常に強い事案。事故がなぜ起きたかを明らかにすることを最優先にし、かなり突っ込んで調査、認定をした”と総括しました」

辺野古転覆事故の告訴を巡る報道を受け会見する武石知華さんの両親と弁護士

「まだ生徒の心の傷は癒えていない」

 調査報告書には、同志社国際高校の沖縄研修旅行は1981年度に始まったとある。99年度に辺野古を訪問し、米軍基地移設を訴える活動家へのヒアリングが盛り込まれたコースが設置された。2017年度以降は、現地で生徒たちが参加する開会礼拝を、基地建設反対活動に参加していた日本基督教団所属の牧師が担当していたという。

 武石さんと同じ学年だった生徒の保護者も憤る。

「学校側は、事故が起きた3月16日からおよそ1週間後の24日に保護者説明会を開きました。ところがそれ以降は“第三者委員会が調査中”を理由にして、新たに説明する機会を持とうとしません」

 6月19日に学校で行われた生徒が対象の説明会についても次のように批判する。

「わずか30分ほどだったとか。泣きながら質問していた女子生徒もいたそうで、まだ生徒の心の傷は癒えていないと感じました。教員の怠慢が招いた事態なのに、これら学校の対応は不誠実だと言わざるを得ません」

 さらに同志社大学を創立した明治期の教育者・新島襄が掲げた〈良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来(きた)らん事を〉を引き合いに、

「良心に満ち溢れた若者を社会に送り出すことが建学の精神なのに、教員に“良心”がない。それさえ持っていたら、事故を防ぐ機会は何度もあったはずです」

 と改めて怒りをにじませた。

教師らの法的責任

 学校が生徒や保護者への説明に及び腰な理由は何か。先の社会部記者が指摘する。

「小型船を利用した辺野古沖視察は23年に始まりました。同志社国際高校の西田喜久夫校長が、同じく事故で死亡した金井創船長の提案を受け入れたものです」

 武石さんの父が自身の考えや思いをつづるウェブサイトには、西田氏と金井氏の関係に触れた箇所がある。

〈事故当日、(中略)視聴した学校側の記者会見の中で、亡くなった金井船長のことを「牧師」「先生」という呼称で校長が呼ぶことに私は違和感を覚えました〉

「小型船での視察が学校トップの西田校長の肝いりで始まり、その校長は金井氏を“先生”と呼ぶほど、二人は近い関係にあった。これらが災いし、かねて教職員らは校長に意見を具申できずにいたようです」

 この点について、第三者委員会の渡辺委員長は会見で「(金井氏が)高校生の研修旅行に関わるのは適切だったとは言い難い」と断言。更に学校の組織風土を「反対意見を言いにくい雰囲気があった」としていた。

 7月13日、武石さんの両親は西田校長や学年主任、引率の担当教員、さらに小型船を運航していた活動家ら計11人を刑事告訴した。とくに教師らの法的責任はどこまで問えるのだろうか。

 学校現場の問題に詳しい、小杉法律事務所の大澤健人弁護士が解説する。

「罪状は業務上過失致死傷罪で、焦点は“小型船が転覆する可能性を予見できたか”、できたなら“転覆回避のためにどんな具体的対策を取れたか”です。全ての決定権を持つ校長には監督責任がある一方で、学年主任や引率担当者らは、より多くの現地情報を知り得る立場にあった。起訴された場合、どちらの罪が重いと判断されるかは公判次第ですが、仮に有罪になれば、立場によって拘禁刑か罰金かなど量刑に濃淡が出るでしょう」

 生徒と保護者の不信は、強い怒りに変わりつつある。

「週刊新潮」2026年8月13日・20日号 掲載