覚悟のJ復帰決断「広島でクラブW杯に」川村拓夢、苦しんだ欧州挑戦2年間の財産「よく喋るようになった(笑)」
[8.15 J1第2節 浦和 1-4 広島 埼玉]
日本代表として北中米W杯予選にも出場していたMF川村拓夢は今夏、2年ぶりにザルツブルクからサンフレッチェ広島に復帰し、Jリーグで再スタートを切った。
初の海外挑戦先に選んだザルツブルクでは、度重なる膝のケガに苦しみ、2年間の公式戦出場はわずか5試合にとどまった。それでも世界有数の育成クラブで日々を過ごし、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)のピッチにも立った経験は大きな財産となっている。
「やっぱり全てのスピードが速かったし、全てが2倍速で動いている感覚でした。その中でも通用する場面は多くあったので、正直もっともっとやりたかったし、もっとどうなるか見たかったというのが本音ですけど、ケガも実力のうち。そういったところも含めて今は改善できているので、これからが楽しみです」
今の川村にあるのは海外挑戦の未練や日本代表復帰への思いではなく、「このクラブでタイトルを取る」という強いモチベーションだ。
「海外に行くことを決めたのも、広島でタイトルを取る選手になりたいというのが一番だったので、その目標は今も変わっていない。2年間、プレーはあまりできなかったけど、成長したこともあると思うので、そこも誇りにして目標を達成したいです」
■令和8年8月8日、88分
Jリーグ復帰という決断に込めた覚悟は、2年ぶりの復帰戦で鮮やかに証明してみせた。
今月8日に行われたJ1開幕節・千葉戦、後半40分からピッチに送り出された川村は、同43分に果敢な左足シュートでいきなり初ゴールを記録した。伝統の「8番」を背負い、「令和8年8月8日の88分」に決めた“8尽くし”の復活弾は、地上波スポーツニュースで大々的に取り上げられ、シャイな性格ながら珍しく披露したド派手なガッツポーズとともに脚光を浴びた。
幼少期から愛する故郷のクラブとはいえ、復帰にあたっては不安もあった。
「やっぱり2年前にシーズン途中という大事な時に(ザルツブルクに)行った中で、こうして短期間で帰ってくるのは自分自身どうかなと思っていました」
それでも結果を出したことで少し肩の荷が降りた。「あのゴールだけでも、この2年間の苦しさが晴れた気がしたし、この2年間ケガをしていた中でも、このクラブがもう一度プレーする機会をくださったので、あらためて結果で応えたいなと思いました」。ホームにもたらした歓喜の光景は、愛するクラブで戦い抜く覚悟を深める格好の機会となった。
難しい立場に置かれた盟友の思いも背負って戦っている。川村と広島ユース時代から同期の日本代表GK大迫敬介は今夏、ベルギー挑戦を志して一度はチームを離脱し、移籍手続きに入っていたが契約目前で破談。現在は再びチームに合流し、控えGKという立場でチームを支えている。
「僕自身、移籍する時も彼にだけは連絡をしていた。ユースの時から一緒に生活してきて、まだウインドーが開いているのでどうなるか分からない状態だけど、もし残ることになったとしたら一緒にタイトルを取りたい」
川村は海外移籍の難しさも実感している立場。「彼がチームのためにやっていることもみんながわかっている。彼がこの数シーズン、このクラブのゴールを守ってきたことは間違いないので、次は僕がサポートしたい」と語る。
■「人間的なところはすごく変わった」
そんな川村自身も長かったブランクの影響があり、コンディションはまだ発展途上だ。
15日の第2節・浦和戦では後半17分からの途中出場でプレータイムを延ばし、ハイスプリントや豪快なボール奪取を随所に見せたものの、試合後には「今日は全然動けなかった。やっぱりこの日本特有の気候にも慣れる必要がある」と苦笑い。まずはケガの再発に注意を払いながら、焦らず状態を引き上げていく段階だ。
その一方、筋肉がついて一回り大きくなった体格からは苦しかったリハビリ期間の努力と成長の跡も感じさせた。「しばらく筋トレしかやることがなかったんで(笑)。2年前よりは確実に変わったと思いますし、もっともっと良い姿をここから見せられるんじゃないかなと思います」。もともとJリーグ基準では優位に立っていたフィジカル面で、さらに圧倒していく期待を漂わせている。
そして何より大きく変わったのはメンタル面だ。シャイな性格で知られる川村だが、この2年間で感じた成長に話が及ぶと、自身のパーソナリティの変化を真っ先に明かした。
「向こうでプレーした試合は少なかったですけど、特に人間的なところはすごく変わったと言われますね。よく喋るようになったと……(笑)」
川村が加入した当時のザルツブルクには日本人選手もおらず、たった一人でチームの輪に入るしかない状況。新加入選手の風物詩となっている歌の披露や、若手主体のチームで「自分が2番目の年長者」という環境での日々を通じ、徐々にオープンなメンタリティを身につけていったのだという。
今では「若い選手がピッチに立った時には彼らが100%を出せるようにサポートしたい。そういうところは海外ですごく学んだことかなと思う」と言えるほど。またコミュニケーション面では現地での英語学習のおかげで広島のバルトシュ・ガウル監督の指示もダイレクトに理解できるといい、一つひとつの変化が2年間の財産として自信に結びついているようだ。
今後はこうしたピッチ外でのリーダーシップを積極的に発揮しつつ、プレー面でもチームの基準を引き上げていく構えだ。今季の広島は10年ぶり復帰の元日本代表FW浅野拓磨や、欧州主要リーグで通算100得点以上の実績を持つ元コートジボワール代表FWセバスティアン・アレーが加入。さらにMF川辺駿やDF塩谷司ら海外リーグ経験者、20歳のMF中島洋太朗ら世代別代表選手も名を連ね、Jリーグ屈指の陣容が揃っている。
そうした中で「毎日がすごく楽しいし、毎日の練習がすごくレベルが高いと感じている」という川村。「クラブとしても新スタジアムができて、次のステップに進んでいる感じがするので、その一員としてしっかりと頑張っていきたい」と野心に溢れている。
その先に見据えるのは「広島でアジアやクラブW杯に出たい」という大きな野望だ。
昨年夏にはザルツブルクの一員としてクラブW杯メンバーに名を連ねながらも、直前の膝の負傷で帯同外となり、その後の長期離脱を余儀なくされた川村。不運にして目前で潰えた世界最高峰の舞台に返り咲くためにも、生まれ育った紫のエンブレムを胸にJリーグタイトルを狙う。
(取材・文 竹内達也)
日本代表として北中米W杯予選にも出場していたMF川村拓夢は今夏、2年ぶりにザルツブルクからサンフレッチェ広島に復帰し、Jリーグで再スタートを切った。
初の海外挑戦先に選んだザルツブルクでは、度重なる膝のケガに苦しみ、2年間の公式戦出場はわずか5試合にとどまった。それでも世界有数の育成クラブで日々を過ごし、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)のピッチにも立った経験は大きな財産となっている。
今の川村にあるのは海外挑戦の未練や日本代表復帰への思いではなく、「このクラブでタイトルを取る」という強いモチベーションだ。
「海外に行くことを決めたのも、広島でタイトルを取る選手になりたいというのが一番だったので、その目標は今も変わっていない。2年間、プレーはあまりできなかったけど、成長したこともあると思うので、そこも誇りにして目標を達成したいです」
■令和8年8月8日、88分
Jリーグ復帰という決断に込めた覚悟は、2年ぶりの復帰戦で鮮やかに証明してみせた。
今月8日に行われたJ1開幕節・千葉戦、後半40分からピッチに送り出された川村は、同43分に果敢な左足シュートでいきなり初ゴールを記録した。伝統の「8番」を背負い、「令和8年8月8日の88分」に決めた“8尽くし”の復活弾は、地上波スポーツニュースで大々的に取り上げられ、シャイな性格ながら珍しく披露したド派手なガッツポーズとともに脚光を浴びた。
幼少期から愛する故郷のクラブとはいえ、復帰にあたっては不安もあった。
「やっぱり2年前にシーズン途中という大事な時に(ザルツブルクに)行った中で、こうして短期間で帰ってくるのは自分自身どうかなと思っていました」
それでも結果を出したことで少し肩の荷が降りた。「あのゴールだけでも、この2年間の苦しさが晴れた気がしたし、この2年間ケガをしていた中でも、このクラブがもう一度プレーする機会をくださったので、あらためて結果で応えたいなと思いました」。ホームにもたらした歓喜の光景は、愛するクラブで戦い抜く覚悟を深める格好の機会となった。
難しい立場に置かれた盟友の思いも背負って戦っている。川村と広島ユース時代から同期の日本代表GK大迫敬介は今夏、ベルギー挑戦を志して一度はチームを離脱し、移籍手続きに入っていたが契約目前で破談。現在は再びチームに合流し、控えGKという立場でチームを支えている。
「僕自身、移籍する時も彼にだけは連絡をしていた。ユースの時から一緒に生活してきて、まだウインドーが開いているのでどうなるか分からない状態だけど、もし残ることになったとしたら一緒にタイトルを取りたい」
川村は海外移籍の難しさも実感している立場。「彼がチームのためにやっていることもみんながわかっている。彼がこの数シーズン、このクラブのゴールを守ってきたことは間違いないので、次は僕がサポートしたい」と語る。
大迫とともにウォーミングアップに励む川村
■「人間的なところはすごく変わった」
そんな川村自身も長かったブランクの影響があり、コンディションはまだ発展途上だ。
15日の第2節・浦和戦では後半17分からの途中出場でプレータイムを延ばし、ハイスプリントや豪快なボール奪取を随所に見せたものの、試合後には「今日は全然動けなかった。やっぱりこの日本特有の気候にも慣れる必要がある」と苦笑い。まずはケガの再発に注意を払いながら、焦らず状態を引き上げていく段階だ。
その一方、筋肉がついて一回り大きくなった体格からは苦しかったリハビリ期間の努力と成長の跡も感じさせた。「しばらく筋トレしかやることがなかったんで(笑)。2年前よりは確実に変わったと思いますし、もっともっと良い姿をここから見せられるんじゃないかなと思います」。もともとJリーグ基準では優位に立っていたフィジカル面で、さらに圧倒していく期待を漂わせている。
そして何より大きく変わったのはメンタル面だ。シャイな性格で知られる川村だが、この2年間で感じた成長に話が及ぶと、自身のパーソナリティの変化を真っ先に明かした。
「向こうでプレーした試合は少なかったですけど、特に人間的なところはすごく変わったと言われますね。よく喋るようになったと……(笑)」
川村が加入した当時のザルツブルクには日本人選手もおらず、たった一人でチームの輪に入るしかない状況。新加入選手の風物詩となっている歌の披露や、若手主体のチームで「自分が2番目の年長者」という環境での日々を通じ、徐々にオープンなメンタリティを身につけていったのだという。
今では「若い選手がピッチに立った時には彼らが100%を出せるようにサポートしたい。そういうところは海外ですごく学んだことかなと思う」と言えるほど。またコミュニケーション面では現地での英語学習のおかげで広島のバルトシュ・ガウル監督の指示もダイレクトに理解できるといい、一つひとつの変化が2年間の財産として自信に結びついているようだ。
今後はこうしたピッチ外でのリーダーシップを積極的に発揮しつつ、プレー面でもチームの基準を引き上げていく構えだ。今季の広島は10年ぶり復帰の元日本代表FW浅野拓磨や、欧州主要リーグで通算100得点以上の実績を持つ元コートジボワール代表FWセバスティアン・アレーが加入。さらにMF川辺駿やDF塩谷司ら海外リーグ経験者、20歳のMF中島洋太朗ら世代別代表選手も名を連ね、Jリーグ屈指の陣容が揃っている。
そうした中で「毎日がすごく楽しいし、毎日の練習がすごくレベルが高いと感じている」という川村。「クラブとしても新スタジアムができて、次のステップに進んでいる感じがするので、その一員としてしっかりと頑張っていきたい」と野心に溢れている。
その先に見据えるのは「広島でアジアやクラブW杯に出たい」という大きな野望だ。
昨年夏にはザルツブルクの一員としてクラブW杯メンバーに名を連ねながらも、直前の膝の負傷で帯同外となり、その後の長期離脱を余儀なくされた川村。不運にして目前で潰えた世界最高峰の舞台に返り咲くためにも、生まれ育った紫のエンブレムを胸にJリーグタイトルを狙う。
(取材・文 竹内達也)

