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「うんうん。よく聞こえる。ありがとう~」

令和8年7月8日大分地裁。補聴器を渡された老人(76歳)は証言台に腰かけ、満面の笑顔で裁判官に言った。そのやりとりを見て私はこの老人を3カ月前にもここで見ていたことを思い出した。

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事件1カ月前に他人の財布を盗んで執行猶予判決

令和8年4月20日。検察官が起訴状を読み終えると裁判官が黙秘権の説明を老人にはじめた。

裁判官「あなたには黙秘権があります」

被告人「はぁ...ちょっと意味がわからんのやけど」

裁判官「今から説明しますからね」

被告人「ちょっと補聴器(音が)が大きいわ」

補聴器がなければまったく聞こえない様子の老人はかつて、家具職人として生活していたが退職後は年金と生活保護を受け生活していた。

別府市内のパチンコ店に落ちていた他人の財布を盗んだ罪で逮捕される。財布を捨てた場所を供述し、そこから被害者の財布が発見されるも中に入っていたとされる3万円は無くなっていた。

公判で老人は財布を盗んだことは認めるものの盗んだ後、怖くなり中を開けずに財布を捨てたので金は抜いていないと言い張った。自由に使える金が月3万円ですぐに使い込んでしまい、金がなくなると事件の起きたパチンコ店の自動販売機の釣銭口を探りに行くのが日課だった。

財布を盗んだ後、ディスカウントストアで裸の1万円を持って買い物をしている男の防犯カメラ映像が証拠として提出されている。その事実を突きつけられても、「たんすから1万5000円が出てきて、その金で買い物をした」と言い張った。

同種前歴が4件あるものの前科はないため大分地裁は老人に拘禁刑1年執行猶予3年を言い渡した。

以前に万引きしたコンビニで再び犯行

4月28日、老人は釈放されタクシーを拾い別府に戻る。銀行に寄り、拘置所にいる間に振り込まれていた年金14万7000円を引き出し2カ月未払いだった家賃を支払い、なじみの喫茶店に前払いとして6400円を支払った。

ママの供述によると老人は「お金を持っていると無駄遣いするから」と金があるうちに店に預けていたという。老人は毎日、この喫茶店に食事を取りに来ており、そんな老人にママはおにぎりと漬物、みそ汁を400円で提供していた。

400円の定食を食べ、400円の珈琲を飲んでいた。預けた金に余裕がある時はママにも珈琲をおごった。金がなくても気前が良かったのであろう。それ故に老人は釈放され1カ月も経たずに所持金が100円となっていた。

令和8年5月20日。家に居てもつまらないと老人は雑誌を盗みにコンビニに行く。3、4年前に万引きをされ、出禁にした老人が入店してきたのに気づき、店員は警戒した。

案の定、雑誌を持ちトイレに入った。退店の際に声をかけると男は否認したものの店員が指摘すると腹部に隠していた雑誌を取り出しあっさり御用となった。

「店やったら落ち着いて見れんでしょう?」

時は冒頭の令和8年7月8日の大分地裁に戻る。

弁護人「前回の裁判で次やったら刑務所に行かないといけないって言われたのを覚えていますか?」

被告人「いやぁ、わかりません。すみません」

弁護人「計画的にお金使えないの?計画的に使おうとは思わないの?」

被告人「わかりません。すみません」

聞こえなくてわからないのか、考えてもわからないのか。

その辺が曖昧なまま裁判は進行していく。

検察官「今回、雑誌を盗んだ?」

被告人「人妻みたいなやつだったと思う」

検察官「人妻?あなた、エッチな本と言ってましたけど?」

被告人「うん。いやらしいのが好きなんですよね」

検察官「エッチな本、家に何冊もあるの?」

被告人「ははっ。そうね」

検察官「それは買ったの?盗んだの?」

被告人「う~ん。難しい。何冊か盗んだやつかね」

検察官「今回、なんで盗んだの?」

被告人「若い子の情報が出とったからね」

検察官「立ち読みってあるでしょ?そうしようと思わないの?」

被告人「家に帰った方が落ち着いて見れるからね。店やったら落ち着いて見れんでしょう?」

検察官「前に財布盗んで拘置所に入っとったでしょ?辛くなかったですか?中の方が良いと思った?外に出たいと思わんかったですか?」

被告人「ちょっとわかりません」

検察官「今回、エッチ本を盗もうとした時に辛いこと思い出さんかった?」

被告人「思い出さんかったね」

検察官「お金は支払い以外で何に使ったんですか?」

被告人「思い出さんね。ほとんど食費やないかな。お金持ってたら全部使ってしまう」

検察官「エッチなお店でお金を使ったって私の取り調べで言った記憶はないですか?」

被告人「う~ん。それはないと思うけどね。エッチなことは全部本で済ますからね。それはないと思うよ」

検察官「終わります」

「入ったらもう悪いことせんで済むけんね」

人の良さそうな老人は悪気なく淡々と質問に答えていく。裁判官から「僕のこと覚えています?」と聞かれると「あんた?顔?全部は覚えとらんな」と答え、「僕、前の時も担当したんですよ」と言われると「うんうん」と笑顔で返した。

喫茶店でなぜママに珈琲をおごったりしていたのか問われると「そりゃぁ、俺だけ飲むの悪いと思うけんな。お金がある時はおごってあげる」と答えた。お金のコントロールさえ出来れば悪いことをしないで済む、根は良い人なのだろう。

裁判官「刑務所に入りたくない気持ちはあるの?」

被告人「そりゃぁ、入りたくないよ。ちょっと怖いなぁと思う。捕まってから着替えを取りに帰りたいって言っても取りに帰らしてくれんのよ。だから今日もこの服、警察署に借りとるんですよ」

最後に「今回、刑務所に入らないといけないのはわかる?」と聞かれると老人は少し力が抜けたように答えた。

「入ったらもう悪いことせんで済むけんね」

大分地裁は拘禁刑6月の実刑判決を下し、老人は前刑と合わせ1年6カ月、刑務所で暮らすこととなった。

文/田辺朋之 内外タイムス