対岸の船着き場からポンポン船(小型船)に乗り、ものの3分もすれば“売春島”だ(写真:著者提供)

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 三重県志摩市東部に広がる的矢湾(まとやわん)。入り組んだ海岸線が広がる中に、空から見ると"ハート形"をした島が浮かんでいる。その島の名前は渡鹿野島(わたかのじま)。現在は「恋人の聖地」にも認定されている同島には、長らく続いた仄暗い伝統があった。

【写真を見る】娼婦たちが暮らしたアパート、売春斡旋の場となった「置屋」

 人呼んで"売春島"。かつてはパブやスナックを装った"置屋"と呼ばれる売春斡旋所が多数立ち並び、最盛期の1980年前後には100人とも言われる娼婦がいたという。

 2017年に刊行されたノンフィクションライター・高木瑞穂氏(Xアカウント:@takagimizuho2)の著書『売春島「最後の桃源郷」渡鹿野島ルポ』(彩図社、2019年に文庫化)でにわかに脚光を浴び、アングラ界隈の外側へとその名が知られることとなった。2024年からは、高木氏原作のコミック『売春島1981』(大洋図書)も配信されている。

 売春島はなぜここまで人々の関心をひくのか。それは、剥き出しにされた人間の"欲"と、この上なく残酷な"搾取の構造"が存在しているからだろう。

 メグミもこの島に売り飛ばされた女性の1人だ。1995年8月、メグミはこの島から一人で泳いで逃げた。彼氏に騙され、200万円で売られた末の脱出だった。同書より、その経緯を一部抜粋して紹介する。【全5回の第1回】

旅行先で私は突然"売られた"

「メグミ、今から旅行に行かへんか」

 地元(愛知県)の居酒屋でナンパされて付き合った彼氏の武井(仮名)に誘われこの島に来たのは、7月の暑い日だった。三重県志摩市、ワタカノシマ。初めて聞く名前の島だった。

 『N』旅館に入り、美味しい料理を食べているさなか、彼は「ちょっと待って」と言い残したきり帰って来ない。20分後、部屋に入ってきた女将さんが言った。

「アンタ、今、200万で売られたから」

 わけも分からずその場でへたり込んだ。

助けを呼ぶ手段もない

 そう、私は売られた、大好きだった彼氏に騙されて。これから毎日、私はここでカラダを売って200万を返済しないといけないらしい。女将さんは言った。

「ショート2万、ロング4万。ショートは60分。ロングは泊まりで夜11時から朝7時まで。半分はあなたのものだから」

 200万返すには、ロング2万を100日。冗談じゃない。

 助けを呼ぶにも、島には公衆電話も見当たらない。もちろん携帯電話なんて持ってない。誰かが警察に捜索願いを出さない限り、私はここで売春するしかないのだ。自発的に働きに来ているコは島の外に出られるけど、借金がある私に自由はない。船着き場は、いかにもヤクザ風の男たち2人に見張られていた。

 私と同じ手口でホストに売られて来たコは、「ウチは騙されてない。すぐに迎えに来てくれる」と、ずっと嗚咽していた。泣いたってしょうがないのに。

 しかし許せないのは、女将さんではなくあの野郎だ。優しく近づき私を売った武井。200万も、私が作った借金じゃないのに。

 船がダメなら泳いで逃げるしかない──。

 めぼしい場所は人影のないここしかない。地図上では対岸まで500メートル。プールでしか泳いだことがないけれど、水泳は少しだけ自信がある。泳げる。絶対に泳いでみせる。

 外部との連絡手段がないここで、旅館の2階廊下の隠れたところに、1台だけピンクの電話を見つけたことが引き金となった。私は思わず暴走族をやってる男友達に電話した。

 これは、1995年8月15日、当時17才だった少女が"売春島"から泳いで逃げた回顧録である。

母親のようだった女将

 メグミの告白から想起されるのは、凶暴凶悪なこの島の内情だ。彼氏に騙され、ホストに売られ……魑魅魍魎たちが蠢く実態が浮かび上がる。

 女を口八丁手八丁で島へと誘い、カネと引き換えに売り飛ばす。待っているのは軟禁状態で宴会に駆り出され、オヤジたち相手にカラダを売る日々。借金が終わるまでは島の外には絶対に出られない。

 しかし、幼い頃から親との軋轢に悩まされていたメグミは、女将さんのことを「本当のお母さんのような存在になりつつあった」と言った。

 島に来て1か月ほど経った8月7日、メグミは18才の誕生日を迎えた。女将さんはショートケーキとプレゼントの指輪で細やかにお祝いしてくれた。友達にも、親にも祝ってもらったことなど久しくなかったのに。

 単純に嬉しかったメグミは、このときばかりは「ここにいるのも悪くないな」と真剣に考えたという。

 しかも、女将さんから本当の親のような愛情に触れたメグミは、脱走劇を演じたにも拘らず数年後、自ら女将さんに電話をかけ、「メグミちゃん、元気? 最近不景気で困っているのよ。いつでも戻ってきていいから」と再び優しさに触れると、またあの海を「渡ってしまうかもしれない」と思ったと吐露している。

 この告白からは、死ぬ想いをしてまで泳いで逃げた一方、この島で過ごした日々への愛着も捨てきれずにいた複雑な想いが伝わってくる。確かに騙されてこの島に来たが、住めば都ということか。

 恨み辛みは武井に向けられているだけで、女将さんや"売春島"に対してではないのだ。

 旅行先で突然「売られる」という衝撃的な体験をしたメグミの証言を通じ、"売春島"の実態が少しずつ見えてきた。

 第2回では、女性を島に送り込んでいた側の視点を取り上げる。巨大闇金グループの元幹部が、借金を抱えた女性を女衒に売り渡していた手口を語った。

(第2回につづく)