「大手ほどユルいんだよ」“あまりのビッグネーム”に逃げだす地面師も…《被害額55億円》「積水ハウス地面師詐欺事件」を手掛けた「主犯格の胆力」〉から続く

 主犯格のカミンスカスに対し、積水ハウス側から「名前を一文字でいいから変えてほしい」と偽名の作成依頼があったという衝撃の証言。2017年に起きた「積水ハウス55億円詐欺事件」の裏で、いったい何が行われていたのか?

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 積水ハウスの異様な企業文化と、巨額詐欺が成立してしまった闇の深さに迫る。ジャーナリストの河合桃子氏の新刊『地面師連絡役カトウ: 積水ハウス55億円詐欺事件、ある実行犯の告白』(小学館)より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/最初から読む)


地面師たちに狙われた「海喜館」の土地(写真:筆者提供)

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地面師グループが犯した「ミス」

 長谷川は「晴海のマンション」に住んでいる“設定”になっていたが、番地や部屋番号を間違えて書いたのだ。見かねたカミンスカスが「あなたはこれを見ながらじゃないと書けないでしょう」と晴海のタワマンの物件を表示したスマホ画面を見せて住所を書かせた。

 宮田の突然の不在、さらに住所を間違えるといったトラブルまでありながら、それらをやり過ごし、契約を次のような手順で行うことが約束された。

(1)地主とA間で、4月3日付で交わした売買契約を解除する。

(2)地主からAが本件不動産を60億円で購入する売買契約を締結し直す。

(3)Aが積水ハウスに70億円で売却する。

(4)支払いは契約と本決済の2回に分けて行う。1回目は契約日の4月24日に14億円、残金の約56億円は7月31日に、それぞれ積水ハウスが地主とAに支払う。

 こういった契約内容の重要な打ち合わせを終えた後のことである。服役中のカミンスカスの手紙には、会議室を出た廊下でこんなやりとりがあった、と記されている。

積水ハウスのC営業次長とAから「小山操さんではコンプライアンスに引っかかるので名前を替えて下さい。」と言われ、森川の会社の名刺で小山武という名前で作りました。この名刺は世の中に積水ハウスしか持ってません。私は一切他では使ってません。》(25年9月11日消印)

 なぜ、偽名の名刺を作るように言われたのかについてカミンスカスに再度問うと、このような答えだった。

《私が2010年に法人所得税法違反で受刑し、“脱税王”とネットに出て来るからだそうです。》《別の会社名ではなく「“小山操”を一文字でいいから変えてほしい」と言われました。》(25年9月25日消印)

 一体どういうことなのか。この件についてカトウにも聞いた。

「それは俺も当時、小山さんから聞いていた。積水との取引で小山さんの名前でサインする場面はないが、積水は名刺を重宝する文化が根強く、ネットなどで前科が出てくる相手と取引すること自体をよしとしないからって偽名の名刺を作って渡し直してほしいと言われたと。今では『無罪だ冤罪だ』と嘘ばっかり言ってる小山さんだけど、当時、俺らの仕事上ではあまり嘘をつかれた覚えはないですね」

 これまでの報道でも「小山操は小山武という偽名を名乗っていた」などの記述はあるが、それが積水ハウス側からの依頼だったという証言は、あまりに謎めいている。

「さすがに積水を騙せないだろ」

 積水ハウスとの商談後、カミンスカスと長谷川はカトウと運転手の岡田が待ち受ける車に合流した。

「なんか話が先に進みそうです」と長谷川から報告を受けたが、カトウはまだ疑心暗鬼だったという。

「俺はまだ『さすがに積水を騙せないだろ』って気持ちでいたし、騙した後どうなるかなんて想像もしてなかった。現実味がなかったし、後先なんて考えてなかった」

 そう感じるのも無理はないのかもしれない。Aや積水ハウスと話が進む中、翌4月21日には積水ハウス以外の商談相手と土地を担保にした融資の商談をしているからだ。

 カトウの検面調書にはこうある。

《4月20日午後4時41分に、浅川が長谷川に明日11時新橋駅のいつもの喫煙所にお願いします! 加東さんから連絡ありましたとのメールを送っていますが、このメールから、浅川が長谷川を4月21日午前11時に新橋駅に呼び出していることが分かります。

 この時期の新橋駅への呼び出しは土井会長からの指示によるものでしたので、私は、土井会長から電話で長谷川を呼び出す日時場所の指示を受け、それを松田に電話で伝えて許可を取り、それから浅川に伝え、浅川から長谷川に伝えてもらったものだと思います。》

 カトウが振り返る。

「この4月21日も、どの商談相手かまったく覚えてない。でもおばちゃん(浅川)のメールが残ってるならどこかに行ったはず。一番手の積水と契約が決まったって関係なしに商談は常にしてたし、新たな客が付くたびに長谷川を動かしていた。二番手とかの番手関係なしに、より多くの相手から金を多く引っ張るのが俺らの仕事だから」

現実感なき5億円の小切手換金

 この日の朝10時、積水ハウス東京マンション事業部では売買契約書が結ばれた。前述した(1)〜(4)の手順を進めるという契約だ。

 ここで長谷川は改めて、偽造パスポートと偽造の権利証の原本、印鑑登録証明書と住民票の原本を提示している。この後、積水ハウス側がこの偽造の権利証の原本を見ることは二度となかった。

 Aと積水ハウスの司法書士も偽造品には気づかなかった。さらにこの日、積水ハウスとAの司法書士により東京法務局品川出張所で仮登記も行われた。権利証は仮登記申請手続きには添付不要なため、申請は難なく受理されたのだ。

 14億円のうちの12億円がAに小切手で交付され、長谷川の手に渡される。残り2億円はA名義の口座に振り込まれた。

 カトウを乗せた岡田のベンツは、積水ハウスの西新宿・ホウライビルでの打ち合わせの際はいつも「京王プラザホテル」前の「議事堂通り」に路駐していた。ここから記す手付金や本決済時の動きは、カトウは刑事には一切語らなかったことである。

 車内には、今日手にするであろう12億円分の小切手を換金した際に詰めこむ白い無地の手提げの紙袋5セット。それぞれ紙袋の底が抜けないよう二重に重ねられていた。

 そこへ長谷川が12億円の小切手を手に車内に戻ってくる。岡田は約3週間前に作った「エビサワサキコ」名義の口座を通じて現金化すべく、大崎駅の地方銀行の支店へと車を走らせた。

 いつもは現場には現れない土井も、銀行前で合流することになっていた。金が手に入ったことを確実に見守り、土井自らの手で持ち帰るためだ。カトウが言う。

「地面師関係の金はみんなが奪い合う戦争みたいなもん」

「誰がいつ金を横流しにするかわからないからね。地面師関係の金はみんなが奪い合う戦争みたいなもんですからね」

 金が口座に入ったとしても、いつ口座が凍結されるかわからない。出金するまでは安心できない。

「地面師詐欺では口座が凍結されて金を出せなかったケースが何度もあるって聞いたことがある。この時は金額も大きいし、何かトラブった時に対応するためにも土井会長が出てきたんでしょう」

 岡田が運転するシルバーのベンツが大崎駅の地方銀行の支店に着くと、土井を乗せたセンチュリーが路駐し待機していた。「シルバーのベンツと黒のセンチュリーが縦列駐車してるなんて、いかにも怪しいですけどね」とカトウは笑ったが、現場での作業は速やかに進んだ。

 長谷川と岡田で店内に小切手を持ち込み、ものの数分で1億円ずつ詰めた紙袋が5個、銀行員と岡田によって車に詰め込まれた。この銀行員は、おそらくただ手伝わされただけで何も知らないのだろう。

現金入りの白い袋を見て「おー、すげえ」

「金を積んだのはもちろん土井会長が乗るセンチュリー。長谷川さんは品川駅かなんかで降ろし、俺らはそのまま土井会長の事務所に向かった。その時の俺は、次々と車に運ばれる現金入りの白い袋を『おー、すげえ』と高揚した思いで見つめながらも、まだやっぱどこか現実感はないままだったと思う」

 そうして事務所に戻り、カトウが土井から渡された現金は1000万円。それらは自ら使うことなく、借金をしていた知人などに返済してなくなったという。

 換金したのは5億円で、まだ7億円が残っている。

「俺はこの大崎駅の地方銀行の支店にしか同行していないし、それ以外の7億円がどういうルートで換金されたかは知らない。おそらく24日中に全額換金できていないはず。そんな金額を一気に換金するのは不可能だから」

 カトウが関わっていない口座からの出金をめぐる証言については後述するとして、一旦話を先に進めたい。

 積水ハウスから12億円(Aが受け取った金額を合わせれば計14億円)を騙し取り、本決済でさらなる巨額の金を手にしようとする局面でありながら、地面師たちはまだ別の獲物を探していたし、この土地を利用しようとする新たな地面師も登場するのだ。

 5月上旬、カトウは松田からこんな連絡を受けた。

「先生」と呼ばれるナゾの中堅地面師

「“先生”がお客さんを付けるから、地主(長谷川)を赤坂のコージーコーナーに連れて行ってくれ。地主だけが先生と話をしても、何の話かわからないだろうから、お前も一緒に聞いてやってくれ」

 松田が“先生”と呼ぶのは、かつて地面師詐欺で警視庁捜査2課に逮捕され受刑歴もある中堅地面師の野村和義(仮名)である。野村は松田のもとに海喜館の土地の融資詐欺バナシを持ちかけたのだ。野村が探してきた客なので、カミンスカスが出る幕ではない。

 カトウも野村とは面識があり、松田が言う「話を聞け」とは、「お前が前周りをしろ」という意味でもある。カトウはそれまで連絡役として土井や長谷川と連絡を取り合ったり、「道具」を保管する役割に不満はなかった一方で、「前周り」はしたくないと考えていたが、“兄さん”の指示を断れなかった。

 カトウは指示された日時に長谷川と、指定されたコージーコーナー赤坂店へ向かった。そこで落ち合った野村は挨拶もそこそこにこう説明した。

「海喜館の不動産を担保に宝石商の借主が4億円を金融機関から借り、半分の2億円を俺(野村)、松田、カトウ、長谷川が謝礼として受け取れる。返済は借主が4億円全額払う。ちゃんと返済すればいいだけなので事件にならない」

 カトウはその話を聞き、宝石商になんのメリットもない無茶苦茶な話だと思ったが、数日後に松田から長谷川を連れて赤坂エクセルホテル東急の喫茶室に行くよう指示された。

「そこには野村以外に高齢の男性と女性がいて、女性は自らを宝石商と名乗った。俺は特に何も喋らなかったけど、野村が勝手に俺を地主(長谷川)の親戚だと紹介してた。あの高齢の男性も女性も正直、何者だったのかはわからない」

まだまだ続く「怪しい商談」

 カトウが想像するに、おそらく高齢の男性も女性も地面師のような詐欺師で、野村と手を組んで金融機関から金を引っ張る相談でもしていたのだと考えられる。とはいえ想像に過ぎず、いまいち話を掴めないまま長谷川と別れた。

 この怪しい商談の続きもまた興味深い。

〈「中を見るとゴミだらけ」「近所の人がいつ通報するかもわからない」《積水ハウス地面師詐欺事件》「地主不在の内覧会」はなぜ成功した?〉へ続く

(河合 桃子/Webオリジナル(外部転載))