元厚生労働相で公明党副代表など務めた坂口力氏が死去、92歳…細川内閣で公明党初の閣僚に
厚生労働相や公明党副代表などを務めた元衆院議員の坂口力(さかぐち・ちから)氏が7日、老衰のため高松市で死去した。
92歳だった。葬儀は近親者で済ませた。公明党が12日、発表した。
三重県出身で、同県立大(現・三重大)大学院医学研究科を修了し、医学博士号を取得。1972年の衆院選で旧三重1区から初当選し、通算11期務めた。
93年8月に発足した細川内閣で、公明党初の閣僚の一人として労相に就任した。自民党などとの連立政権発足後の2000年12月には、第2次森改造内閣の厚相兼労相として再入閣。01年1月の中央省庁再編に伴って初代の厚労相となり、小泉政権途中の04年9月まで務めた。
01年5月、国がハンセン病国家賠償請求訴訟に敗訴すると、当時の小泉首相に控訴断念を迫って決断を引き出し、その後、療養所を訪れて元患者らに謝罪した。党では政策審議会長や税制調査会長を務め、税制、社会保障などを巡る政策決定に影響力を発揮した。
12年の衆院解散を機に政界を引退。公明の竹谷代表は12日、「どこまでも民衆に寄り添い抜かれた姿は、後進の者が永遠に範とすべき道標になっている」とのコメントを発表した。
