「ずっと一緒にいたいから、動けなくなる呪文をかけたんだ」妻と娘を10年介護する湘南の僧侶がたどり着いた“幸せの形”

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「ずっと一緒にいたかったから、動けなくなる呪文をかけたんだよ」。10年前の出産で妻、そして娘は重度の障がいを負い、車いすで生活している。ふたりを介護し続ける僧侶・荒木貴弘さん(44)が行き着いた優しいファンタジー、仏の教えと救いとは?(前後編の後編)

【画像】家族や周りの人の話をすると自然と優しい表情になる副住職の荒木貴弘さん

仮死状態で抱っこした娘につけた名前

神奈川県の藤沢駅から車で約10分。萬福寺の副住職である荒木貴弘さんは、重度の障がいを負った妻・明里さん(50)と愛娘・朝咲(あさひ)ちゃん(10)のケアをしながら、ともに暮らしている。

10年前、出産中の明里さんは約2万~3万分娩に1例ともいわれる羊水塞栓症に。低酸素脳症となり、脳細胞に損傷を受けながら朝咲ちゃんを出産した。ふたりとも、生命の糸が今にも切れそうなほどの緊急事態だった。

「医師からは『一刻も早く、出生届を出してください』と言われました。その後、仮死状態で誕生すると『これで最期になるかもしれないので抱っこしてあげてください』とも言われました」

『朝咲』と名付けた理由を尋ねると、

「出産前、妻と『どうする?』って言いながら、ノートに子どもの名前の候補をたくさん書いていました。でも決まらなかった。でも急ぎで出生届を出さなきゃいけなくなって。僕ひとりじゃ決められない中、そのノートをパッと開いたら、ひとつだけ〇の印がつけられていたんです。

『これか』『そうか、明里はこの名前にしたかったんだな』と思い、『朝咲』に決めました」

どんな深く暗い夜でも、朝は必ず来る。それを知っていれば、どんなに深い闇でも進んでいける。

「昔の政治を司るところを『朝廷』って言いますよね。その朝です。朝っていう漢字には『人が集う』って意味があるんです。そして『咲』には『笑う』という意味もある。

人が集うところで、笑みを作っていく人になってくれるんじゃないかなって。もちろん、本人も笑顔になっていける人になってくれたら」

現在、朝咲ちゃんは小学4年生。歩くためのリハビリも続けている。筋緊張が高くなりやすく、その状態が続くと背骨が曲がって車いすにうまく乗れなくなってしまうため、筋緊張を弱めてリラックスすることが、目標のひとつとなっている。

「妻と娘の介護で毎日、(ベッドや車いすの)上げ下げをしていると、自然と筋トレになっている感じですね。娘は今、25kgあるので」

「湘南の住職なんで365日海パン履いてます(笑)」

ふたりのケアをしながら、副住職としての務めも果たす日々は10年になる。生活の中で大変なことを尋ねると、

「どこが大変かって、全部じゃないですか。ふたりの身体は大きく、重いですし。やっぱり、それが生活なので。あとは、どこの家庭にもあることでしょうけど、娘が言うことを聞いてくれないってことですかね(笑)」

ありふれた父親としての困りごとも挙げてくれた。

「朝咲は子ども番組が好きなんですが、『何見たい? これ?』って出すと『うーーーーん』って言うので、違うんだなとわかる。『じゃあ、これ?』って見せると、手を挙げる。正解なやつです(笑)。

番組中も、好きなキャラクターの出演が終わると『そこは飛ばせ』みたいな感じで『うーーーん』って言ってきて。それが延々と繰り返されたりもしますね(笑)。

お風呂は毎日一緒です。ヘルパーさん、もしくは義母がついてくれるので、海パン着用は必須。この10年で3着くらい、はきつぶしましたね。海には一度も行っていないんですけど(笑)。

なので、自己紹介するときに、『湘南の住職なんで365日海パンはいてます』なんて言ってますよ(笑)」

両親、医師、訪問看護師、介護士、ケアマネージャー、ヘルパー……たくさんの人の支えによって、3人暮らしができていると貴弘さんは話す。

「ヘルパーさんが帰って、2人を寝かしつけたあと、ふと肩の荷がおりるような瞬間は、やっぱりある。

お酒を飲みながらイヤホンでケツメイシの『ライフイズビューティフル』を聞いたり、勉強も兼ねて他のお坊さんの法話を聞いたり。

週に2回、月曜と水曜の日中に明里はデイサービス、朝咲は学校に行っているので、ひとりの時間ができます。

料理は僕がやっているので、まずは食材の買い出しですね。そして近所のおいしいパン屋さん、焙煎にこだわるコーヒー店、クラフトビールを販売するお店などに立ち寄ることがリフレッシュになっていて、今日は『2人にこれを作ろう』と思いながら、『俺はこれをツマミにしてビールを…』なんて考えるのも楽しみのひとつです(笑)。

3か月に1回くらい、ふたりは3泊程度のショートステイに行くので、その日は先輩や友人、同じ障がいを持つ親仲間で飲みに行ったりもしていますよ」

妻に語りかける呪文の話

この10年の介護生活の中で、学んだこと、気づかされたことはたくさんあるという。

「妻に『どうしたい?』って聞いても明確な答えは返ってきません。だから、相談はできないんですよね。そんな中で、周りにいる人に、『つらい』『こういうことで悩んでいる』とかはなるべく言ったほうがいいし、すぐ言ったほうがいい。ひとりでため込むと、だいたい変なこと考えていますから。

毎日、いろんな年代のヘルパーさんに来てもらっているので『昨日、こんなことがあって困っちゃったんですよ』はもちろん、『昨夜、ちょっと飲みすぎちゃって(笑)』なども話しています。それを聞いてくれるだけで支えになるし、一緒に笑ってくれるだけで支えになっています」

朗らかに明るく話してくれる貴弘さんだが、割り切れない思いも抱えている。

「羊水塞栓症は約2万人にひとり。つまり0.005%くらい。でも僕らの人生は1度きり、そしたら100%じゃないですか。パーセントや数字ではなかなか納得することはできない。

でも、そうではないところ……空想やファンタジーから生きる力をいただくことって絶対にあって」

貴弘さんは、明里さんにこんな話をするのだという。

「『身体、動かないだろ? でもそれは俺が明里とずっと一緒にいたいから、呪文をかけたんだ』って(笑)。

『でも俺がまだ未熟だから、呪文が効きすぎちゃった。ただ、俺と一緒にずっと生活していれば、いつかその呪文を解く方法を習得できるかもしれないからさ。そのときまで一緒に頑張ろうな』って。

昔から本や漫画が好きで、そこから勇気や希望をもらったこともありました。空想やファンタジーは、現実から目をそらして、逃げているんじゃなくて。そこから目の前のことに向き合う力をいただくこともできるんです」

僧侶である貴弘さんは、それは仏教にも通じるのだと教えてくれた。

「『お釈迦様が山の上から瞬時に現れました』に対し『でも空想でしょ?』ではなくて。そこに流れている精神、そしてそれを大事だと感じ、語り継いできた人たちの精神が詰まっているのがお経なんです。

また仏教の教えには『完璧な人間なんていない』というものもあります。日本には障がい児がたくさんいる中で『親が亡くなった後、どうしていくか』は課題だと思っていますし、障がい児の親が絶望するんじゃなくて、社会全体で受け止めていくような土壌はあってほしい。そういったことの何か力になれたらとYouTubeにも出演しました。

でも『こんな辛い状況でも、私はこの子を愛さないといけない』とかではなくて。僕だって思うこと、ありますもん。『もし、ふたりに障がいがなかったら楽だったかもしれない』とか。どこか不純な愛であろうとも、愛は愛。それでいいんじゃないかな、と思うんです」

最後に荒木さんに「今、幸せと感じるか?」と問うと、笑ってこう答えた。

「うん。自分が思ってた幸せとは違う形の幸せを2人からもらっていると思います。そういう意味で言うと、幸せですね。妻と娘、それと支えてくれているいろんな人たちが幸せを教えてくれてると思います」

生活は綺麗ごとだけでは回らない。それでも、効きすぎている呪文が解ける日がこの先、訪れてほしい。3人での温かな日々がいつか花を育て咲かせるはずだ。

取材・文/池谷百合子