【A4studio】「抹茶は中国発祥」と主張も…世界的ブームで中国が「抹茶産業」を急拡大、日本は「ブランド価値」を守れるか
世界中でブームとなっている“MATCHA”。
アメリカやヨーロッパでは抹茶ラテや抹茶アイスが定番となり、日本を訪れる外国人観光客がお土産として買い求める姿も珍しくない。国内では品薄や価格高騰が起きるほど、その人気は過熱している。
そんな世界的ブームの裏で存在感を急速に高めているのが中国だ。
一部報道によると、中国の2025年の抹茶生産量は1万2000トンを超え、世界生産量の約7割を占めるまでになっているという。各地では「中国抹茶の都」といったキャッチコピーを掲げる自治体も現れ、「抹茶発祥は中国」とアピールする動きも活発化しているのである。
では、この主張は歴史的にどこまで正しいのか。世界中で親しまれている“MATCHA”は、日本のブランドとして維持できるのだろうか。
今回は、静岡県立大学茶学総合研究センター長、食品栄養環境科学研究院特任教授の中村順行氏に解説していただいた。(以下「」内は中村氏のコメント)
「抹茶生産」で存在感を増す中国
中国が世界の抹茶生産量の約7割を占める――。こうした数字が報じられるようになったことで、日本の抹茶産業への影響を懸念する声もネット上では広がっている。
しかし中村氏は「実は、この数字は慎重に見る必要があります」と指摘する。
「現在、日本にも中国にも『抹茶』単体の公式な生産統計はありません。そのため、『世界の7割』という数字も、各工場の生産能力や輸出量などを積み上げた推計値であり、厳密な統計ではないのです」
そもそも「抹茶」という言葉自体が統計上あいまいな存在だという。
「一般的に抹茶は、日光を遮って育てた茶葉を揉まずに乾燥させた“碾茶(てんちゃ)”を、石臼などで挽いて粉末状にしたものを指します。一方で、市場には煎茶を粉末化した“粉末茶”も多く流通していますが、輸出統計では両者が区別されていないケースも少なくないのです。日本の輸出統計でも、抹茶と粉末茶の両者を『粉末状のお茶』としてまとめられています。本来の意味での抹茶がどれだけ含まれているのかは、数字だけでは判断できません。
また、中国側にも公式な抹茶統計はなく、生産量は推定値にすぎません。さらに、碾茶から実際の抹茶へ加工する際には歩留まりもあるため、『碾茶の生産量=抹茶の生産量』とも言えない。『抹茶』として流通している商品のなかには、本来の意味での抹茶ではないものも少なくないのです」
中国の生産拡大は、日本にどのような影響を及ぼしているのだろうか。
「実は、日本への影響はまだ限定的です。本格的に変化が見え始めたのはここ2〜3年ほどで、特に昨年から急速に存在感が増してきました。今年に入って、その影響がさらに顕在化し始めている印象を受けます。
中国が本格的に抹茶生産へ参入したのは2015年頃とされ、その歴史はまだ10年ほどしかなく、そのため現時点で『日本の抹茶産業が中国に置き換わった』という状況ではありません。ただ、世界的な需要が拡大するなかで、中国の供給力が急速に高まっていることは間違いない。今後、市場への影響はさらに大きくなっていく可能性があります」
「抹茶は中国発祥」は本当なのか
近年、中国では「抹茶は中国発祥」という発信が目立つようになっている。この主張はどこまで正しいのだろうか。
「結論から言えば『発祥は中国』という説明自体は間違いではありません。ただし、抹茶をどう定義するかで答えは変わります。現在、世界で“MATCHA”として親しまれているものと、当時の中国で飲まれていた茶は同じものではないのです。
中国では唐代に茶葉を粉末にして飲む喫茶法が生まれ、宋代には茶を湯で点てる“点茶”の文化が確立しました。鎌倉時代に僧侶・栄西が日本へ伝えたのも、この点茶文化です。しかし、当時の茶は渋みが強く、現在のような“おいしい抹茶”ではありませんでした」
では、日本で現在の抹茶はどのように育まれていったのだろうか。
「まず、安土桃山時代には千利休によって茶道が大成され、抹茶は単なる飲み物ではなく、精神性を重んじる“茶の湯”という文化へと昇華されました。そして江戸時代になると、茶葉を直射日光から遮って育てる“覆下(おおいした)栽培”が確立されます。この技術によって渋みが抑えられ、いまの抹茶の旨味の強い茶葉を作れるようになりました」
一方、中国では宋代以後に、点茶文化そのものが姿を消した。
「皇帝への献上品でもあった点茶は製造工程で非常に手間がかかるため、やがて茶葉をそのまま淹れる“散茶”が主流となり、点茶の文化は途絶えました。つまり、中国には抹茶文化のルーツがありますが、その文化は一度途絶えています。一方、日本では伝来した点茶文化が受け継がれ、独自の進化を遂げました。現在の“MATCHA”は、その日本での積み重ねの上にあるブランドなのです」
「抹茶は中国発祥」という表現は歴史的には誤りではないものの、世界で高く評価されている現在の“MATCHA”は、日本が栽培技術や茶道を通じて独自に磨き上げてきた文化の上に成り立っているブランドということだ。
中国が狙うのは世界のMATCHA市場
では、中国はなぜ今、これほどまでに抹茶産業へ力を入れているのだろうか。中村氏は、その背景には、中国が進める「ブランド戦略」があるとみている。
「おそらく大きな転機になったのは、2013年頃から始まった“一帯一路”構想です。中国は農産物や工業製品を含め、自国のさまざまな産品を世界ブランドとして発信する政策を進めてきました。抹茶もその流れのなかで育成されている産品の一つだと考えられます。
そして、その狙いは輸出拡大だけではないでしょう。中国では都市部と農村部の経済格差が大きな課題になっています。そのため、各地で地域ブランドを育て、地方経済を活性化させる取り組みが進められています。実際、『抹茶の都』を掲げる地域では、博物館や観光施設を整備するなど、抹茶を軸にしたブランドづくりが行われています」
だが、中国が目指しているのは、日本市場でシェアを奪うことではないと中村氏は分析する。
「日本に対抗するというより、アメリカやヨーロッパを見据えた世界戦略と考える方が自然です。海外で流通する抹茶の多くはラテやアイスクリーム、スイーツなどの加工用で、本格的に茶筅で点てて味わうものとは用途が異なります。世界の消費者が求めているのは、鮮やかな緑色や健康的なイメージ、日本文化を感じさせる雰囲気であり、必ずしも味そのものではありません」
要するに中国が狙っているのは、日本の茶道文化そのものではなく、世界中で需要が拡大している“MATCHA”というブランドの市場なのだという。
量では勝てない、日本が守るべきブランド
世界的な“MATCHA”ブームが続くなか、日本のブランドをどう守るかも大きな課題となっている。その有力な手段として期待されるのが、ワインやチーズなどでも採用されている地理的表示(GI)制度だ。
「日本茶でもGI登録が始まりましたが、まだ制度として十分に機能しているとは言えません。実際、2020年には『西尾抹茶』が一度GI登録の申請を取り下げた事例もあります。
GIによって“本物の抹茶”を厳密に定義すると、市場で多く流通している加工用抹茶まで対象外になってしまう可能性があります。文化的価値を守ることと、市場で流通する商品の実態との間には、難しいバランスがあるのです」
だが、中村氏はブランドを守る取り組みそのものは欠かせないと強調する。
「日本は価格や生産量では中国に勝てません。中国は生産の機械化や大規模化が進み、同じ時間でも日本の数倍の量を生産できる体制があります。量や価格で競争すれば、日本に勝ち目はありません。
そして課題は、生産量だけではないのです。海外では『宇治抹茶』のように、日本を連想させる名称の商品が販売されても、その使用を法的に止めることは容易ではない。使用をやめるよう訴えたとしても、『会社名です』『ブランド名です』といった形で抜け道が生まれることがあります。だからこそ、後から対応するのではなく、日本側が先に商標や知的財産として権利を確保しておくことが重要だと考えます」
では、“MATCHA”というブランドの価値を、日本はどう守っていけばいいのだろうか。
「やはり『本物』であることをブランドとして確立し、それを法的にも守ることです。日本には長い年月をかけて培ってきた栽培技術や品質、そして茶道に代表される文化があります。量ではなく、本物の香りや品質、文化的な価値で勝負する――。その価値まで含めて評価されるブランドを築いていくことが、日本の抹茶がこれからも世界で選ばれ続けるために最も重要だと考えています」
(取材・文=逢ヶ瀬十吾/A4studio)

