(写真提供:講談社)

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文芸評論家で、2025年の『第76回NHK紅白歌合戦』ではゲスト審査員も務めた三宅香帆さんは、昭和から令和にかけてヒットした小説やドラマ、映画から「ディスコミュニケーションにあえぐ『夫婦』の姿」が見えてきたといいます。そこで今回は三宅さんの著書『「夫婦」不在社会』より一部を抜粋し、現代日本の物語が浮き彫りにする「夫婦」の不在という問題に切り込みます。

【写真】三宅香帆さん「日本を席巻した物語が浮き彫りにする問題ーー『夫婦』の不在」

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夫婦の不在

『君たちはどう生きるか』『街とその不確かな壁』そして『【推しの子】』

父がいなくなった物語

コロナ禍も終わりを迎えかけていたある年。不思議な現象が起きていた。2023年のことだ。

その年のアニメジャンル作品の年間配信再生数ランキング1位になったのは『【推しの子】』だった(ABEMA調べ)。

興行収入ランキング1位になったのは『THE FIRST SLAM DUNK』だった(日本映画製作者連盟調べ)。

年間ベストセラー単行本文芸書1位になったのは『汝、星のごとく』だった(トーハン調べ)。

『【推しの子】』『THE FIRST SLAM DUNK』『汝、星のごとく』。

この3作品にはある共通点がある。

実は、どれも主人公の母親が「シングルマザー」なのである。

母親がシングルマザー

原作赤坂アカ・作画横槍メンゴの漫画『【推しの子】』を原作としたアニメ『【推しの子】』は、第1話を映画館でも公開するなど宣伝手法とともに話題になった。

本作は、その名の通り主人公が「推し」のアイドルの子どもに転生する物語である。アイドルのアイは主人公を、シングルマザーとして出産することになるのだ。とくに映画館でも公開されたアニメ第1話において、母の愛は強調される代わりに、父はぽっかりと不在となっている。


『「夫婦」不在社会』(著:三宅香帆/講談社)

あるいは井上雄彦の漫画『SLAM DUNK』を原作に井上雄彦自らが監督した『THE FIRST SLAM DUNK』。本作の主人公となる宮城リョータの母も、シングルマザーである。

父だけでなく、兄をも亡くしたリョータが、どのように母、そしてバスケと関係を築くのか。この点が映画のひとつの重要なカタルシスを生んでいる。

2023年のエンタメ界において

そして凪良ゆうの小説『汝、星のごとく』は、本屋大賞も受賞し、2023年を代表するベストセラーとなった。昨今「毒親」と呼ばれるような、子どもを傷つける親との関係を描いた小説である。

主人公・暁海の父は浮気をして家を出て行った。そのため彼女は母とのふたり暮らしになってしまった。一方、最近暁海の住む島にやってきた櫂もシングルマザーの家庭で、彼の母は男性に依存している。

父のいない家庭で、母をケアする高校生のふたりが、支え合ううちに惹かれていく、というのが序盤の展開である。

『【推しの子】』『THE FIRST SLAM DUNK』『汝、星のごとく』という2023年のエンタメ界を席巻した3作品は「シングルマザー物語」なのだ。2023年のエンタメ界において、父は不在だった。

「父は不在である」という状況

問題はここからだ。あなたはこの事実に今まで気づいていただろうか? ぶっちゃけ私がここで強調しないと、「父は不在である」という状況に気づかなかったのではないだろうか?

つまり私たちはシングルマザーの物語に慣れ切っている。

これはどういうことだろうか?

誤解しないでほしいのだが、私は決して現代の父親が育児参加していないからだなどと言いたいわけではない。文芸は現実ではない。私の周囲の父親は超絶・育児参加している。そういうことではなくて、ここにあるのは、「不在」の問題なのだ。

※本稿は、『「夫婦」不在社会』(講談社)の一部を再編集したものです。