日本の海水浴場では客が9割減なのに…ヨーロッパでは老若男女がビーチに押し寄せる意外な事情
40年前とくらべて9割も減少した海水浴客
夏のレジャーといえば、定番はなんといっても海だった。1980年代や90年代には、小さな子供連れも、カップルも、とにかく海に向かった。実際、ピークの1985年には、約3,790万人が海水浴に出かけていた。それが日本生産性本部の「レジャー白書」によれば、直近のデータ(2024年)では約440万人にまで減少している。40年で9割近くも減ってしまったのだ。
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そんな状況だから、海水浴場自体も少なくなっている。日本観光振興協会の調査では、全国の海水浴場は2016年には1,111カ所あったが、25年には966カ所になったという。10年間で13%も減少したことになる。

原因はさまざまに考えられるが、だれもが最初に頭に浮かべるのは、近年の猛暑ではないだろうか。気象庁によれば、2025年の6~8月の平均気温は、過去30年の平均値を2.36度も上回っており、1898年に統計を開始してからもっとも高かったという。それは多くの人の実感と重なると思われる。さすがにこれだけ暑いと、外出自体を控える人が増えるであろうことは、容易に想像がつく。
また、バブルのころが顕著だが、海で日焼けするのが夏らしさの象徴のように思われていた時代があった。肌が真っ黒なのが「カッコいい」ともてはやされ、夏季にはテレビのCMにも、ビーチで日焼けした若い女性や男性が颯爽と登場し、そういう姿が健康的だと思われていた。なにしろ海に行けない人は、街中の日焼けサロンに通ったほどである。
ところが、1992年にWHO(世界保健機関)が、太陽光に含まれる紫外線は皮膚がんなどの健康リスクを高める、という警告を公表。それまで健康的だと思われていた日焼けに対する世の中の意識が、大きく転換するきっかけになった。
いまでは海水浴客は、日焼け止めを塗るのはもちろんのこと、水着の上に日焼けを防ぐラッシュガードを着たり、子供にまで着せたりしているケースが多いが、日差しを浴びるのが怖くては、海水浴の楽しさは半減どころか、ほとんど失われてしまうのではないだろうか。だったら、水を浴びるなら屋内のプールを選ぶのも無理はない。
だが、世界中で海水浴客が激減しているのかといえば、そうともいえない。ここまで急激に減少した背景には、日本の特殊事情もありそうなのだ。
老若男女が快適にすごせる欧州の海水浴場
筆者はコロナ禍を除けばほぼ毎夏、イタリア北東部のアドリア海に面したリゾート地に通っているが、いまから二十数年前にはじめて行ったとき、日本のビーチとの違いに驚いたのが忘れられない。この遠浅の海岸線には海水浴場が延々と続き、その多くは金持ちよりも庶民、つまり一般の人を対象としていて、ミラノやボローニャなどの都市部から人が押し寄せる。
日本の海水浴場といちばん違うのは、ビーチの光景だ。日本の海水浴場は海の家はあっても、マットを敷いたりパラソルを立てたりするのは個人個人にまかされている。一方、イタリアでは、どこのビーチも整然と並んだパラソルで埋め尽くされ、海水浴客はパラソルとチェアをセットで借りる仕組みである。要するに、荷物が最小限で済んで面倒がなく、そのうえ、直射日光を避けやすい環境が最初から整っている。
次に違うのが客の年齢構成だ。日本の海水浴場は、いまよりずっと賑わっていたころから、若者と子供連れが圧倒的に多かった。海水浴場によっても特徴があり、たとえば、神奈川県の江の島西浜海岸などは圧倒的に若者が多かったが、逆に、小さな子連れの家族が目立つ海水浴場もあった。いずれにせよ、30代以下が大半を占めていた。そして、コアな客であったこの年齢層で海離れが進んだからこそ、日本の海水浴客の減少はより深刻になっているといえる。
一方、イタリアの海水浴客は老若男女が入り混じっていた。少年少女や若者の集団、カップル、家族連れなどはもちろんいるが、熟年層や老年層も多く、体型が崩れたような人もシワだらけの人も、躊躇なく海水浴を楽しんでいるのが印象的だった。そして海水浴場も、年齢を問わずに楽しめるようにつくられていた。
日本ではあきらかに若者向けで、若者を意識した音楽が流れ、波の音はかき消されていることが多かったが、イタリアの海水浴場は静かで、波の音と人々の話し声が穏やかに調和していた。日本の衰退した海水浴場のように、海の家が老朽化していることも少なく、清潔で、周囲には本格的なレストランも多い。軽食や飲みものだけでいい人にはそういう場がある。つまり、年齢を問わずに海水浴が根づいており、海水浴場自体、老若男女が快適に過ごせるつくりになっていた。
波の音を聴いて落ち着ける場所に
しかし、このアドリア海の海水浴場にも変化はみられる。インフレによる生活費の高騰や、長期バカンスを分割取得する傾向を受け、以前にくらべて滞在日数が短くなっているというのだ。これまでは長期滞在の客が多かったのだが、人出が週末に集中し、平日の客数が減少傾向にあるという。
とはいえ、土日はどこの海水浴場にも人があふれ、ビーチに埋め尽くすパラソルは、それなりに暑い日であれば、すぐに「満席」になってしまう。ちなみにパラソルとデッキチェア2脚で、1日あたり25~30ユーロ(4,000~5,000円)程度が相場である。
ここから見えてくるのは、日本では「ビーチは若者や子供連れがすごす場所だ」というイメージをつくりすぎてしまった、ということである。若者ほど海に行くことを敬遠するようになった、という調査結果もあるが、日本ではもともと海水浴客は若者中心だったので、若者に敬遠されてしまえば、「だれも海に行かない」ということになる。
日本の海水浴場の問題点を整理すれば、①若者向けのイメージをつくりすぎてしまったことが挙げられる。それは流行とともに消費される場にしてしまった、ということでもある。かつての若者も、年配者の居場所がないことを知っているので、一定の年齢になったら寄りつかない。②は①と関連するが、パラソルとデッキチェアなど、年配者が快適にすごせる設備がない。そういう設備があって、年齢を問わずに利用できる雰囲気があれば、高齢者が温泉にでも入る感覚で、海水浴場を訪れることができると思うのだが。
イタリアのビーチでも危機は語られている。温暖化の影響で2050年までに海岸の20%、2100年までに45%が失われると予測されている。その点では、海水浴は消滅の危機に向かっているが、現状、世代を問わずに夏のレジャーとして定着している。目をつむって浪の音を聴いているだけでも心は落ち着くもの。日本の海水浴場もそういう場になれば、復活の目もあるのではないだろうか。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
