元埼玉県警捜査一課、現在はTV番組のコメンテーターなど、幅広く活躍している佐々木成三氏 
Panasonic Japan(パナソニック公式)YouTubeチャンネルより

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 埼玉県警捜査一課の刑事として22年間、数々の事件と向き合ってきた佐々木成三氏。前回のインタビューでは、取り調べで「嘘を見抜こうとしない」という独自の哲学や、刑事としての仕事観について聞いた。
 今回は、その哲学を根底から揺るがした被害者遺族の一言、40歳で警察を辞める決断に至った理由、そして現在も貫く「犯罪を生まない環境づくりへの思い」に迫る。

◆被害者遺族からの印象的な言葉

--刑事として最も心に刻まれている経験はどのようなものですか。

佐々木:刑事としても中堅の域に差し掛かっていたとき、ある被害者遺族の母親にこう言われました。「成三くんは私たちと同じ気持ちになろうとしているでしょ。でも、それは間違いだから」と。被害者の遺族になったことのない私が、同じ気持ちになろうとしていました。それは思い上がりだったんです。その言葉で、今まで自分がやってきたことが全部ガクンと崩れ落ちる感覚がありました。

◆刑事としての業務だけでなく“人として寄り添うこと”の大切さ

--ではどうすればよかったのでしょうか。

佐々木:その方がおっしゃったのは、「もちろん業務的なことでのコミュニケーションにおいても、感謝していることはあります。でも、何もない日の朝に『体調はどうですか』と電話してくれるような、そういうことをしてほしかった」ということでした。支援とは、目に見える大きな行動だけではない。些細な気遣い、ただ寄り添うというその手前のことが、本当の支援の入口なんだと、そのとき初めて気づきました。

◆40歳での退職、そして「犯罪を生まない環境」へのシフト

--捜査一課として長年働いてきた佐々木さんが、なぜ40歳で退職されたのですか。

佐々木:刑事は本当に天職だと思っていました。でもあるとき、事件が起きるたびに被害者が生まれ、遺族が生まれるのに、自分はそれを“天職だと感じていること”に違和感を覚えたんです。事件が起きることを、どこかで待っている自分がいた。それはおかしいんじゃないかと思いました。

天職だと思っていたからこそ得られた知識と経験は、たしかにあります。それをこれまで「犯罪者を捕まえる側」に使ってきたのを「犯罪を生まない環境を作る側」にシフトしたら、もっと広く発信できるのではないかと考えました。そして2017年、ちょうど40歳のときに退職を決めたんです。

--退職後の方針はどのように固めたのですか。

佐々木:退職届を出したその日から、ノートに「自分が何をやりたいのか」を全部書き出しました。講演内容、スタッフの育て方、自分の長所と短所。刑事のときに取り調べで思ったことも全部そこに書きました。当時の自分の「妄想」に近いものですが、今振り返ると、そのほとんどが実現しています。困ったときはいつもそのノートを見返して、ブレていないかを確認してきました。

◆元刑事として発信する「言葉の重み」

--現在、テレビコメンテーターとして事件を解説する際に大切にしていることは何ですか。

佐々木:まず、被害者と被害者遺族がいるという事実を常に意識しています。そして、元捜査一課・元刑事が発する言葉には重みがある、ということを自覚しています。

私が「この人が犯人に違いない」と言えば、それが一人歩きする可能性がある。それは人権侵害にもなりかねないし、警察の捜査に影響を与えることにもなりかねない。犯人を当てるゲームをしているわけではありません。事件を通じて防犯意識をどう高めるか、どうすれば防げたのかを考えることが自分の役割だと思っています。

--服装や表情にも気を配っているそうですね。

佐々木:そうです。華美な服装はしないし、事件のコメントをする場で笑顔は見せない。被害者のいる事件を扱っているのに、派手な格好をする必要はない。言葉だけでなく、見た目からも「被害者の側に立っている」ということを伝えたいと思っています。