千鳥・大悟の起用が裏目に…是枝裕和作品『箱の中の羊』が低迷した理由

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綾瀬はるか大悟主演の『箱の中の羊』が低迷

ドキュメンタリーで培ったリアリティのある演出面を評価され、現代の映画界を牽引する巨匠になった是枝裕和監督。しかし、彼の輝かしいキャリアに暗雲が垂れ込めている。

5月29日に全国公開された最新作『箱の中の羊』。

綾瀬はるか千鳥大悟のダブル主演、そして第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門への正式出品という、これ以上ないほどの触れ込みで公開された同作ではあったが、その興行収入は関係者の期待を大きく裏切るものとなっている。

初登場5位、公開から3日間の初動興行収入は約1億9600万円。この数字だけを見れば惨敗とまでは言えないが、公開から2カ月弱の23日現在、累計興行収入は8億円に届いていない。

第71回カンヌ国際映画祭で最高賞の「パルム・ドール」を受賞した『万引き家族』(2018年)は初動で約5億7800万円、最終興行収入は45億5000万円を記録。また、前作『怪物』(2023年)も初動で約3億2500万円を稼ぎ出し、最終的には21億5000万円のヒットをマークした。これらの作品と比較すると『箱の中の羊』は失敗作と言えるだろう。

華々しい実績を持つ是枝作品だが……

是枝裕和監督のキャリアを振り返ってみよう。1995年に『幻の光』で映画監督デビューを果たし、2004年の『誰も知らない』では主演・柳楽優弥が当時14歳にして史上最年少でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。2013年の『そして父になる』では審査員賞を獲得し、2018年の『万引き家族』でついに「パルム・ドール」を手にして、国際的な快挙を次々と成し遂げてきた。

それだけの実績を誇る是枝監督の新作が、なぜここまで不評なのか? さらに深刻なのは、メディアやSNSでの扱いの少なさである。

公開前や直後こそ情報番組などで取り上げられたものの、その後はほとんど話題に上っていないと感じる。映画レビューサイトやSNSを覗いてみても「面白くない」「期待外れだった」「途中で眠くなった」「是枝監督の限界を感じた」といった厳しい評価が目立つ。

SFとヒューマンドラマの融合がハマらず……

カンヌで絶賛されたはずの作品が、なぜ日本の観客には届かなかったのか。数名の業界関係者にその理由を聞いた。

SF要素のある作品にしたことが何よりの失敗でしたね

映画制作会社でプロデューサーを務めるA氏は厳しい口調で批判した。

「是枝さんといえば日常の何気ない風景や登場人物のちょっとした感情の変化を切り取る天才です。セリフを口頭で伝え、現場でのアドリブを積極的に取り入れる演出スタイルはドキュメンタリーを観ているようなリアリティを生み出してきた。

しかし、今回は“夫婦と亡き息子そっくりのヒューマノイドとの生活”という日常とはかけ離れたSF的な設定を持ち込んだ。そうなると、SFらしい予想外の展開やテクノロジーを駆使した驚く仕掛けを期待していたはずなのに、結果的には登場人物の葛藤やナチュラルな演技が主体のヒューマンドラマのままで終わってしまっていた。

これは観客としては肩すかし以外の何物でもないですよ。その結果として『退屈だった』『何が伝えたいのか分からない』という不満の声を抱かせてしまったのでは?

数多くの作品を作り出してきたなかで、新たなことに挑戦したかったのは分かりますが、SFは是枝監督の作風には適していない。それを止める関係者がいないほど、是枝さんが偉くなってしまったのも問題でしょうね」

人気芸人・大悟の起用が裏目に

千鳥大悟さんの起用が裏目に出てしまったと思います」

そう語るのは、映画専門誌などで寄稿するライターのB氏だ。

「確かに、是枝監督はこれまでも独特の存在感を持つ俳優を起用して成功を収めてきたし、演技経験の少ない役者を演出することにも長けている。大悟さんの起用も、彼が持つ温かみや庶民的な雰囲気が役柄に合っていると判断したからで、単なる話題性作りではなかったと思います」

しかし、このキャスティングが興行的なマイナスに働いたとB氏は指摘する。

「バラエティ番組で活躍する芸人をシリアスなドラマや映画の重要な役に据える手法は、かつては目新しくて話題性がありました。遡ればビートたけしさんやいかりや長介さん、近年でいえばドランクドラゴン・塚地武雅さんやネプチューン・原田泰造さんが代表例ですよね。

しかし、ここ数年はそうしたキャスティングが出回りすぎていて、観客も『またか』という冷めた目で見てしまっている。

特に大悟さんの場合は、バラエティでの“酒好きで豪快なキャラクター”というイメージが強すぎる。スクリーンで彼がどれだけ真剣に悲しみを抱えた父親を演じても、観客の頭の中にはバラエティでの姿がチラついてしまい、物語に入り込めなくなってしまった。

実際、SNSでは『演技は悪くなかったが、いつもの大悟にしか見えなかった』『方言を直していないことで冷めてしまった』という声が見られましたね」

さらに、B氏は続ける。

「是枝監督の映画を好んで観るコアな映画好きと大悟さんのファン層にはズレがあったのだと思います。是枝作品のファンは、芸人の起用というだけで『今回は少し軽い作品なのか』『大悟に演技ができるのか』と敬遠してしまった。一方、大悟さんやお笑い芸人のファンは『是枝監督の映画は難しそう』と二の足を踏んだ。

結果として、どちらの層にも強くアピールすることができず、宙に浮いたような状態になってしまった。綾瀬はるかさんというトップ女優を起用していながらもヒットに至っていないのは、こういった集客層のズレもあるのでしょう」

是枝監督の演出力をもってしても、テレビが長年にわたって作り上げた強固なイメージを完全に消し去ることは難しかったようだ。

綾瀬はるかよりも適役だった「あのライバル女優」

興行収入にマイナスをもたらしたのは大悟だけではない。母親・音々役を演じた綾瀬はるかに苦言を呈する声もあった。

映画やドラマのキャスティングを行なう制作会社スタッフのC氏は語る。

「綾瀬さんは、明るくてポジティブなキャラクターやコミカルな役どころでは本当に輝く女優さんです。しかし、同作での母親役は息子を失った悲しみを心の奥に秘めながら、ロボットに亡き息子の面影を重ねていくという複雑な心境を演じなければいけなかった。

特に是枝さんの作品では、繊細な表情作りやセリフの抑揚が一般的な作品よりも求められるのに、どうしても一辺倒な演技になってしまっていた。これは、綾瀬さんのせいというよりはキャスティングの失敗だと感じました」

では誰が演じればよかったのか。C氏は、とある人気女優の名前を挙げた。

「長澤まさみさんだと思います。彼女は、映画『MOTHER マザー』(2020年)で自堕落な母親役を、これまでの清潔感あるイメージを捨て去り、体当たりで演じ切っていた。また、セリフだけで感情を表現しようとせず、醸し出すオーラや目線や口元の変化で見事に表現していました。

リアルで飾らない父親役を演じた大悟さんと並んだときに、綾瀬さんの母親役は整いすぎていて違和感でしかなかった。長澤まさみさんが演じていたら、そういったギャップを感じずに見ることができたのかなとは思います」

後編記事『「カンヌ絶賛!」ではなかった…是枝裕和『箱の中の羊』の本当の評価』では、同作のリアルな評価を関係者に語ってもらう。

【つづきを読む】「カンヌ絶賛!」ではなかった…是枝裕和『箱の中の羊』の本当の評価