医師に「無理だ」と…人工呼吸器をつけた少年が無人島旅行を実現させるまで

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「春休み、小学校の連絡帳に『無人島へ冒険に行ってきました』って書いたら、格好良くない?」

そんな一言から始まった旅が、ドキュメンタリー映画になった。

参加したのは、車椅子や人工呼吸器を使用する子どもたち。主人公の吉原壮眞(そうま)くん(12歳/撮影時10歳)は、仮死状態で生まれた影響で、5歳のときに気管切開を行い、人工呼吸器を使うようになった。現在も人工呼吸器のほか、酸素療法、たんの吸引、胃ろうなど、日常的に多くの医療ケアを必要としている「高度医療的ケア児」だ。

壮眞くんをはじめ、医療的ケアを必要とする子どもたちが向かった先は、沖縄の無人島。その旅の様子を追ったドキュメンタリー映画『Return to My Blue』が2026年7月24日より全国の映画館で順次公開される。監督・プロデュースを務めたのは、NHK連続テレビ小説『あんぱん』『エール』や大河ドラマ『どうする家康』などを手がけてきた野口雄大(ゆうた)さん。初めてのドキュメンタリー撮影で、「カメラを回しながら、なぜか涙が止まらなかった」と振り返る。

この映画が描くのは、医療ケアや困難を乗り越える物語ではない。子どもたちが「やりたいこと」に向かって一歩を踏み出す姿を通して、それぞれの人生にある可能性や、豊かに生きることの意味を見つめる作品だ。FRaUwebでは、ライターの木俣冬さんが、監督・プロデューサーの野口雄大さん、主人公の壮眞くん、そして母親の吉原純代(すみよ)さんに話を聞いた。前編では、無人島旅行が始まったきっかけから、実現までの舞台裏を追う。

連絡帳に「無人島へ冒険に行ってきました」と書きたい

車椅子や人工呼吸器を使用している子どもたちが無人島を旅する、奇跡的な挑戦の成功を追ったドキュメンタリー『Return to My Blue』。沖縄の海の美しさに浸る子どもたちの笑顔がただただまぶしい。

誰もができることではない。でも規模の差は別としてやってみたいことを思いきってやってみる。それは誰しもに平等に開かれた自由だ。やりたいことをやってみた子どもたちの姿は、悩ましいことが山積みな現代社会に小さな希望を灯してくれる。海外の映画祭でも注目され多くの賞を受賞している。

監督とプロデュースをした野口雄大さん。高度医療的ケア児の母親・吉原純代さん、そして、主人公になった壮眞くんに取材した。

無人島旅行から2年、壮眞くんは12歳になった。もう中学生。おしゃれも意識して、髪の毛を伸ばしツーブロックで頭の上で結いている。

映画がはじめて試写公開された1年前、元気で前向きな壮眞くんは注目された。とりわけポスターの笑顔が最強で、当人もお気に入りだ。

そもそもこの無謀とも思える島への冒険映画の経緯が知りたい。きっかけはどういうものだったのか。

映画のプレスには「春休み、小学校の連絡帳に『無人島へ冒険に行ってきました』って書いたら、格好良くない?」それが発端だったとある。

映画に登場する人物のひとり、加藤さくらさんが障がいのある子どもたちと無人島に行くツアーを企画。そこに吉原純代さんと壮眞くんが参加した。加藤さん自身も進行性の難病がある娘の母親で、「社会調律家」という肩書きで、「障がい児も親も絶望しない世の中に!」を掲げ、食やリハビリ、遊び、アートを通じた活動を続けている。

「『無人島』や『冒険』という難しいことへの挑戦が一番の目的ではなかったんです」と純代さん。

「ただ、みんなと旅に出たかっただけなんです。だから無人島でなくても沖縄の本島でもよかった。それがたまたま無人島になって。行ってみたらとても楽しかったんです。車椅子の子どもたちがそれぞれ飛行機で沖縄本島まで行って、現地集合して、そこから舟で無人島に渡る。そんなツアー企画、なかなかないですよ」

これまでにない楽しいツアーの記録を映像に残したいと考えたのは、もうひとりの主催者で作家・自由人の高橋歩さん。学生時代から高橋歩さんのファンだった野口さんは、初対面で「撮りに来ないか」と打診された。興味をもった野口さんは「行きたいです!」と即答し、まずは旅行のためのZoom会議に参加した。

主人公・壮眞くんと監督の出会い

野口さんはNHKで大河ドラマや朝ドラこと連続テレビ小説の演出や、短編映画『さまよえ記憶』(24年)など主としてフィクションを作ってきて、ドキュメンタリーははじめてとなる。

「最初はどういうふうに撮ればいいか迷いがありました。旅行全体を俯瞰して追うよりも、誰かひとりに重心を置きたいなという気持ちはあって。さくらさんに参加する7組の家族のうちの3家族ほどを提案してもらい、そのなかに壮眞の家族が入っていました。ちょうど壮眞の家と僕の家が近くて、車で行きやすかったので、旅行の前から撮影させてもらうことにしました」

撮影用のカメラを購入し、吉原家を訪問。最初に壮眞くんと対面したとき、野口さんは躊躇した。オープンマインドな明るい野口さんだが、壮眞くんの細い腕を見て、握手を求めていいものかわからなかったのだ。

「誰でもそうなんですよ。触っても大丈夫ですか? と気にされる。でも大丈夫ですよ」と純代さん。

壮眞くんは、名前の「壮」のとおり活発で、幼い頃から好奇心旺盛。『ドラえもん』が好き。キャラではスネ夫が好き。生まれてはじめての密着撮影も気にしなかった。映画を見ると、カメラ目線でいい顔をしていて、撮られるのを楽しんでいるように見える。

言葉は発せられないが、意志も感情もしっかりある壮眞くん。例えば「沖縄に行きたい?」「行きたくない?」と右と左に質問を分けて聞くと、目の動きで意志を示す。取材中もそのやり方で彼の気持ちが聞けた。

(野口)雄大さんは面白い? 面白くない?→面白い

かっこいい? かっこよくない?→かっこいい

サービス精神もあるように筆者は感じた。

往診医が無人島旅行に反対

壮眞くんの母子を中心に撮ることにして、ほかの親子も同時に追いかけるため、野口さんはカメラマンふたりに協力を仰ぎ、3人体制で臨んだ。ちなみに野口さんはテレビ局員。旅行はちょうど仕事が休みの日(三連休)で、撮影はプライベート活動の位置づけだった。

「単純に僕自身もはじめての無人島に興味があったんです(笑)」

何もかも順調に進んでいる、と思ったが、そこに反対する人が現れた。

往診医の山本英世さん(はなまるクリニック院長)だ。

「呼吸器を機内に持ち込むには、航空会社に診断書を提出する必要があったので、往診医に依頼したんです。そしたら安全とは言えないから書けない、とさらっと電話で言われてしまって。ツアーまでひと月切ったこのタイミングで!? と驚きでした」(純代さん)

小舟で海を渡ることをはじめとして、身体的な不調があったときにドクターヘリがどれくらいで着くのかなど、ツアーに関する心配事はたくさんあった。なかでも電気のない無人島でリスクが高いのは人工呼吸器を使用している壮眞くんだ。往診医の英世さんは、そんなリスクを負わせられないと言うのだ。

「ドキュメンタリーの面白さが何かと言ったら、ひとつは多分、今回でいうと、英世さんの登場だと思うんです。つまり、筋書きにないところで山本英世というキャラクターが立ち始めました」(野口さん)

最初は旅行に反対していた往診医が壮眞くんの『行きたい』という強い気持ちに突き動かされ、自ら同行することで旅行の許可を出した。

「英世さんの心の動きはこの映画において重要でした。車椅子の子どもたちが無人島へ冒険に行ったというストーリーも魅力的ではありましたが、英世さんにさらに別の角度の視点を担ってもらえました。それは僕の視点でもありました」と野口さん。

吉原親子をはじめとして計画が無謀なまでに勢いよく突き進んでいく。客観的に大丈夫? と思う視点も必要だ。

「これからの人生でこんなふうに笑える瞬間はあるのかな」

ドキュメンタリーには物事の表面と裏面の双方からアプローチするものが多い。見るほうも目的を実現するための苦労談のようなものを求めがちだ。

だが、英世さんの心配と献身以外は、ただただ子どもたちがはじめての無人島を満喫している。とりわけ海にはじめて入ったときの子どもたちの喜びの表情は圧倒的で、もうそれだけでこの映画の価値は十分すぎるほどなのだ。

「夫が映画を見たあとに、あの笑顔は久しぶりに見たと言ったんです。もともとよく笑う子ですが、あそこまで振り切って笑っているのはなかなかないんです」(純代さん)

海のなかで純代さんが壮眞くんを抱えてぐるぐる回す。

「ふだん、水の中で回すという体験はさせてあげられないんです。学校でも特別支援学校であっても呼吸器をつけているためビニールプールなんです。水の中で浮力を感じて回ることはできないから、海ではそれをやろうと思っていました」(純代さん)

「だから回したんですね。ようやく謎が解けた(笑)。なんでこんなに回すんだって思って。あれよあれよという間に純代さんと壮眞が海に入っていっちゃって、俺もカメラバッグ持ったまま追いかけて、水没しないかギリギリの闘いでした(笑)」(野口さん)

「ほんとはもっとグルングルン回したかったんですが、呼吸器を持っている英世先生が予想外の動きで絡まっちゃって(笑)。野口さん、よく撮ってくれたなと思って。ほかの人達が海辺で手をつないでいるカットも素敵でした。生でも見たかった」(純代さん)

ハプニング性のある映像がキラキラと輝いている。

「今、壮眞のような笑顔ができるかと問われたら、僕はできない。これからの人生でこんなふうに笑える瞬間はあるのかなと壮眞を見て思いました」(野口さん)

◇後編【車椅子や人工呼吸器を使う子どもたちが、医師に「無理」と言われた無人島へ。旅の後に起きたこと】では、野口監督が撮影を通して感じたことや、旅を終えた後に始まった新たな挑戦、そして映画の公開をきっかけに広がった変化についてお届けします。

【後編】車椅子や人工呼吸器を使う子どもたちが、医師に「無理」と言われた無人島へ。旅の後に起きたこと