21歳で挑んだ初めてのW杯は6分間の出場に終わった。初戦のオランダ戦に後半39分から途中出場し、W杯デビューを果たした日本代表FW塩貝健人(ボルフスブルク)だが、その後の3試合は出番なし。ブラジル戦から一夜明け、「この借りは絶対に返さないといけない。W杯でこういう悔しい思いをしたからにはW杯で返すしかない。次の大会に出て活躍したい」と改めて決意を口にした。

「このW杯という舞台に選んでもらって、サッカー選手として貴重な経験だったと思うし、なかなか出場機会は得られなかったけど、この環境にいれたことが僕を成長させてくれた。これだけ応援していただいて、期待に応えないといけない気持ちも強まったし、日本を勝たせたい思いも強まった。今後、僕が代表の中心になって、チームを勝たせられる選手になっていかないといけない」

 次回2030年大会のときは25歳。その前に2028年にはロサンゼルス五輪もある。クラブに派遣義務のない五輪に出場するには所属クラブの理解も必要だが、塩貝自身は「ロス五輪は意識している」と認める。「どういう形になるか分からないけど、タイトルを取りたいし、この世代を引っ張っていかないといけない。もし行けるのであれば優勝したい」と意欲を見せた。

 今回のW杯メンバーでロス五輪世代は塩貝とFW後藤啓介の2人。ロス五輪を目指すU-21日本代表の大岩剛監督がベースキャンプ地のナッシュビルに視察に来た際は2人と言葉をかわす姿も見られた。そのときには「もう関係ないけどな。この世代に来るなよ。A代表にずっといろよ」という言葉をかけられたという。「五輪はチームとの兼ね合いもある。もし呼んでもらえたら自分の力を尽くすだけ。A代表にい続けることも大事だし、頑張ります」と静かに闘志を燃やした。

 ブラジル戦前には塩貝の発言がブラジル国内で物議を醸し、自身のSNSが炎上。試合後にはFWマテウス・クーニャら相手選手から挑発される場面もあった。「人生においてもこれだけ言われることはないと思う。批判的なコメントも、目にしようと思わなくても出てくる」。さまざまな声を受け止めたうえで、「言われたままでは終われない」と誓った。

 試合出場は限られていたが、ピッチで戦うFW陣の姿は塩貝の心も震わせていた。その中でもブラジル戦に左シャドーで先発し、後半アディショナルタイムに交代するまで驚異の運動量で攻守に走り続けたFW前田大然には「(前田)大然くんの昨日の走りには感動した。チームとしても大然くんがいなかったらどうなっていたか」と感銘を受けた。

「(上田)綺世くんのポストプレーだったりも見習わないといけないし、(小川)航基くんのヘディングだったり、(後藤)啓介もいいものを持っている。すごい刺激をもらえた」。チームメイトの名前を次々と挙げ、「やべーなと思ったのは大然くん。僕もああいうプレーができると思うし、それを90分やるのがすごいので、90分やれるようにしていかないといけない。本当に来れて良かった」と胸を打たれていた。

(取材・文 西山紘平)