内田梨瑚被告(本人のTikTokより)

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きっかけはSNS上のトラブル

 2024年4月、当時17歳の女子高校生を車に監禁して連れ回したうえ、北海道・旭川の渓谷「神居古潭」にある橋の欄干に座らせ、川に落下させて殺害したとして、殺人や監禁などの罪に問われた内田梨瑚被告(23)。自身の罪と向き合おうとしないかのような公判中の姿勢が強い批判を浴びたこともあり、強い注目を集める中、22日、旭川地裁で懲役27年の判決が下った。公判中から求刑や量刑がしばしば世間の一大関心事となってさまざまな議論が巻き起こったが、検察内部は本件をどう見ていたのか。求刑の妥当性も含めてレポートする。

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 事件について簡単に振り返っておこう。確定している事実は以下の通りだ。

内田梨瑚被告(本人のTikTokより)

 もともと面識のない内田被告と被害者が知り合うことになったのは、SNS上でのトラブル。内田被告は自身の写真を被害者が無断でSNSにアップしたことに激怒。2024年4月、投稿写真の削除と謝罪を求め、被害者を呼び出した。

検察側の証人として出廷

 内田被告は小西優花受刑者(懲役23年が確定)らと共謀し、被害者を車内で監禁・暴行、執拗に謝罪を求めた。深夜、一行は石狩川沿いの景勝地・神居古潭に車で向かい、そこで内田被告らは被害者の衣服を脱がせたうえで暴行、橋の欄干に座らせて謝罪する動画も撮影したが、その後に被害者は転落し、約1か月後、現場下流で遺体となって発見された――ここまでは大筋、検察側、弁護側とも認めている。

 裁判では、内田被告が物理的に押したのか、被害者が自ら転落したのかが大きな争点となった。内田被告は殺意を否定したが、検察側の証人として出廷した小西受刑者は「梨瑚さんが肩甲骨あたりを両手で押しました」と証言した。被害者に対して「早く落ちろ」「自分で死ねや」などといった言葉を内田被告が浴びせていたことも明かした。

「内田被告に検察は懲役27年を求刑しました。これに対して求刑が無期懲役、死刑ではないのはおかしい、などといった声が公然と上がりました。もともと厳しい意見が目立っていたのですが、内田被告の主張が明らかになるにつれてそうした声が大きくなったのは事実です」

 と、社会部デスク。

肩甲骨を押したと認定しないことにした

「ただ、今回の求刑は検察なりに空気を読んだ結果でしょう。もともと特捜部の捜査に顕著なように、検察には世間の空気を読む傾向がありますから」(同)

 内田被告は殺人罪・不同意わいせつ致死罪・監禁罪の3罪で起訴されている。刑法の細かな説明は省くが、この3罪の組み合わせで共犯者とのバランスを取った有期懲役の上限めいっぱいとなるのが27年。つまり検察としては可能な範囲で最も重い求刑をしたというわけだ。しかしそれでは世論は収まらなかった。

 過去、求刑を上回る判決が下されたこともあるが――。

「たしかにそうしたケースも実際にありますが、今回の場合はその可能性は低いと言われていました。懲役27年は想定通りの判決でした。注目すべきは、22日の判決では“内田被告が肩甲骨を押した”と認定しないことにした、しかしそれを減免の理由とはしなかった点でしょう」(同)

検察内でどのような議論が

 判決では、「被害者は『死ね』『落ちろ』などと繰り返し怒鳴られ、被告の命令に応じて橋から落ちる以外の行為を選択できない精神状態に陥っていたと認められる。被告の言動は被害者が誤って落下したか、みずから落下したかのいずれであっても、殺人の実行行為にあたる」と指摘した。要するに実際に押したか押していないかと関係なく、実質的に殺人を行った事実は揺るがないという判断である。

 つまり内田被告の主張に関しては裁判所も一切認めなかったことになる。こうなるとやはり気になるのは、もっと重い罪に問うことは本当に不可能だったのかという点だ。「一人殺したくらいでは無期懲役や死刑にはならない」というのは、司法の世界では常識であっても、一般社会では必ずしも容認できるものではないだろう。少なくとも刑法にそのような「相場」が明記されているわけではない。

 今回、検察当局で実際にはどのような議論が出ていたのだろうか。

「検察内でも当然、議論はあったでしょう。無期懲役の求刑でも良かったと思いますし、実際にそのようなことも話し合われたようです」

 と、あるヤメ検弁護士。

まだ寒い旭川で衣服を

「まだ寒い旭川で衣服をはぎ取るだけでも生命は危険にさらされる状態なのに、橋の欄干に座らせて“死ね”“落ちろ”などという言葉を吐いているわけで、そういったことの残虐性も踏まえれば無期求刑もあり得たと見ていますけれどね。共犯の小西受刑者に下された判決とのバランスを考えての求刑だったのかもしれませんが、釈然としないものを感じている人は少なくないのではないでしょうか」(同)

 有期刑にする理屈はこうだ。共犯者が23年の有期刑ならば内田被告もまた有期刑であるというのが論理的ではないか、そもそも1人殺害で無期懲役というのはかなりイレギュラーだ、と。

 しかし無期ではないが死刑に関して検察がその判断基準を明確にするために「連続上告」を行った例が過去にある。死刑の適用は1983年の最高裁判決で示された「永山基準」(被害者数、残虐性、動機など9項目を総合考慮する基準)に基づいている。が、1990年代に入ると、「被害者が1人の場合は原則として死刑を回避し、無期懲役とする」といった傾向が進むようになった。要するに、「1人ならば死刑にはならない」という「相場観」が固定化してきていたのだ。

「連続上告」の歴史

 この傾向に危機感を抱いた検察当局は「機械的に被害者の数だけで線引きをすべきではない」「国民感情から乖離しすぎている」との考えをベースに裁判所に対して改めて厳格な基準の提示を迫るべく、高裁で無期懲役とされた重大事件について続けて上告を行っていった。これがいわゆる「連続上告」である。

 上告の結果、被害者が1人であっても量刑不当とみなされたケースについても、高裁の無期懲役が破棄され、死刑判決が下される例もあった。「福山市独居老婦人殺害事件」がそれだった。当時の検事総長は後に「国民が納得していない」旨のメッセージを伝える思いがあったと明かしている。

「当時とは時代も違いますし、死刑と無期とでも違いますが、検察が主体性をもって動いたという意味では画期的だった。無期を求刑してもそれが裁判で認められなければ“負けた”と検察内では捉えられがちですが、そういったことは気にせず、なおかつ世論に媚びないまでもうまくくみ取ってもらいたいと思いますね」(同)

 1人を殺害したことの代償が有期刑でいいのか、それともより重い刑罰を課すべきなのか、ケースバイケースなのは言うまでもないのだが、司法が突きつけられ続ける問いは重い。

デイリー新潮編集部