セブン-イレブン

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昭和から平成初期にかけての1980年代~90年代、「若者の店」という称号を欲しいがままにし、バブル経済前後の当時の日本でファッショナブルの最先端を行くかのように大躍進を続ける業種があった。それは他でもない。セブン-イレブンやローソンをはじめとするコンビニ業界だった。

前者はスーパーのイトーヨーカ堂。後者は自他ともに認める「スーパー業界の覇者」であり、プロ野球南海ホークスを買収、新生ホークスのオーナーとなり、経団連副会長の座まで射止めた関西屈指の経営者であり、“流通王”の異名を持つ中内功氏率いるダイエーが親会社である。

スーパー日本一を争う親会社に負けじと破竹の勢いで伸長するコンビニの主要客は、「主婦の店」と言われたダイエーなどと違い、10代、20代の独身の若者たちが顧客の中心層だった。

アルバイトデビューはコンビニで」という合言葉が高校生大学生の間でも流行り、当時発刊されていた「fromA」(リクルート)のようなアルバイト求人誌でも特集の目玉はコンビニが常連だった(因みに“フリーター”という言葉は同誌がバブルの最中に考えた造語で、「イケてるフリーター」のイメージの1つがコンビニ店員でもあった)。

百貨店やスーパーからは格下扱いを受け、そうした店になじんだ大人たちは若者ばかりが群がるコンビニにいささか眉をひそめたりしていたが、「コンビニという新しい世界を作っていこう」とオーナーやアルバイト・パート店員の学生や主婦たちは意欲に燃えた。店舗経営を指導するSV(セブン-イレブンではOFCと呼ばれる)と言われる本部社員たちもまた然りである。

セブン&アイ・ホールディングスの凋落と逝去した創業者・鈴木敏文元会長の功罪

“若者の店”と言われたのも今は昔

しかし、時は経ち筆者を含め、当時コンビニと共に青春を謳歌(おうか)した世代はいつしか、中高年と言われる世代になった。時が経つのは何とも残酷であるが、コンビニも新興産業から既存産業として認知され、小さな子どもからお年寄りまで親しまれるような店舗となった。セブン-イレブンの創業初期のCMを見ると最初からファミリー層を意識していたようで、本来の目的に達したとも言える。

また、コンパクトな店舗はスーパーや百貨店と違い障害者の人には使いやすく、最近はトイレもバリアフリー化する店舗が増え、「街のインフラ」として公共性が増していることを実感させられる。

過剰出店により集まらない新規加盟店オーナー

だが、良いことばかりでは決してない。コンビニの数は国内で約5万7千店舗とされるが、その内セブン-イレブンは2万店以上も占める。

20年前セブン-イレブンが1万店を越えた頃(2003年に1万店達成)あたりから、既にマスコミでは「コンビニ飽和説」が流れ、加盟店オーナーからもそれに同調する書き込みをインターネット上で見かけるようになった。

先般故人となった鈴木敏文元会長は、「まだまだ出店余地はある」などと強気の発言をしていたが、イトーヨーカ堂副店長からセブン-イレブンオーナーに転じた人から、「沖縄などまだ未出店地域があるし(2019年に出店)、他店舗の跡地に入るとか、中小コンビニを買収するとかすれば『出店余地はある』とか言ってるだけで、もう限界だよ」という見方を筆者は聞かされていた(この方はセブン-イレブン創業前の鈴木氏や後継社長の井阪隆一氏を若かりし頃から知る人である)。

この見解を聞いたのは10年以上前だったと記憶しているが、その予言通り、2014年にはJR西日本が経営していた駅中コンビニであるハートインがセブン傘下のフランチャイズとなったり、最後の未出店地域だった沖縄に出店したり、筆者の地元(神戸市)のなじみの古いローソンがある日、セブン-イレブンにくら替えするのを見て納得したものである。

つまり、もう新規出店は限界値に来ていると鈴木氏も口にしないだけで自覚していたと思われる。事実、地方で行われたセブン-イレブンの加盟店オーナー募集説明会に20年ほど前に参加してみたが、筆者以外参加者はいない始末であった。

東京・四谷のセブン&アイ本社での加盟店募集説明会ではさすがに多少人がいたが、満席というわけでもなく地方に比べればマシという程度。1990年代前半に加盟した人たちは、「加盟店説明会は脱サラ志望と思われるスーツ姿の男性とつれあいと思われる女性でいっぱいだった」と語るが、21世紀初頭には既に陰りが見え始めていたと言える。

「まいばすけっとが近くに来ると売り上げが落ちる」

コンビニはもう若者の店ではない。よく名の知れたお笑い芸人が「無名で売れない頃は毎日コンビニ弁当を食べていた」などというエピソードを「貧乏自慢・苦労自慢」のように語っているが、今やコンビニ弁当はインフレの影響もあり600円~700円以上が相場の「高級品」であり、奨学金とアルバイトで生計を立てる学生などにとって、コンビニ弁当を主食に出来る人など”ぜいたく”以外何ものでもないのである。

最近でこそようやく、賞味期限間近な弁当などを見切り販売するようになったが、かつては断固として「見切りは効果がない」と本部サイドは言い張り、鈴木氏と井阪氏にインタビューした際、見切り販売を実施して成果をあげた店の例を挙げても断固として、否定的な言辞を述べたものである。

コンビニは弁当のみならずスーパーに比べて、ドリンクや文具品、洗剤なども割高の定価販売である。24時間営業がかつては珍しかった時代の名残である。

また、コンビニ価格がどこも横一でサービスも似たり寄ったりなのは、ローソンやファミリーマート、ミニストップといった後発組のコンビニもセブン-イレブンから、店舗内の品ぞろえや仕入れ配送方式やPB商品開発といったノウハウをコピーせざるを得なかったため、「真性セブン-イレブン」と後残る大半は「セブン型コンビニ」(一部、零細なコンビニ企業等例外あり)と言える業界。鈴木氏が「ウチが本物、他社はコピー」と豪語してきた業種なのである。

しかし、増えれば増えるほどライバルは別のところからやって来る。ドラッグストアが品ぞろえと夜間営業で対抗したり、スーパーがコンビニより安値の弁当を開発してきたり、最近ではミニストップと同じイオン資本で、コンビニサイズのミニスーパーであるまいばすけっとが破竹の勢いで伸長し、コンビニ風でそれより安い品ぞろえと、24時間ではないが早朝から深夜までの営業でコンビニの脅威となっている。

「まいばすけっとが近くに来ると露骨に売り上げが落ちる」と加盟店も本部もコンビニ側は青くなっているのが現状である。事実、筆者が愛用していた最寄りのセブン-イレブンは、まいばすけっとが近隣に2店舗もできたせいで、好立地にも関わらず閉店してしまった。

5万7千店舗まで膨らみ、セブン-イレブン創業から半世紀以上も経過した既存の「セブン型コンビニ」は、もはや流行の最先端を行く「若者の店」ではない。むしろ、デフレ不況下に生まれた今どきの若者たちの足のりはコンビニから遠のきつつある。まいばすけっとなどに水を開けられ、必然的に今後ますます閉店が相次ぎ、業界全体が規模縮小することになるのは回避できない運命だろう。

文/角田裕育 内外タイムス