子どもが生まれた日に「もう無理だ」と決意…梅宮アンナ(53)が明かす、一度目の結婚と再婚した現在の意外な生活〉から続く

 乳がんステージ3Aと診断され、標準治療を受けた梅宮アンナさん。免疫を強引に上げ下げされる身体的な苦しみ、そして10万人以上が注目したSNS発信の裏側など、当事者の言葉で語られる治療の「リアル」とは。

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「髪の毛はなくなんないかもしれない」と先生に食い下がった

――抗がん剤治療を始める前に、最も気になっていたことは何でしたか?

梅宮アンナ(以下、梅宮) 副作用で全身の毛が抜けることです。「なくならなかった人はいないんですか」と先生に食い下がって。胸に対してはまったく執着がなくて、むしろ「両方取ってください」とその場で言ったくらいなのに、髪の毛だけは断固として嫌でした。


梅宮アンナさん

――胸への執着がないというのは、意外でした。

梅宮 私、もともと自分の胸が嫌いだったんです。洋服が似合わないし、運動のときは邪魔だし、生理のときは痛いし。ゴルフのスイングでも胸があるとスコアが変わってくる。むしろBカップかAカップがよかったくらいで。だから全摘と聞いても、全然動揺しませんでした。

――実際に手術で右胸を切除されましたよね。

梅宮 本当は左胸も取ってもらいたかったんです。でも健康な胸をわざわざ取ることはできないみたいで。

「ブラカ検査」という遺伝子検査もあって、これはアンジェリーナ・ジョリーさんが受けたことで知られているもので。陽性であれば将来の再発予防として健康な側の胸も摘出できたんです。私は「陽性であってほしい」とむしろ思っていたのですが、結果は陰性でした。「取れないんだ」とがっかりしてしまって……普通は喜ぶところなんですけれどね。

抗がん剤は「下げて上げての繰り返し」

――実際の治療はどのようなものでしたか?

梅宮 2024年7月31日から抗がん剤治療が始まりました。私は2週間に1回のペースを選んだんですけど、体に抗がん剤が入ると免疫も気力も体力も一気にガクッと落ちます。そこに「ジーラスタ」という免疫を上げる注射を打つのですが、これが骨髄を強引に1000回転させるようなもので、骨が痛くて本当につらかった。下げて上げて、また下げて上げての繰り返しです。

――手術では、リンパを23個取ったと聞きました。

梅宮 7個以下なら手術後の抗がん剤を省けるかもという話もあったのですが、23個も転移していたので「やろう」と。髪の毛がやっと少し生えてきたところでまた抗がん剤に戻ることになって、「またか」という気持ちにはなりました。でも、やると決めたことだから、と。

「発信しないと、もったいない」--SNSでのリアルタイム公表

――がんであることを公表する決断は、すぐにできたのですか?

梅宮 まったく迷いませんでした。どうせいつかは知られるし、勝手に書かれるよりも自分で発信したほうがいい。誕生日の8月20日に合わせて発信しようと決めていたんですが、髪の毛が抜け始めた瞬間に「今日だ」と思って、少し前倒ししました。

――批判的な反応はありましたか?

梅宮 ほとんどなかったですね。圧倒的に「私もです」という声が多くて。当時フォロワーが12万人だったのが、治療の発信を通じて約10万人増えて24万人になりました。がんを通じて出会えた人たちです。街でも本当にどこへ行っても声をかけていただくようになりました。

写真=平松市聖/文藝春秋

 梅宮アンナさんの著書『フルコース』では、10日で入籍した“電撃再婚”の裏側や乳がん闘病、父・梅宮辰夫との“本当の関係”など、これまであまり深く語られることのなかった半生が赤裸々に綴られています。

(「文春オンライン」編集部)