中国輸入博「皆勤」の日本の鋳物メーカー、荒井工房を訪ねて
10月28日、山形駅にある荒井工房の販売店にやって来た荒井幹雄さん。(山形=新華社記者/李光正)
【新華社東京11月2日】山形県にある伝統鋳物メーカー、荒井工房が、2018年に上海で始まった中国国際輸入博覧会(輸入博)に「皆勤」している。今年も5日に開幕する第7回輸入博に参加するため、社長で鋳物師の荒井幹雄さんが上海に赴く。荒井工房を訪れ、中国でも人気の美しい鉄瓶が誕生する現場を取材した。
10月28日、山形駅にある荒井工房の販売店で鉄瓶を手に取る荒井幹雄さん。(山形=新華社記者/李光正)
日本の鋳物では南部鉄器も有名だが、荒井さんによると、山形鋳物は産地や歴史、作品の特徴などいずれも異なる。大きな特徴の一つは、生地を薄くする「薄肉」の技術だ。小さい工房での手作りがほとんどで、鉄瓶は設計や型作り、文様付けなど60余りの工程があり、一つ作るのにおよそ1カ月かかる。砂鉄瓶や銀瓶はもっと複雑で、さらに長い時間がかかるという。
工房にはさまざまな種類の鉄瓶が並ぶ。量産をしない荒井さんの工房では、鉄瓶一つごとに型を作るので、同じ鉄瓶は二つとない。手作りだからこそカスタマイズにも柔軟に対応でき、顧客の要望に応じてさまざまな作品を作っている。
荒井工房で鉄瓶を制作する荒井幹雄さん。(動画キャプチャー画像、山形=新華社記者/李光正)
中国は荒井工房にとって最大の市場だ。鉄瓶の年間生産量およそ600個のうち、多い時で500個、少ない時で400個を中国で販売する。荒井さんはほぼ月に1回中国を訪れ、これまでの訪中回数は150回に上るという。輸入博だけでなく、北京市の中国国際サービス貿易交易会、浙江省の義烏輸入商品博覧会、黒竜江省のハルビン国際経済貿易商談会など、数え切れないほどの展示会に参加してきた。
中国語は分からないという荒井さんが中国市場を積極的に開拓するようになったきっかけの一つは、11年の東日本大震災だった。東北地方の経済が深刻な打撃を受け、取引先も被災し、数カ月にわたって仕事がなくなった。そんな中、日本貿易振興機構(ジェトロ)の紹介で工房を知った上海の百貨店から展示販売のオファーがあり、中国に進出。何度か渡航するうちに得意先ができ、中国での販売が広がっていった。
輸入博参加は販売や代理店獲得のためだが、技術を次世代に伝えるためでもある。職人の高齢化が進み、後継者不足が起きている日本では、伝統工芸技術をいかに伝えるかが問題となっている。荒井工房は9人体制で、20代、30代、40代の若手もいる。「仕事を経験することで技術が磨かれていく。若い職人にどんどん仕事をしてもらい、工程を覚えてもらうには継続的な販売が必要になる」
10月28日、荒井工房が制作した鉄瓶。(山形=新華社記者/李光正)
第1回から輸入博に参加してきた荒井さんは、出展のたびに多くの収穫を得てきた。作品が評価されるとともに工房のブランド力も高まる。22年には出展した作品約100点が完売となった。さまざまな人と知り合うこともできた。日本伝統の鋳物の茶器を愛する顧客が積極的に荒井さんのもとを訪れ、多くの人が代理店になることを買って出てくれることも、工房にとって大きな収穫になっている。
鉄瓶を気に入った中国の愛好家が日本の工房にやって来て、日本の文化を体験することも増えた。工房でも中国文化を紹介しようと、中国茶の茶会などのイベントを開き、両国の文化交流を促進している。「日本が中国の文化をまねて発展したように、(日中は)心が通じることが本当は多い。鉄瓶を通じて文化を広めたり、友好的な活動をしていきたい」
新しい顧客、新しい友達との出会いをもたらしてくれる輸入博は荒井さんにとって非常に大きな意義を持っている。中国は非常に魅力的な市場であるとともに、技術を磨く場にもなっている。荒井さんは「来年もまた行くよ」とすでに8年目の「皆勤」を宣言している。(記者/劉春燕、李光正)
荒井工房で鉄瓶を制作する荒井幹雄さん。(動画キャプチャー画像、山形=新華社記者/李光正)