自然豊かな愛媛・松山を舞台に、ボート部に青春をかけた女子高校生たちの成長を瑞々しく描いた青春小説の傑作『がんばっていきまっしょい』(幻冬舎文庫/原作:敷村良子)が、ついに初の劇場アニメーションとなりました。

本記事では、ひたむきに部活に打ち込む若者の姿をどのように表現したのかを櫻木優平監督に伺ってみたいと思います。

櫻木優平(監督・脚本)
多数の映像プロダクションでのCGアニメーション制作を経て、『花とアリス殺人事件』(岩井俊二監督)でCG ディレクターを担当し、『新世紀エヴァンゲリオン』のスピンオフ作品『新世紀いんぱくつ。』で監督デビュー。
三鷹の森ジブリ美術館短編『毛虫のボロ』(宮崎駿監督)の CG ディレクターとして、NHK スペシャル『終わらない人 宮崎駿』でその奮闘が放映され一躍話題となった。近年は、映画監督デビュー作『あした世界が終わるとしても』で、アヌシー国際映画祭長編コンペティション部門においてノミネートされるなど、海外からの注目度も非常に高い。他の主な作品に『INGRESS THE ANIMATION』(監督)、ファイナルファンタジーXIV『CHOOSE YOUR LIFE』(高坂希太郎氏と共同監督)、ゲームアプリ「Pokémon GO」(主人公CGモデル)など。

──この作品に触れることで、僕は人生で初めて「女子かじ付きクオドルプル」という名称を耳にしました。ボート競技はなじみが薄い印象がありましたが、監督はボート競技について、まずどこからお調べになられましたか?

櫻木優平監督:自分もこの作品で初めてボート競技に関して色々調べ出したんですけど、いわゆる専門書みたいなものがそんなに多くなかったんです。とりあえず有るものを買って、ルールや用語を学びましたね。あとは今回ボート協会さんにご協力いただいたので、そこから資料を拝見させていただいたり、審判の作法に至るまで学んだりさせていただきました。

──原作付きの作品として、監督が大事にした部分などをお聞かせください。

櫻木:スポーツを通して青春期を過ごす少女たちの葛藤や成長、気持ちの動きなどを瑞々しく描いていることが、この原作の大きな魅力だと感じていたので、そういった要素は大切にしました。
また、今回は現代劇としての新しい作品として作ろう、という方針も早い段階からありました。ですので、例えば悦ネエは現代の主人公として共感しやすいであろう、巻き込まれていくようなキャラクターに調整しています。ただ、原作のファンの方もいらっしゃいますし、他の実写映画やドラマなどそれぞれみなさん思い出があると思いますので、そこから離れすぎないよう、繊細に調整しながら作りました。

──僕は「ボート競技ってなんだろう」と予備知識なしで拝見させていただいたんですが、観終わるころには「イージーオール(※)」という掛け声も自分の中に自然と入ってきまして、登場人物たちと体験を共有できたような感覚になりました。
※イージーオール:オールを水中から出して漕ぐ動作をやめること

櫻木:自分もなんですけど、ボートという競技に触れていない人が多いとは思っていたので、そういう方が観てもついていける、主人公たちと一緒に学んでいって、一緒にボートの魅力を分かち合えるような構成を目指しました。

──けれども、ボートの説明ばかりにならない、絶妙なバランスでしたね。

櫻木:そうですね。そこはバランスを考えてあんまり説明ばっかりしないように調整しています。

──本作では、視覚の情報量を保つためにシネスコサイズ(※)を採用されたと聞いています。景色全体を見渡せる、広い視野を得るためにシネスコに落ち着いたのでしょうか。

※シネスコ:シネマスコープ。画面の縦横比が2.35:1。一般に普及している16:9の「ワイド」画角よりもシネスコの方が横長の比率となる

櫻木:前からシネスコの研究はしていたんです。(一般的なモニターの)16:9は、2対1を超えていないんですけどシネスコって2対1超えるんで、(横並びの)正方形が二つ以上になるんですね。なので、より、複数キャラが収まりやすい平面構成にすごく向いているな、と思っていたんです。
今回、5人でボートに乗る場面などはシネスコがぴったりとハマるだろうな、とも思っていました。

──画作りについて更にお聞かせください。とにかく水と光の表現にすごく気を遣われているのを感じました。海の水面の光、部屋のカーテン越しに差し込んでくる光とチリ、花火大会のほのかで鮮やかな光、いずれもこだわりを感じました。

櫻木:映像作品は(モニタの中の)RGBの光で色が作られるので、どのように光がまぶしく見えるか、とかどうやったら温度が出るかとか、そのあたりは自分含め、映像業界の方々はみんな意識しているのかなと思っています。今回の作品で言うと光源に対する意識は普段より高いと思います。“なんとなくな光源”ではなく、本作はシーンごとに太陽の位置などの光源を計算した演出プランにはなっています。

──半逆光など光の当たり方が美しいシーンも印象的でした。

櫻木:ライティングに関しても実写作品を参考にすることが多いですね。実写作品を手がける方々は、美しく見える瞬間を逃がさないように気を遣って狙っておられますね。

──キャラクターデザインについてもお伺いしたいです。今回のキャラデザは『新世紀いんぱくつ。』でもご一緒された西田亜沙子さんが担当されておられます。監督から見た、西田さんのキャラクターの魅力について教えてください。

櫻木:大前提として、自分は西田さんの絵が好きっていうところがまずあるのですが、『新世紀いんぱくつ。』でご一緒した時にすごく相性がいいなと思いました。割と自分の作りたいものと近いんです。また、キャラクターデザインをする際に球体関節人形の要素を取り入れていたりして、、立体物、CGとの相性もすごくいいように感じています。西田さんご自身もキャラクターがCGになった場合の見栄えがどうなるか、といった感覚も優れた方だと思っています。

──監督から西田さんへのオーダーは「とにかく普通の女の子で」というものだったそうですね。「普通」って伝えるのも意外と難しいように思うのですが、監督としては「普通」をどのようにお伝えになったのでしょうか。

櫻木:「現実に居そうな女の子」っていう言い方をしたと思います。でも性格とか含めて“普通”の「何の特徴もない子にしたい」というわけではないです。アニメを普段観ない方も結構入りやすいところを狙いたかったので、現実に居なさそうな髪型とか髪色はちょっと避けましょうか、みたいなことですね。

──実際に僕が本作を観て思ったのは、「アニメだけど、観終わったときの感覚が今まで観たものとはちょっと違うぞ」という印象でした。先の髪型や髪色など、アニメならではの記号に頼らなかったところも含めて、すごく写実的というか実写を観た後の感じに近いと思いました。写実的なところに近づけようというところは、作るときの目標のひとつでしたか?

櫻木:自分はCGで作るので、CGを生かした画作りを狙った結果ですね。本作においてはそうしたほうが収まりが良く、強い表現になると考えていました。逆にCGにとって弱い表現を選んでしまったら他の手法に勝てないな、と。

──向こうから船が来る感じ、奥行きの表現がしみじみとリアルだな、と。

櫻木:今回、距離感も含めて結構リアルなスケールなんです。手描き作画のアニメだと、平面的な構成なので正確な距離を計測することが難しいですが、CGの場合は舞台のモデルが存在しているので、実際の距離で構成していったほうがシンプルになります。アニメだとわざと距離感に対して“嘘”をついたりする手法もあるのですが、本作では嘘をつく必要性のあるシーンがあまりなかったので、ほとんどリアルなスケールで作成しています。

──従来のアニメとはまた異なる写実的な感覚は、違った心地よさがありました。CGは実写に近い世界である分、作り手が「こうしたい」と考えた希望が返ってきやすい、作りやすい環境とも言えるのでしょうか。

櫻木:自分はもともと実写をやりたいと思っていたんですが、天候や役者に影響されることに面倒くささを感じていました。アニメなら全部好き放題できるのでは?と思ってこの業界には入ったんですけど、その分、全部作らなければならないので結局面倒くさかったです(笑)。

──全て決められるってのも逆に大変は大変なんですね……。音の部分についてもお聞かせください。花火の音がすごくリアルだな、って思ったんですけど、あれってもしかして(実際の音を使った)サンプリングですか?

櫻木:実際に録ってきました。前作に引き続いて今回も音は同じチームでやっているんですが、すごく優秀なチームなんです。
音を録ってくれる荒川さん(荒川きよし:音響効果)が音マニアなんで、極力、(ロケハンなどの)その場で録ってくれるんです。

──なんかいい音だな……、と思いました。

櫻木:録音の鈴木さん(鈴木修二:リレコーディングミキサー)と荒川さんのチームは、とても信頼しています。

──監督ご自身も音響監督としてお名前を連ねられてるくらいのこだわりが。

櫻木:その二人がやってくれているから、そこに立たせていただいているという感じですね。

──音も光も、トータルでディティールに嘘がない作り込みですね。そもそも今回の作品は、まず音先行でセリフの音声を並べてからお作りになられたという風に伺っています。耳から入ってくる自然な会話をまず重視されたのでしょうか?

櫻木:この作品は90分のラップミュージックという感覚で、1本のつながった音として、音や会話のリズムが気持ちよくなるところを軸にしました。あと、セリフの量で尺が決まるので、(自分で録音した)セリフを実際にはめてバランスを取りながらシーンの配分を行いました。

初期段階のセリフだけのムービーを作った段階で、SEとBGMも含めた音の構成は固めていましたね。

──何度もロケハンされたそうですね。作中にも実際のロケ地をもとにした場面がいくつも出てきます。

櫻木:ロケハンの回数は4回くらいですね。街を知るために脚本を書く前に1回目、脚本が出来てからは美術の設定を撮りに行ったり、レイアウト用の資料を撮りに行ったり、制作現場寄りの取材を重ねました。

──監督ご自身でお気に入りの場所はありますか?

櫻木:城山公園っていう街のど真ん中で開けた、だだっ広い公園があるんですけど、あそこはすごくいいな、と思いました。 お城も含めて街の特徴になっている場所だと思いますね。

──監督ご自身の目で確かめた場所が作品に落とし込まれているのが、これまたリアルさにつながっているんだろうな、というのは作品を通して感じました。今日はありがとうございました。

櫻木:ありがとうございます。

■ストーリー
どこまでも広がる青い空と青い海。この日、三津東高校クラスマッチのボートレースが開催されていた。漕ぎ手を務めていた2年の村上悦子は、負けを確信し漕ぐのをやめる。やりたいことも見つからない。家と学校を往復するつまらない毎日だ。
ある日、悦子のクラスに転校生がやってきた。クラスマッチを浜辺から見ていたという梨衣奈という名の転校生は、ボート部は廃部にも関わらず「ボート部に入りたい!」と初対面の悦子に熱弁を振るう。悦子と幼なじみの姫が力添えをしてボート部を復活させると、同学年の妙子、真優美も入部。名義貸しのつもりだった悦子もボートをやることになり、男子部員の二宮隼人に基礎を教わりながら、初心者5人の猛練習が始まった。
大会予選で惨敗し、自分たちのレベルを知ったボート部は、次こそは勝とうと気持ちをひとつにする。
バラバラだった悦子たち5人の、濃くて、熱い毎日が、今走り出す──。

『がんばっていきまっしょい』10月25日(金)全国公開

声の出演:雨宮 天 伊藤美来 高橋李依 鬼頭明里 長谷川育美
原作:敷村良子「がんばっていきまっしょい」(幻冬舎文庫)
(松山市主催第4回坊っちゃん文学賞大賞受賞作品)
監督:櫻木優平
脚本:櫻木優平 大知慶一郎
キャラクターデザイン:西田亜沙子
アニメーション制作:萌/レイルズ
協力:松山市
配給:松竹
©がんばっていきまっしょい製作委員会