アメリカ・ケンタッキー州に住む男性が脳死だと宣告され、臓器移植のために臓器が摘出される直前になって生きていることがわかったという恐ろしい事例が報告されました。この事例は関係した医療従事者にショックを与えただけでなく、アメリカの病院や臓器提供ネットワークが脳死認定するためのプロトコルにも疑問を投げかけています。

A man declared dead almost had surgery to donate his organs, but he was still alive : Shots - Health News : NPR

https://www.npr.org/sections/shots-health-news/2024/10/16/nx-s1-5113976/organ-transplantion-mistake-brain-dead-surgery-still-alive



Man Declared Brain Dead Wakes Up as Organs About to Be Removed : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/man-declared-brain-dead-wakes-up-as-organs-about-to-be-removed

2021年10月のある日、ケンタッキー州リッチモンドのバプティストヘルス病院で、臓器移植の手術が予定されていました。ところが、脳死が宣告されたドナーを看護師が手術室に運び込んだところ、ドナーはまるで生きているように見えたとのこと。

当時手術室にいた臓器保存担当者のナターシャ・ミラー氏は、「彼は動き回っていました。動いたり、ベッドの上でのたうち回ったりしていたのです」「そして私たちが彼の下に行くと、彼が涙を流しているのが見えました。彼は明らかに泣いていました」と、公共メディアのNPRに語っています。

当然、ドナーが生きていたことは手術室にいた全員を動揺させ、医師2人も臓器摘出を拒否しました。ミラー氏によると、摘出担当の医師は「もう出ていきます。関わりたくありません」と言っていたそうです。

しかし、ミラー氏の雇用主であるケンタッキー州臓器提供者協会(KODA)のケースコーディネーターが上司に電話したところ、上司は「別の医者を見つけてください」「私たちはこのケースを行うつもりだったのです。代わりの誰かを見つけなくてはいけません」と伝え、あくまで臓器摘出を続行するように指示を出したとのこと。ミラー氏はNPRに、「彼女は『代わりなんて誰もいません』と言いました。彼女は上司に怒鳴られて泣いていました」と証言しています。



2021年10月の臓器摘出は中止となり、KODAの従業員の一部はこの事例をきっかけに退職したとのこと。退職したうちの1人である元臓器保存活動家のニコレッタ・マーティン氏は、「私は生涯を臓器提供と移植にささげてきました。今では、このような事例が起きることが許され、ドナーを保護するための措置がこれ以上講じられていないことに恐怖を感じています」と話しています。

当時の手術室にマーティン氏はいませんでしたが、この手術に割り当てられる可能性は十分にありました。そこで、マーティン氏が手術当日のケースノートを見直したところ、医師が臓器摘出手術の前にドナーの心臓を検査した時、ドナーはすでに生きている兆候を示していたことが判明しました。

マーティン氏は、「その日の朝、ドナーは心臓カテーテル検査の処置中に目を覚ましていました。彼は手術台の上でのたうち回っていたのです」と話しています。心臓カテーテル検査は、心臓が新しい患者への移植に適しているかどうかを調べるため、潜在的なドナーに対して行われるものです。この時、医師は目を覚ましたドナーに鎮静剤を投与し、引き続き検査を行ったとのこと。

一連の事態が明るみに出たのは、マーティン氏が2024年9月にアメリカ連邦下院エネルギー・商業委員会に書簡を送付したためです。マーティン氏はNPRに対し、「これは誰にとっても最低の悪夢ですよね?手術中に生きていて、誰かに切開され、体の一部を取り出されることがわかっているなんて。これは恐ろしいことです」と語っています。



危うく生きたまま臓器が摘出されそうになってしまったドナーは、リッチモンドに住む36歳のアンソニー・トーマス・TJ・フーバー2世氏であることがわかっています。フーバー氏の妹であるドナ・ローラー氏によると、フーバー氏は薬物の過剰摂取のために病院へ運ばれ、脳死が宣告されたとのこと。

臓器摘出手術の時に病院にいたローラー氏は、フーバー氏が集中治療室から手術室に運ばれている際、目を開けて周りを見回しているように見えて不安を覚えたと証言しています。ローラー氏は、「それはまるで、『僕はまだここにいるよ』と私たちに知らせているみたいでした」とNPRに語っています。しかし、ローラー氏や他の家族に対して医療従事者らは、フーバー氏の動きは一般的な反射に過ぎないと説明し、臓器摘出を行おうとしたそうです。

幸いなことに、臓器摘出を回避したフーバー氏は一命を取り留めましたが、発話・記憶・行動に継続的な問題を抱えているため、ローラー氏が身の回りの世話をしているとのこと。ローラー氏は、「医療従事者から脳死状態だと言われていた兄が目を覚ましたので、裏切られた気分です。彼らは神を演じようとしています。彼らは、誰かを救うために犠牲になる人を選んでいるんです。そして、人間性への信頼を少し失ってしまうのです」と話しました。

ケンタッキー州司法長官事務所はNPRへの声明で、捜査官が疑惑について検討していると述べています。また、臓器調達の監督を支援する連邦保健資源サービス局(HRSA)も、一連の疑惑について調査していると説明しています。事件が起きたとされるバプティストヘルス病院も、「患者の安全は常に私たちの最優先事項です。私たちは患者やその家族と緊密に連携し、臓器提供に対する患者の希望が確実に満たされるようにしています」と述べました。

一方、KODAはNPRへの声明で「この事件は正確に説明されていません。KODAの誰も、生きている患者から臓器を採取するように圧力をかけられたことはありません。KODAは生きている患者から臓器を回収しません」と述べ、臓器摘出を続行するように圧力をかけた事実はないと反論しています。



フーバー氏の事例の他にも、臓器摘出直前のドナーが息を吹き返したという事例は報告されています。マーティン氏の告発を受けて開かれた公聴会で、アラバマ大学バーミンガム校の移植外科医であるロバート・キャノン博士は、アラバマ州外の病院で同様の事例に遭遇したことを報告しています。

キャノン氏は、「私たちは実際にドナーを開腹して臓器摘出の準備をしている最中だったのですが、その時点で人工呼吸器が作動したため、手術台の先頭にいた麻酔科医が『おい、この患者は今呼吸したかもしれないぞ』と言ったのです。呼吸があったということは、脳死ではなかったということです」と話しました。それにもかかわらず、臓器調達機関(OPO)の担当者は手術の続行を要求してきたそうで、キャノン氏は担当者の脳死についての知識があまりに浅いことにショックを受けたとのことです。

ハーバード大学医学部の医療倫理・麻酔・小児科の教授であるロバート・トゥルーグ博士は、「これは恐ろしい話であり、慎重に追跡調査する必要があると思います」と述べつつも、ドナーが臓器摘出の直前で息を吹き返す事例はまれだと主張。「このような出来事は一過性のものであり、真相を解明して二度と起こらないようにできると信じています」と、トゥルーグ氏は述べました。

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