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「営業は断られてから始まる」と言われる。だが、話術だけで成約に導けるほど甘くはなく、1度成功したアプローチが2度通用する保証もない。「買う・買わない」の決定権を相手が握る中、営業担当にできることは何か、すべきことは何なのか? 本連載では、日本一の営業成績を認められ、初めて地方ボトラーから日本コカ・コーラへの出向を果たした山岡彰彦氏の『コカ・コーラを日本一売った男の学びの営業日誌』(山岡彰彦著/講談社+α新書)から、内容の一部を抜粋・再編集。顧客視点や組織力の大切さに気付いていく学びの足跡をたどる。

 第3回は、営業が単なる「個人プレー」ではないことを悟った際のエピソードを取り上げる。

<連載ラインアップ>
■第1回 「コカ・コーラを日本一売った男」が、上司のひと言で気づいた新規開拓のコツとは?
■第2回 持てる資産を全て生かせ! 日本コカ・コーラのアメリカ人副社長から学んだ「組織営業」の極意とは?
■第3回 日本コカ・コーラのセールスコンテストで日本一をとった男が、「社内営業」の大切さを知った“長老”の苦言とは(本稿)
■第4回 アイデアは10分で出す、日本コカ・コーラの上司から学んだ仕事をスピーディに進めるための原則とは?
■第5回 日本コカ・コーラで学んだ、仕事の成否を大きく左右する「6つのステップ」とは?(10月30日公開)
■第6回 組織の機能を使い切るには? 四国コカ・コーラ ボトリングで気付いたシンプルな「組織営業」の基本(11月6日公開)

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「交渉力」より「人に助けてもらう力」

『』(講談社)


 営業活動のほとんどは社外で行われます。既存の取引先を訪問するのも、新規のお客様を創造し、開拓してくることもオフィスの中にいるだけではできません。どんなにオンラインによる営業活動が進んでもこの点が変わることはありません。

 また、多くの会社の営業現場では一人ひとりに目標が設定され、それに向かって個々が自分に任せられた領域で外に出て活動するという図式になっています。私たちの営業の場合でも同様です。

「営業活動とは何か」という問いには多くの答えがあると思いますが、会社にとって必要な収益をあげるための活動と捉えるなら、取引先を増やすといったいわゆる水平的な拡大と、一軒あたりの売り上げを増加させるといった垂直的な拡大の2つとなります。大雑把に言うと、この2つをしっかりと進めることができれば営業目標を達成することができるのです。

 しかし、営業担当が1人で頑張るだけで成果を出し続けることは極めて難しいのです。独りの力だけで成し遂げられることはそれほど多くないというのが現実です。どんなに高いスキルを持っていても、独自のネットワークがあろうとも、1人だけでやれることはそんなに多くないのです。

「今日、機材の設置に行ったけどひどい目にあったぞ」

 営業所で日報を書いている私に機材の設置担当の安岡さんが歩み寄って来て、唐突な一言です。

「何かありましたか」

 状況が飲み込めないので問い返します。

「今日、設置依頼書に書いてあった場所に機材を設置し終えたら、店の人からここではなくて別の場所にしてくれと突然言われて最初からやり直しだ。おかげで他の予定を明日に回すことになった。しっかり話をしておいてくれてないとこっちは大変だ。営業は売ってくればいいのかもしれんが、俺たちはそういう訳にはいかないんだ!」

 話しているうちに気が高ぶってきたのか、段々と声が荒くなっていきます。そう言われても商談の時に何度も先方に確認しているので思わず言い返したくなります。こうしたケースは日常茶飯事ですが、時間がたつと相手の考えも変わるのである程度は仕方がないのです。

 先方にも事情があるので、仕事とはこんなもんだと割り切ることが求められます。一方で安岡さんの気持ちもわからないではありません。きちんと指示通りの仕事をやったのに最初からやり直しになれば、腹が立つのも無理からぬところです。

「申し訳ありません。詰めが甘かったのかもしれません。もっと、相手に確認しておくべきでした」

 こちらとしても言いたいことはありますが、ここはぐっと我慢です。その時の私は謝りの言葉とは裏腹に憮然とした顔をしていたようです。

 その一部始終を吉永さんが見ていました。吉永さんは何年も前に身体を壊して、営業から機材の修理・設置部門に異動になったいきさつがあり、いまではちょっとした長老的な存在になっています。

「ちょっといいかな」

 奥の会議室まで一緒に来いと目で合図します。

「やれやれ、小言でも聞かされるのかなぁ」

 吉永さんに続いて会議室に入り、パイプ椅子に腰を掛けます。はす向かいに腰を掛けた吉永さんが、テーブル越しに話し始めます。

「俺は不本意ながらいまの部門に異動になったんだが、人とは違ったものがわかるようになった。それが何かわかるか」

 突然言われても、返答はできません。黙って吉永さんの話を聞くだけです。怪訝そうな表情の私に次の言葉が続きます。

「仕事には優劣とか上下はないもんだが、どうも同じ会社で仕事をしているにもかかわらず、そういう意識が見え隠れする時があるということだ」

「別に、私はそんなことは思っていませんが…」

 ひとまず返事をします。少し上を向いて、吉永さんが続けます。

「そうかもしれんが、営業は『本社の企画がダメだから売れる訳がない』とか、本社で勤めている連中は『営業がしっかりやらないから売れるものも売れない』とか言いながら、自分のことを棚にあげて自分の都合でモノを言う。俺も営業時代は『機材修理や設置の担当者は言われたことをさっさとやってこい。俺たちが苦労して契約してきたものを指示通りにやるのが当たり前だろう』という気持ちだった。いわば彼らを少し下に見ていたのかもしれんな。ここのみんなは営業の連中と違って気の利いたことを言える訳でもないからなぁ」

 さらに話が続きます。

「でもな。そういう気持ちは黙っていても相手に伝わるということだ。お前は安岡に『申し訳ない』と口では言っていたが、『ちっとも申し訳ないとは思っていない』というのが横にいた私にも伝わってきたぞ。そういうつまらないことで損をするな。私は営業からいまの部署にきて、こちら側から営業を見ることで、そういうものがあることがわかった。同時に自分が随分と損をしてきたことがわかったんだ。いいか、一緒に仕事をしている者をそういう目で見るんじゃない。相手の仕事を大事に思えば相手もこっちを大切に扱ってくれる。それがお前の大きな助けになるかもしれんぞ」

 自分ではそんなことを思っていないつもりですが、言われてみれば「こちらの苦労も知らないで…」とか「指示されたことをやってくるだけだろう…」といった気持ちがなかった訳ではありません。とはいえ感情的なものなので、頭で理解しても相手を大事に思うにはどうすればいいのかわかりません。

「まぁ、話を聞いてみることだなぁ」

 曖昧な一言を残して吉永さんは会議室を出て行ってしまいました。

 機材の修理・設置部門の部屋は営業とは少し離れたところにあります。いままではあまり行くことはなかったのですが、その後はなるべく顔を出して話をするようにしました。最初のうちは通り一遍のあいさつ程度でしたが、徐々に踏み込んだ話もできるようになります。

 そのうち彼らも、機材の故障対応に伺った際の得意先の様子や彼らの部署ならではのネットワークから得た情報を教えてくれるようになりました。何よりも私の得意先や私が開拓したところをしっかりサポートしてくれるのです。

 仕事なのでどこの取引先も同じように対応するのが当然ですが、なんとなく以前よりも良くなっているように感じます。社内で上手く立ち回ろうという訳ではないのですが、「社内営業」という言葉の意味とその大切さが少しわかったような気がしました。

 私の営業は、こういった社内連携の力、社外の人たちとのネットワークの力で少しずつ変わり、成績も徐々に上向いてきたのです。

 そして、私がフードサービスに異動した翌年、日本コカ・コーラ社主催の全国セールスフォースコンテストがあり、その第一位になることができたのです。前述の司厨士協会の方々や修理・設置部門の人たち、それに周りの多くの人に助けてもらったおかげです。

 商談における交渉力よりも「人に助けてもらう力」のほうが営業では大切なのかもしれません。

<連載ラインアップ>
■第1回 「コカ・コーラを日本一売った男」が、上司のひと言で気づいた新規開拓のコツとは?
■第2回 持てる資産を全て生かせ! 日本コカ・コーラのアメリカ人副社長から学んだ「組織営業」の極意とは?
■第3回 日本コカ・コーラのセールスコンテストで日本一をとった男が、「社内営業」の大切さを知った“長老”の苦言とは(本稿)
■第4回 アイデアは10分で出す、日本コカ・コーラの上司から学んだ仕事をスピーディに進めるための原則とは?
■第5回 日本コカ・コーラで学んだ、仕事の成否を大きく左右する「6つのステップ」とは?(10月30日公開)
■第6回 組織の機能を使い切るには? 四国コカ・コーラ ボトリングで気付いたシンプルな「組織営業」の基本(11月6日公開)

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筆者:山岡 彰彦