自分の欲求に素直に生きた母が「羨ましい」と雅斗さんはつぶやく

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【前後編の後編/前編を読む】未婚で僕を産み、ホステスとして働く母を侮辱され… 恋敵の“ひと言”で気づいた複雑な感情

 高杉雅斗さん(40歳・仮名=以下同)の母は、高校生の時に未婚で彼を産んだ。ホステスとして働き、子供の世話は祖母まかせだった。その祖母は、彼の中学校の入学式の当日に急死。以来、母はほとんど家に寄り付かなくなり、時に、雅斗さんが警察に届け出を出すこともあったという。母を反面教師に生きてきた雅斗さんだったが、母を「売春婦」と侮辱された時には、自分でも意外なほどの怒りを覚えた。侮辱した相手から返り討ちにあい、入院した雅斗さんを、母は「生まれて初めて」世話してくれた。

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 せっかく母が寄り添ってくれても、17歳の雅斗さんは、もはや母に心を許すことも甘えることもできなかった。

自分の欲求に素直に生きた母が「羨ましい」と雅斗さんはつぶやく

「高校を出て就職するつもりだったけど、なんだかきちんと働く気になれず、フリーターとして生活していました。やりたいこともなかった。ふわふわ生きて、死ねる機会があればいいなとも思ってた」

 それが僕の弱さですと彼はつぶやいた。自らの弱さを白状できる人は強い。

同い年の美帆さんが心の支えだったが…

 20歳のとき、彼は一念発起して専門学校へ通い始める。そのきっかけは、母の再失踪だ。もう彼は届を出さなかった。母は息子と一緒にいるより、刹那の恋をまた選んだのだろう。母を放っておくことが彼の愛情だったのかもしれない。

「母の首に鎖をつけておくわけにもいきませんから。人を縛ることはできない。僕は僕であと何十年かをひとりで生きていこう。生きる意味を探しながら。そう思いました」

 その専門学校で、彼は同い年の美帆さんと出会った。コロコロとよく笑う女性で、一緒にいると楽しかった。学校帰りにはふたりで自習室で勉強をし、勉強が終わると彼はアルバイトへと向かった。つきあっている関係なのかどうかはわからなかったが、美帆さんは心の支えだった。詳細は話さなかったが、自分が天涯孤独であることは伝えていた。

「でもあるとき、バイト帰りに美帆が男性とホテルから出てくるところを偶然、見てしまったんです。かなり年上の男性だった。僕はふたりの前に飛び出して、『何やってんだ、美帆』と彼女の腕をとって走り出したんです」

その相手は、案の定…

 美帆さんは「離してよ」と叫んでいたが、彼は離さなかった。どうしてオレがいるのに、あんな男とつきあうんだと怒りがわいた。しばらく走ってから、ようやく彼は立ち止まった。美帆さんの荒い息づかいに勇気づけられたように彼女を抱きしめてキスした。

「やめてよと言っているのに彼女は応じてきました。落ち着いてから、あの男が好きなのかと聞くと、『バイト先の社員でね、奥さんとはうまくいってないんだって。それなら私が一緒になってあげたいと思ったの』って。そんなの騙されているに決まっていると言ったら、私たちは愛し合ってるの、あなたに何がわかるのって泣きだして。恋愛ってすごいなと思いました。いつもの彼女はそこにはいなかった」

 ただ、雅斗さんは正しかった。美帆さんが「彼が妻と別居したと言っている」と聞いたので、尾行して調べたのだ。男がチャイムを鳴らすと妻が笑顔で迎えに出ていた。雅斗さんはそれを美帆さんに正直に告げた。

「残酷なことするのねと美帆は僕を睨みました。騙されていたとしても幸せな時間だったのに、僕がそれを奪ってしまったんでしょうね。でもあのままで美帆が将来的にも幸せになれるはずがない。どうしてそんな無意味な恋愛をするんだろう。なんだか人の心理がわからなくなりました」

「いつまでたっても、世間の常識がわからない」

 雅斗さんは無事に専門学校を卒業、国家資格も取得して就職した。23歳になるころだった。30歳までは仕事が最優先で、女性との継続的なつきあいはほとんどなかった。行きずりの恋を繰り返しては、これが自分にはいちばん合っているとも思っていた。

ただ、美帆さんとの友人関係は続いていた。もはやすっかり友人としての関係が固まっていたのでかえってつきあいやすく、ときおり食事に行くようになっていた。彼女は相変わらず苦しいと言いながら、例の相手と不倫の恋を続けていた。雅斗さんはその愚痴も含めてのろけだと思うようになっていた。

「仕事は楽しかった。現場で働きながら、さらにスキルアップも目指しました。初めて目標というものができて、いつのまにか一生懸命に働いていたんです。上司に恵まれたんですよ。まるで父親のようにまるごと受け止めてくれる人で。彼のためにがんばろうと思えた」

 30歳を越えたころ、その上司に家庭をもつ気はないのかとなにげなく聞かれた。ないともあるとも言えなかった。家庭という言葉になじみがなかったからだ。雅斗さんは、あまり真剣な恋愛をしたことがないものでとお茶を濁した。

「結婚したいかどうかはわからなかったけど、周りは30歳を越えたら結婚するのが当然だと思っていることはよくわかりました。世間ってそういうものなんだなと。僕はいつまでたっても、世間の常識がわからないところがあるとも思いました」

突然のプロポーズ

 ある日の深夜、美帆さんに呼び出されて指定された店に行ってみると、彼女は完全に酔い潰れていた。いったいどうしたのかと問うと、「彼が死んだの」とろれつの回らない舌でかろうじてそう言った。美帆さんは家庭ある男と、結局、10年以上つきあっていた。いつかは離婚してくれる、いつかは一緒になれると信じていたのだが、20歳近く年上の彼は膵臓ガンであっけなく逝ってしまったのだという。相手は美帆さんが学生アルバイトをしていた会社の社員だったから、もう当時のことを知っている共通の知り合いは誰もいなかった。美帆さんが何度も彼の携帯に連絡をしていたら、妻から「夫は亡くなりました」と電話がかかってきた。美帆さんは「嘘だ」と言い張ったが、「だったらお通夜でも葬式でも、いらしてみたらどうですか」と言われた。

「それでお通夜に行ったそうです。本当に亡くなっていた、と美帆は目を真っ赤にしていました。2ヶ月ほど前、ちょっと具合が悪いから検査してみると言い、その後、入院することになったと連絡が来てから、なしのつぶてだったそうです。そうやって人はいなくなっていく。美帆とその晩、妙にしんみり過ごしたんですが、帰りに結婚しようかと言ったんです。思ってもみなかった言葉が口から出たので、自分でもびっくりしました」

 美帆さんは「私が気弱になっているからといって、そういうプロポーズはやめて」と言った。それでいて別れ際に「やっぱり結婚しよう」と言いだした。勢いで、翌日には婚姻届を書いた。美帆さんの友人が署名を引き受けてくれ、そのまま深夜に提出した。

「でも僕たち、そのまま別居していて、いまだに一緒に住んでもいないんですよ。たまに会って食事をしたりはするけど、友だち関係のままですし」

 結婚した実感はまったくないが、対外的には結婚したことになっているので、「なぜか女性と気楽に話せるようになった」と雅斗さんは笑った。美帆さんとは似たような傷を抱えている戦友みたいなものらしい。

ふたりが同時に溺れていたら…

「結婚したのは33歳のときです。今、僕、つきあっている女性がいるんですよ。相手は既婚なんですが、僕は独身ということになってる。知り合ったとき、うっかり独身だと言ってしまったんです。結婚した実感がなかったから。訂正する機会がないまま、関係を持って1年になります。恋愛というものがしてみたかった。その人妻とは肉体的には濃厚な関係なんですが、これがはたして“恋愛”なのかどうかはわかりません。愛するって何なんだろう、相手を気にかけることだとしたら、美帆のことも人妻のことも愛しているとはいえるけど、そんな浅いものではないはず。何かで、つきあっている女性ふたりが同時に溺れていたらどちらを助けるかで愛情の多寡がわかると読んだのですが、うーん、僕、どちらも助けず、自分も沈んでいくだろうと思う。そういう人間なんでしょうね」

 彼にとって、いまだに明確で合理的な恋愛の定義が見つからない。自分が美帆さんにも、その人妻にも心を開いている実感がない。だからこれは恋愛ではないと感じるのだろう。ただ、人生に置いて“恋愛”というカテゴリが必要なわけでもないはずだ。恋愛ではないとしても、彼が浮気相手と肉体関係をもち、妻とはいまだに関係をもっていないのは事実で、それ自体が非常に興味深いともいえる。

「そこは相手が僕に対して何を期待しているかということですよ。美帆は僕に普通の夫婦関係を求めてはいない。人妻は心より体の関係を重視している。そこに僕自身も、不満は感じていません。結局、いまだにわからないんですよ、人生の意味が。それがわかると恋愛の意味もわかるのかなと思うんですが。相変わらず母は行方不明ですが、僕からみれば、自分の欲求が明確になってそのまま行動した母が羨ましいくらいです」

 客観的に見れば、彼の人生はかなり過酷だったはずだ。それでも彼は自分で道を切り開き、自分の足できちんと立って生きている。それですでに、人生よしとしてもいいような気がするのだが、彼には何かもうひとつ納得できる理屈、手応えが必要なのだろう。それが何なのか見えたとき、彼は自らの人生と手を組もうという気になるのかもしれない。

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 やはり雅斗さんの原点には母がいるようだ。【前編】で、母、そして祖母をめぐる彼の生い立ちを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部