じつは「突然、異形の生物が生まれる」ことではない…誰にでも起こっている「突然変異」という現象の「衝撃の実像」

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美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

老化の原因は、細胞の「分裂のたびに起こる」わずかな変化

老化にもさまざまな原因があるが、最も大きな要因の一つをあえてここに挙げるとするなら、生物の細胞は「分裂するたびに少しずつ変化するから」ということがある。

分子レベルの話をすれば、細胞が分裂する前に必ずおこなわれる「DNAの複製」では、わずかではあるものの「複製エラー」が生じるため、DNAは複製するたびに、時々刻々と少しずつ変化する。

DNAの複製は「遺伝子」の複製を含むので、遺伝子は、複製されるたびに複製エラーによって少しずつ変化する可能性をはらんでいるということである。

そのエラーが「固定」されてしまうと、どうなるか? 「突然変異」とよばれる、塩基配列の不可逆的な変化となるのである。

禿げるのは、「DNAが悪い」のだ

たとえば僕などは、まあ情けないことに、30代で毛(もちろん髪の毛のことである)が薄くなりはじめ、40代の後半には剃り上げて海坊主のような髪型にしたのだが、頭が禿げるという現象には、その人の人生における突然変異の蓄積という側面と、もって生まれた遺伝という側面がある。

それでもやはり、僕の遠い昔の祖先から現代にいたるまでの、連綿とした生殖細胞の系列のなかで突然変異が起こり、禿げるようになってしまった可能性を考えると悲しい。いずれにしても、「DNAが悪い」のである。

DNAは、それが遺伝子であろうが遺伝子でなかろうがーーすなわち、コード領域であろうがそうでなかろうが、複製するたびに、ほんのわずかずつではあっても「変化する」シロモノである。むしろ、「変化してこそのDNA」であるともいえるのであって、往年の長嶋茂雄のマネをして「わがDNAは永久に不滅です!」などといっても、まったく説得力はない。

最初に発見されたDNAポリメラーゼ

先の記事でも触れたように、僕は大学院生時代、DNAポリメラーゼの研究をしていた。僕が研究していたのは、真核生物のDNAポリメラーゼのうち、「DNAポリメラーゼα(アルファ)」という酵素だった。

DNAポリメラーゼαは、1960年にフレデリック・ボラム(1927〜2023年)という研究者によって真核生物で最初に発見されたDNAポリメラーゼであったがために、ギリシャ文字の最初の文字である「α」がその名につけられた。

その発見以来、「仔牛胸腺(きょうせん)」というウシの臓器から精製することがDNAポリメラーゼαのオーソドックスな精製方法となり、僕もその例にもれず、食肉処理場からもらってきた仔牛胸腺(胸腺は当時は売り物にならず、捨てられていたから譲ってもらえたのだった。今はどうかわからない)を出発材料としてこの酵素を精製し、研究に使っていた。

ちなみに、世界で最初に発見されたDNAポリメラーゼは大腸菌のもので、発見者であるアーサー・コーンバーグ(1918〜2007年)はノーベル賞に輝いた。これに対して僕は、頭が輝いているだけの単なるオッサンになり果てた。

消しゴムがついていない鉛筆

DNAポリメラーゼαには、ある面白い特徴がある。

真核生物のDNA複製をメインにおこなうのは、「α」ではなく「DNAポリメラーゼδ(デルタ)」や「DNAポリメラーゼε(エプシロン)」という酵素で、これらの酵素には修復機能が備わっている。修復機能とは、3′→5′エキソヌクレアーゼという酵素活性で、僕はよく、鉛筆のお尻についた消しゴムに喩えている(このことについては、回をあらためてご説明しよう)。

ところが、DNAポリメラーゼαには、修復機能が備わっていない(図「DNAポリメラーゼとエキソヌクレアーゼ」)。

つまりこの酵素は、書いたら書きっぱなしの〈消しゴムがついていない鉛筆〉なのである。ただ、DNAポリメラーゼαに最初から修復機能がなかったわけではなく、当初は備わっていたと窺(うかが)わせる分子の痕跡はある。正確にいえば「進化の過程で修復機能を失った」ということに該当するらしい。

修復機能がないことが、「なんでオモロイ特徴なんや」などと思わないでいただきたい。

修復機能が失われると、いったいどういうことになるのか。ここを掘り下げていくことが、「突然変異はどう起こるのか」という問題の根幹ともいえる問いだからである。

「突然変異」はDNAに生じる

「突然変異」という言葉が使われる際、ときとして「ある生物Aが突然変異を起こして生物Bになった」というような言い方が散見される。かつてのゴジラ映画も、そんな文脈でこの怪獣の誕生の経緯が説明されてはいなかっただろうか。

これはおそらく、「突然」という言葉が含まれているがゆえに、その生物になんらかの変異が起こって、異なる形をした生物が“いきなり生まれる”のが突然変異だ、と誤解されているからだろう。

それと関連して、今後の高校生物の教科書では、突然変異という言葉から「突然」の語句が消され、単に「変異」という言葉に置き換えられていくことになっている。その理由には2つあり、第一に、先述の誤解を生みやすい表現を改めること、第二に、対応する英語「mutation」に合わせることである。

とはいえ、本稿は教科書ではないから、馴染みの深い「突然変異」という表現を、引き続き使っていくことにしよう。

そもそも「突然変異」とは、いったい何を指す言葉なのか。

先ほどの「ある生物Aが突然変異を起こして生物Bになった」という現象が現実には起こりそうにないのは、突然変異という言葉が「生物の形や大きさがいきなり変わってしまう」変化に対する言葉ではないからである。

突然変異とは「DNAに生じるもの」であり、DNAに生じるということは、別の言い方をすると「DNAの塩基配列が変わる」ということである。しかも、単に「変わる」だけではなく、「半永久的に変わる」現象であり、もはや元に戻らないことを意味している。

それが、「突然変異」なのである。

この突然変異、すなわち「塩基配列の変化」には、さまざまなタイプがあるが、最もひんぱんに起こると考えられている突然変異は、「置換」とよばれるタイプである。

「最もひんぱん」とはいうが、いったいどれくらいの頻度で起こるのか。そして、どうして起こるのだろうか。そして、DNAポリミラーゼの修復機能と、どう関係しているのか。少し詳しく見ていきたい。

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次回は、突然変異=塩基配列の変化について、さらに詳しい解説をお送りします

DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり

果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か?

DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー!

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?

そりゃ、1つくらいは「ミス」するだろう…「めったに起こらないはず」の複製エラーが起きてしまう「意外に科学的でない」要因