ヒット作を量産「縦スクロールマンガ」の"舞台裏"
国産ウェブトゥーンスタジオ勢の作品にもヒットの兆候が現われ始めました(写真:PicStyle/PIXTA)
『鬼滅の刃』の経済規模は約1兆円といわれるなど、いま漫画ビジネスは日本の次なる輸出産業として活況を呈している。
今回は、漫画の新しい姿ともいえる「ウェブトゥーン」について、漫画専門のシンクタンク代表である菊池健氏の著書『漫画ビジネス』から、一部を抜粋してお届けする。
国産ウェブトゥーンにヒット作が誕生
2013年にcomicoが日本に進出して、日本人のスマホに縦スクロールカラーマンガとも呼ばれるウェブトゥーンが入ってきました。業界の中では話題となり、特に中高生の間で支持されていた無料を主体としたcomicoの存在は、独特なもので業界の中でも話題になりました。
今振り返ると、当時、ネットでお金を使う主体となる30代前後の年齢帯のユーザーと、そこに相対する出版社・プラットフォーマーのほとんどにとって一番関心があったのは、紙の横読みマンガが電子コミック化され、それが異常な速度で市場として育って行ったことだったのではないかと思います。
その激流のような変化の前では、縦スクロールカラーマンガという存在は、ちょっと一足飛び過ぎたのかもしれません。
あれから10年。2022年から23年にかけて、あらためてウェブトゥーンブームが起きました。
プラットフォームではピッコマ、LINEマンガ、作品でいうと『俺だけレベルアップな件』と『女神降臨』などがけん引して、読者が開拓されたあと、日本におけるウェブトゥーンブームは、この時期にウェブトゥーンスタジオの大量参入というかたちで訪れたのです。
思えば、2013年当時の中高生は、もう社会人です。読み手の側にも作り手の側にも入ってきた若い世代は、コンテンツとしてウェブトゥーンに親しんできました。その影響もあったのかもしれません。
ブームから1年あまり、国産ウェブトゥーンスタジオ勢の作品にもヒットの兆候が現われ始めました。
2024年1月、ついに国産ウェブトゥーンスタジオの一角であるナンバーナインの『神血の救世主〜0.00000001%を引き当て最強へ〜』が、月間販売額1.2億円を突破したことをプレスリリースしました。
ウェブトゥーンにおいて、月間販売額で1億円を超えるというのは、現状ではヒットのかたちとしてわかりやすい指標です。この作品はナンバーナインにとって1作目のWebtoonになります。
ではなぜ、80ものウェブトゥーンスタジオの中でナンバーナインが、これほど早くヒットといえる作品を世に送り出せたのでしょうか?
奇をてらわず、スタンダードな作品をつくる
2023年11月に、東京池袋でおこなわれたIMART(国際マンガ・アニメ祭ReiwaToshima)でのセッション「Webtoonの販売戦略〜見えてきた成功の形」には、LINEマンガを運営するLINEDigitalFrontier取締役COO森啓氏、株式会社ナンバーナイン代表取締役社長小林琢磨氏、株式会社Minto取締役中川元太氏が登壇しました。司会と企画は筆者です。
このセッションの中で、2022年9月にスタートした『神血の救世主』が、ビュー数や販売額の面で、ヒットの兆しを見せ始めていることが、スタジオとプラットフォームの両者から明らかにされました。
すでに、月によっては約5000万円ほどの売り上げをあげる月もあること。それから、通常初速で大きく売り上げを上げてから、徐々に下がっていくのがウェブトゥーンの販売推移の特徴ではあったが、この作品は少しずつ売り上げを上げて積み上げて行く、日本のマンガに近い動きを示したという話が出ました。
この話の中で、ナンバーナイン小林氏から出た言葉が印象的でした。
何を心がけて作品をつくっているのか?という私の問いに対して、小林氏はこう答えています。
「まず、100作品のウェブトゥーンを編集者と、神血の原作者であるジャンプ出身の江藤俊司氏と一緒に読み合わせ、当たる作品というよりは、外れる作品の法則を読み取りました。そこから導き出した考え方として、ハンバーグを食べたい言ってくれている人に、奇をてらわずに、国産牛のハンバーグをしっかり焼き上げ、変化球の味付けではなく、最もスタンダードなデミグラスソース味のハンバーグをしっかりつくって、読者にお届けする。このことが大事だと考えています」
とのことでした。一言でいうと、ベタが大事ということです。
ウェブトゥーンを取り巻く環境
ここには、さまざまな要素があると思います。
もともとマンガの世界は「千三つ」といわれ、たくさんの多様な作品をつくって、しかも長い時間をかけてヒット作品が産まれるということがいわれてきました。参考に、メガヒットということでいうと、週刊少年ジャンプで『ドラゴンボール』が産まれるまでに創刊から約25年、近年一番の大ヒットである『鬼滅の刃』は、50周年前後でヒットしたというものです。
これらはあまたの作品がつくられたベースのうえでの、円熟の上に出てきている作品だったと思います。
ここでいう25年、50年という歳月の中には、1969年の週刊少年ジャンプ創刊の頃、まだまだマンガは子どもたちだけが読むものであった時代から、マンガを読む世代が広がり、読者が十分に育った状況が現在であるという点も大きいと思います。
そして、今の日本のウェブトゥーンを取り巻く環境は、横と縦の違いはあれど、マンガやウェブトゥーンに触れてきた、多くの読者やクリエイターがいる状態からのスタートになります。
そのなかで「デミグラスソースハンバーグ」のような作品を、それが読者の求める作品であると見極めること。および、それを確実につくっていく技術をスタート時から揃えていたことは、第一に当事者であるナンバーナイン社の努力ではありますが、第2に日本にはそうした、作品づくりや原作者と編集者が歩調を合わせてヒットを目指すという下地が人材含め十分にあったということがいえるのではないかと思います。
現在、国産ウェブトゥーンスタジオで頭角を現しているには、必ず何か下地があるように筆者は見ています。
ナンバーナインは、同社代表の小林琢磨氏が最初に起業したサーチフィールドの時代から、イラスト制作などのマンガに近しい領域で実績がありました。
その後の同社創業時からは、電子コミックのエージェントをしながら作品制作などにも携わるなど、マンガに対する理解度が高い企業です。
ソラジマは、もともとマンガ動画を制作することで結果を出して頭角を表してきましたが、その際に培ったコンテンツへの勘所や、高速回転して学習していくスタイルで、作品でも結果を出しています。
フーモアは、2011年の創業時から多くのクリエイターとともに、イラスト制作を膨大に受注してきました。そのかたわら、横漫画やウェブトゥーンの研究を長く続け、現在は高品質なウェブトゥーンを受託制作するという強みを活かしたスタイルで、強い原作をウェブトゥーン化することでリードしています。
Mintoは、2社が合併してできた企業ですが、前身の1つであるwwwaapはSNS上でマンガを多くの人に届けることに長けた企業で、編集部にもその前からマンガ編集部にいた人間が多く、作品づくりにそのノウハウが色濃く出ています。
CLLENNは、DMMグループ内で3社の出版社・スタジオが合併してできた企業ですが、3社それぞれに出版社経験者や長く作品をつくっていたメンバーがおり、地道に頭角を現しています。
ブックリスタスタジオは、元々編集者として十分に経験を積んだ事業責任者のもと、手堅く結果を残す作品をつくり、手堅く売っています。
日本マンガの下地を活かしたウェブトゥーン
まだまだこれから伸びそうな期待の企業や、日本に根付いている韓国系企業など、地力のあるスタジオはあるのですが、書ききれないほどです。
こうしてみると、国産ウェブトゥーンスタジオはたくさんあるなかで、特に頭角を現しつつあるスタジオは、何かしら良い作品をつくる下地があり、その下地のなかにウェブトゥーンはもちろん、日本のマンガに対するある程度の理解を携えたうえで、ウェブトゥーンに取り組んでいる共通点があると思います。
そして、日本に根付くマンガ産業の、ノウハウや歴史、潤沢で質の高いクリエイターがたくさんいる環境を、活かしているようです。
そうした意味では、本丸ともいえるジャンプTOONも始動し、日本のマンガの下地を活かしたウェブトゥーンづくりが芽吹いてきつつあると、私には見えています。
(菊池 健 : 一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表)