日本式経営はアメリカの「前提条件」レベル...「米国最大」のスポーツ市場発展の根底にあった重要な《視点》

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近年注目が集まっているアントレプレナーシップ。「起業家精神」と訳され、高い創造意欲とリスクを恐れぬ姿勢を特徴とするこの考え方は、起業を志す人々のみならず、刻一刻と変化する現代社会を生きるすべてのビジネスパーソンにとって有益な道標である。

本連載では、米国の起業家教育ナンバーワン大学で現在も教鞭をとる著者が思考と経験を綴った『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』(山川恭弘著)より抜粋して、ビジネスパーソンに”必携”の思考法をお届けする。

『バブソン大学で教えている世界一のアントレプレナーシップ』連載第56回

「選手経験がないコーチ」が「名選手」を超える!...経営者がアメリカのプロスポーツから学ぶべき「成功の鍵」』より続く

日米の経営への考えかたの相違点

日米の考えかたの違いをスポーツビジネスの視点から少し見てみましょう。

アメリカ4大スポーツの一つであり、「もっとも成功したスポーツビジネス」とも言われているのがNFLです。その運営には特徴的なポイントがいくつかあります。

まず「徹底した地域密着」です。日本でもサッカーのJリーグの運営方針は地域密着ですし、NPBでもかつての企業によるスポンサー色の強さは変化しつつあります。

しかし、日本での地域密着とNFLのものは少しイメージが違います。特徴的なシステムは「ブラックアウト」です。

なんとスタジアムチケットの売上が悪いと、「その試合の放送が中止される」のです。それも地元放送局だけで、です。試合を見るならまずスタジアムに来いというメッセージです。地元の人たちが応援しない=チケットを買わないなら、試合を放送しない。

このシステムは2014年に撤廃はされましたが、ここに見えるのは、「地域にも責任を持たせる」という考えかた。日本のような単純な「地域貢献」とは異なります。

均衡化によるリーグの活性化

次に「サラリーキャップ」と「ドラフト制度」も特徴的です。

どちらも目的は戦力の均衡化によるリーグの活性化です。特定の強豪チームが生まれないようにする工夫だといえます。

事実、NFLにおけるNo.1決定戦であるスーパーボウルを連覇したチームは、58回の歴史で9回(7チーム)しかありません。2022年にチャンピオンになったロサンゼルス・ラムズは、2019年シーズンはやっと勝ち越しできるレベルの成績でした。

いまは弱小のわが町のチームでも数年後にスーパーボウルに出場できるかもしれない。そういう期待が、ファンを支えると言えるのです。

それを実現する「サラリーキャップ」は、チーム経営には極めて頭が痛い制度の一つです。簡単に言うと、「選手のサラリー総額の上限が決まっている」のです。

NPBでは、チーム内の選手年俸の総額は各チームに任されています。そのため、金持ち球団とそうでない球団との間で戦力の不均衡が生まれやすくなっています。

ところがNFLでは「すべてのチームで選手全体のサラリー総額」は基本的に一律です。

たとえば比較的安いサラリーの若手選手が大活躍し、チームも好成績を収めたとします。その選手は当然、翌年の契約では高いサラリーを求めるでしょう。

すると、その分、誰かのサラリーを削る必要があります。

場合によっては、他チームへのトレードを検討しなければならなくなります。好成績を収めたチームの主力選手が翌年には他チームにいることは珍しくありません。

さらなるマネジメントの高度化

ドラフト制度も、徹底されています。

NPBでは、競合となった場合くじ引きで指名権を獲得しますが、NFLでは「前年の成績下位のチームから指名」をしていきます。

指名される選手も事前に「指名されたら契約する」という条件を飲んでノミネートしているので、日本のように指名後に契約で揉めることはありません。

有力な新人は弱小チームに行くのです。面白いことに、ドラフトの指名権もチーム間で売買、トレードの対象になっています。

また最近のNFLではルール変更も頻繁に行われています。

その考えかたの基本は「選手の保護」です。

強烈なコンタクトを伴うアメリカンフットボールでは、その備えとして見た目にも特徴的な防具、ヘルメットを使用します。それに加えて、危険なコンタクト、怪我の可能性が高いプレーはどんどん、反則として規制される傾向にあります。

こういった戦力の不均衡解消、危険なプレーの排除は、チーム経営、選手のコーチングに大きく影響します。先に述べた「名選手、名監督ならず」の理由の一つは、こういったマネジメントの高度化が影響しているのです。

日本が見習うべき3つの視点

日本では古くから「いいものを作れば売れる」という考えがあります。いいものさえ、真摯に作っていれば、きっと評価されるという考えです。

しかし、これは間違っています。いいものを作るのは「前提条件」なのです。それを多くの人に知らしめ、広め、提供する手段を講じなければ、「売れません」。

NFLは、この考えを3つのターゲットに向けて実施しています。

まずはファンに向けて。地域密着を地域貢献に留めず、地元のファンをチーム運営に参加させることで、当事者とする。

次にコーチ、チーム経営に向けて。リーグを停滞させないための流動性、チームの変化を余儀なくし、それでも強いチームを作るマネジメント、コーチングを促す。

最後に、選手に向けて。デリケートな問題ですが、アメリカンフットボールは怪我が多いスポーツです。

2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で注目を集めたヌートバー選手は高校時代まではアメリカンフットボールと野球の二刀流の選手でした。

アメリカンフットボールでも大学のスカウト候補に上がっていたといいます。しかし、大学進学時にどちらかを選択することになり、「怪我が少なく、長くプレーできる野球」を選んだそうです。

実際に、NFLの選手の平均的な現役年数は、3〜5年です。1年で能力不足でカットされる選手も多いですし、怪我で引退する選手もいます。逆に20年以上トッププレイヤーとして活躍する選手もいます。

しかし、圧倒的多数の選手は数年で現役を退くのです。

スポーツ市場の未来のために

これではNFL選手を目指す若者は減っていきます。

そこでNFLは「引退後のセカンドライフ」への対応として、選手への教育を実施しているのです。

アメリカ型の考えかたがすべて優れているとは、思いません。

しかし、NFLの考えかたの根底には「いかにリーグを活性化させ、それを維持させるか」という視点があります。そのために、チームの戦力をいかに均衡化するか、ファンをどう動かすか、競技人口をいかに増やすかが考えられています。

この強い目的意識は、日本式経営ではなかなか見られないものです。

言うなれば、特定のチームだけが強くなり、リーグの魅力が低下することを、“リーグ全体”で防いでいるのです。

『自身の発明が“戦争”に使われ「生まれてきたことを後悔」…ダイナマイトを発明したノーベルから学ぶ「この世の本質」』へ続く

自身の発明が“戦争”に使われ「生まれてきたことを後悔」…ダイナマイトを発明したノーベルから学ぶ「この世の本質」